パーティ結成
翌日のこと。
沙彩さんは冒険者ギルドへ、絢佳ちゃんはクレイグさんのお店へ。私とクレアさんは魔導書庫へと向かう。
浅野さんは、ひととおり調べてみてくれていた。
「まだ、紳士録や史書あたりを当たってみただけなんですが、一応、該当する名前は見つかりました」
そう言って見せてくれたのは、「冥門」を越えて冥境から仙境へとやってきた鬼族の記録だ。
「冥門」とは冥境と仙境を繋ぐ門のことで、聖大陸東部を中心にいくつか存在する。
冥境は鬼族の住む世界の名前だ。
そこに、「道士」卜部宗吽の名があった。
「道士」とは、<道術>の皆伝称号のことだ。仙境では、<方術>として知られる、<仙道術>のひとつである。
記録には、魔帝国暦523年、7月13日とあった。
「変世の詔」が発布されたのが、魔帝国暦610年1月8日のことだ。
ずいぶんと開きがある。
しかし、長命の鬼族のこと、この程度は寿命的には大した問題ではない。
浅野さんがいなくなったあとで、私たちは話し合った。
「「監視者」になる経緯がどういうものだったのか、そこがわからないけど、ある程度時代を絞る参考にはなるかな?」
「どうだろうな。託宣みたいなものを受けて「監視者」になったとしたら、この時期は怪しいだろうけど」
クレアさんの言いたいことがすぐにわかった。
「そっか。仙境で集まって「監視者」を結成したとしたら、この時代以降にはなっても、90年近い間のいつ頃なのかは決められないんだ」
「そうなるな」
「だとしたら、この人物が他に仙境で誰かと会った記録が見つかれば、手がかりになる、かな」
「そうだな」
「うーん。でも、詔を発した人物と「監視者」とがイコールだとも限らないから、さらに時代が下る可能性もあるね」
「うむ。難しいな」
「難しいね」
そう簡単に見つかるとも思えない。
地道な作業を続けるしかないようだ。
そして結局、私たちはそこで行き詰まってしまった。
以後、1週間、書庫に通い続けたものの、これ以外の成果はまるでなし。
その夜、改めて私たちは話し合った。
「思い切って、東平原に行ってみたらどうだろう。方術の道場とか当たれば、記録があるかもしれないだろ」
「でも、そう簡単に見せてくれるでしょうか?」
「そうか、それもそうだな。私たちは部外者もいいところだからなぁ。国も違うし、共和国とは国交のないところも多い。無理か」
「無理とは言わないまでも、難しいと思う」
「どうする?」
「うーん。絢佳ちゃんは、なにか思いつくことある?」
「難しいです。歴史も地理も知らない世界ですし、そもそも調査活動とか、わたくし的には苦手なのです」
「そっか」
絢佳ちゃんらしい、と苦笑してしまう。
「いっそのこと、「監視者」たちが刺客でも送り込んでくれれば、わかりやすくていいんですけど」
「物騒だよう」
「手詰まりだな」
「そうですね」
「困ったなぁ」
「困ったです」
4人で、うーんと考え込む。
「とりあえず、お食事にしないです?」
絢佳ちゃんの一言で、ひとまず夕食を食べることに決まった。
腹が減ってはなんとやら、というやつだ。
階下に下りて、テーブルに着く。
注文をどうしようか、と思っていたところ――
喧噪が耳に飛び込んできた。
「こんな不味い飯が食えるか!」
大声に続いて、ダンっとテーブルを叩く音が響き渡る。
見やると、真ん中のテーブルについた男が、立ち上がってさらになにやら喚いていた。
上質そうな鎧を着て、背中に大剣を背負っている冒険者風の大男だ。
おなじテーブルには、魔導師風の男に、盗賊風の男、そしてテーブルに斧を立てかけている戦士風の男もいる。
テーブルの上には様々な料理が並べられていて、どれも残り少なくなっていた。
ワインの瓶も2本が空になっている。
あれは、なんだろう?
それが最初に抱いた疑問だった。
「なんだあれ」
クレアさんも不快げに呟く。
「いちゃもんですね」
「きっとクレーマーってやつです」
ふたりの言葉に納得する。
文句をつけて、値引きなり食い逃げなりする腹づもりなのかもしれない。
ここは結構な上宿で、あれだけ飲み食いすればかなりの額になるだろう。
それが足りないことにでも気づいたのか、はたまた最初からそのつもりだったのか。
すぐにウェイトレスのお姉さんが、慌てた風で飛び出していく。
周りのお客さんも柄の悪いひとはおらず、様々な表情をしてそのテーブルを見ていた。
「いかがされましたか?」
震える声でお姉さんが言うと、
「不味いっつってんだよ! こんなもん客に食わせて、この店はいったい、どういうつもりだ!」
「お口に合いませんでしたか? 申し訳ございません」
お姉さんが頭を下げる。
「あれはいけませんね」
沙彩さんが言った。
すると、
「こんなもんで金取ろうってのか、ああん!? いい商売してんじゃねぇか!」
男はそう、がなりたてた。
「食い逃げする気かな」
「たぶんそうです」
「目障りなやつだな」
ため息交じりにそう言うと、クレアさんが立ち上がった。沙彩さんもそれに続く。
私は、どうしようかと絢佳ちゃんの方を見た。彼女も椅子から降りたところだった。
私もみんなに続く。
すぐにも、クレアさんと沙彩さんが男の前に立つ。
「なんだてめぇら?」
男はふたりを見て、
「はっ、「姫騎士」様かよ! なんの用だ!?」
「うるさい。騒ぐな」
クレアさんが言い捨てる。
その脇で、ウェイトレスのお姉さんが、明らかにほっとした表情をしていた。
「てめぇには関係ねぇんだよ。引っ込んでな!」
男がそう言って、またテーブルを叩く。
「客が迷惑を受けている。静かにしろ」
クレアさんは、男の言い分には取り合わない。
「それに、それだけ食べておいて、今さらなにを言ってるんですか」
沙彩さんが冷静に言う。
絢佳ちゃんは、お姉さんの手を取って、後ろに下がらせていた。
私はふたりの横に並ぶ。
「てめぇらには関係ねぇっつってんだろうが。それともやんのか、ああん!?」
「やる、とはどういう意味だ」
男の恫喝に応じることなく、冷徹にクレアさんが言い放った。
「っ!」
男はカッとなったのか、クレアさんのサーコートをつかんでいた。
「この手は、なんだ」
さらに温度の下がったクレアさんの言葉が放たれるが、男も動じない。
「女は下がってろ」
「女かどうかは関係ない。お前たちこそ、さっさと金を払って立ち去れ」
クレアさんの言葉に、男がサーコートを握る手に力を込めた。
「うるせぇんだよ」
「うるさいのはお前たちの方だ、と言っている」
男がついに、拳を振り上げた。
クレアさんが素早くその拳を左手で受け止める。
「「姫騎士」に手を出すということが、なにを意味するか教えてやろう」
クレアさんは男の手を払うと同時に剣を抜き放つ。
その一撃で、クレアさんのサーコートを握っていた左腕が切断された。
血が溢れ飛び、男の悲鳴と客の息を呑む声が混ざり合う。
「ぐぁっ!」
クレアさんは男を蹴飛ばして、テーブルに剣を突きつけた。
「お前たちもやるか?」
男たちはそこで引くかと思った。
しかし、クレアさんの言葉に応じて、斧の男が素早く斧を手に立ち上がる。
沙彩さんが斧の男に向き直る。
そして、「魔導師」風の男と盗賊風の男も席を立った。
「おらぁ!」
斧の男が沙彩さんに斬りかかる。
同時に、盗賊が入り口に向かって駆けだし、「魔導師」がさっと手をこちらに向けた。
≪呪文≫が来る――
そう判断し、私は≪奥義≫を放つ。
「≪截魔≫!」
遠隔で放った斬撃に「魔導師」は対抗できない。
同時に、彼が支持/止蔵していた魔法を破壊する。さらに彼自身の魔力も負傷を負った。
口から血を吐いて、「魔導師」が倒れる。
沙彩さんは重い斧の斬撃を軽くいなして男の頭を打ち、一撃で気絶させた。
盗賊は、絢佳ちゃんが腕の関節を極めて抑え込んでいる。
きっとテレポートで襲いかかったのだろう。
勝負は、瞬く間についた。
念のため「魔導師」を見に行くと、死ぬほどの大けがではないようだった。
魔力負傷は見た目ではわからないのだ。
しっかりと魔力を見ると、彼の装備や彼自身に支持/止蔵魔法の類はなにひとつ感じられなかった。一撃ですべてを破壊できたのだろう。
次いで私は、<妖詩勁>の治癒能力で、最初に左腕を斬られた男の傷口を止血する。
敢えて腕を治すことはしなかった。
当然の報いと思って諦めてもらおう。
男たちは、互いを支え合いながら、逃げるように店を出て行った。
すぐにも、店主がやってくる。騒動を見守っていたのだろう。
「あ、ありがとうございます。「杜番」様、「姫騎士」様方にお連れの方も」
「いや、店内で血を流させてしまったな。食事時なのに済まないことをした」
逆にクレアさんが謝ると、店主は平身低頭する。
「そんな! 滅相もございません!」
「とりあえず、警邏隊の騎士を呼ぼう」
そう言ってクレアさんは、「魔導騎士」チャンネルで報告をしているようだった。
ウェイトレスのお姉さんがモップを持ってきて、血を拭き取ろうとしているが、難儀していた。
沙彩さんは、
「結局、食い逃げされてしまいましたね」
と言った。
「警邏隊に捕まって支払わされると思う」
私がそう言うと、
「ああ、その連絡を。わかりました」
沙彩さんは、次いで、店内のお客さんを見回した。
「あたしたちのせいで不快な思いをさせてしまったかもしれません。今宵のお代はあたしが持ちましょう」
私は、こういうひとを清廉潔白というのだな、と関心した。
しかし、店主がそれを認めない。
「そんな、おやめください、「杜番」様。お代の方は、結構でございます。
皆さまも、おなじように。不逞な客を見抜けなかった不義をお許しください」
店主が皆に頭を下げる。
「いや、しかし、」
言いかける沙彩さんを私が止めた。
「お言葉に甘えよう。別に沙彩さんのせいじゃないもん」
「そうかもしれませんが」
「そうだな。それに、万が一払うとしても、それは血を流させた私だろう」
クレアさんまでこう言うと、沙彩さんは諦めたようだった。
皆に一礼して、席に着く。
私たちもテーブルに着いた。
夕食前に、とんだ流血劇になってしまった。
「祝ちゃん、ナイス判断だったです」
席に着くや、絢佳ちゃんに褒められた。
「なにが?」
「あれはなにか魔法を撃とうとしていたです。範囲攻撃だったら、お店自体も危なかったです」
「ああ。うん。私もそう思って」
「しかし、≪截魔≫を遠隔で撃つとか、それもチートってやつなのか?」
呆れたようにクレアさんが言う。
「うん。そう」
「<妖詩勁>はなんでもありだなぁ」
「魔法中心だけど、そうだね」
「魔法のチートはもっと凄いってことか」
「うん」
クレアさんが苦笑する。
「まぁ、なにはともあれ、みなさん無事でよかったです。ご飯にしましょう」
沙彩さんが気を取り直したように言った。
「そうだな。そうするか」
「うん」
「はいです」
夕食中、警邏隊の「魔導騎士」が来て事情聴取などをしていったが、「姫騎士」ふたりに「杜番」、さらには目撃者多数ということで、簡単な質疑だけで済んだ。
彼らはすぐに手配するとのことで、騎士たちもすぐに立ち去った。
夕食後、部屋に戻る。
すぐに、汗を流すということに決まった。
そして、私はたっぷりと汗を流された。
ふたりにもみくちゃにされたと言ってもいいだろう。
まだまだ、恥ずかしくて慣れない。
いや、慣れる日がいつか来るのだろうか。
それはそれとして、なにか負けた気がする。
事が済んだあとで、絢佳ちゃんはしれっと戻ってきた。
いつの間にいなくなっていたのだか……。
翌朝。
私たちはお店のひとに起こされた。
案の定、警邏隊の「魔導騎士」が来ていた。
無事逮捕したとの報告である。
「キング卿ならびに不解塚卿、そして「杜番」不破卿には大変、お手数をおかけしました」
「市民を守るのも我らが務め、お気になさらず」
「はっ」
彼らはきびきびとした態度で去って行った。
朝食のときも、店主がわざわざ挨拶に出向いてきて、恐縮された。
その朝食の席で、
「ところで、あたしも正式な仲間にしてもらったんだし、パーティに入れて欲しいんだけど」
と、沙彩さんが言った。
「私もだな」
クレアさんがそう言うと、沙彩さんは意外そうな顔をした。
「クレアさんはまだパーティに入ってなかったんですか」
「ああ。私はつい先日、冒険者登録したばかりでな」
「そうだったんですか」
「でも、いい機会だと思う。みんなで一緒にパーティ組めたら嬉しい」
私がそう言うと、ふたりは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、朝食後にでも、さっそくパーティ登録に行きましょう」
「そうしようか」
「ところで、ふたりのパーティ名は?」
「えと、確か、「紅蓮の知恵」、だったよね?」
「どうして疑問系なんです?」
絢佳ちゃんは不満げだった。
でも、登録のときに決めただけで、一度も活用したことがないし。
そして、沙彩さんとクレアさんは微妙な顔をしていた。
「それって、絢佳の宗派の名前だろ」
「そうです」
「それって、どうなんだ?」
「どうなんだとはなんです?」
「うん。あたしもちょっと、考え直した方がいいと思います」
「なぜです?」
「だって、あたしたちはその宗派の信者じゃないですし」
「むぅ。それは確かにそうですけど」
「私は、なんでもよかったからOKしたんだけど」
「じゃあ、心機一転、考え直そう!」
「えー」
絢佳ちゃんは残念そうだったが、ふたりは乗り気だった。
「絢佳ちゃん、ここは考え直そう」
「祝ちゃんまで!?」
「ふたりだったら、あれでもいいんだけど、4人になったんだし、ねぇ、うん」
「祝ちゃんも全面的に賛成だったわけじゃないです?」
「うん。なんでもよかっただけ」
絢佳ちゃんはちょっとショックだったようだ。
しかし、この流れは変えられないと思ったのか、
「わかったです。でも、それならそれで、この4人らしい、いい名前がいいです」
「そうだな。祝、君はなにかないか」
「えと、私は、なんでも」
「祝さんが中心のパーティですのに」
今度はふたりの方が残念そうだった。
「でも、名前とか、あんまり思いつかなくて」
「ふむ。どうしようかな」
「ここはやっぱり、百合です!」
絢佳ちゃんが自信たっぷりと言った。
「百合かぁ」
「いいですね」
「でも、ただ百合っていうのもな」
「白百合とか?」
「それなら黒百合です」
絢佳ちゃんが指摘する。
でも、どうして黒百合?
「黒百合? どうして?」
「黒百合の花言葉は、愛だからです」
「愛か、それはいいな」
「でも、黒百合?」
沙彩さんが不審げだ。
<情報理法>で調べてみる。
花言葉は、「愛」や「恋」。しかし、「呪い」や「復讐」という意味もあるようだ。
「えと、愛だけじゃないみたいなんだけど」
「なにがあるんだ?」
「愛とか恋とか。あとは、呪いと復讐」
「呪いと復讐ですか……」
沙彩さんが露骨に嫌な顔をした。
「なるほどなぁ」
しかし、クレアさんはなにやら納得した様子。
「なにが、なるほどなの?」
「祝の現状にはぴったりかなって」
「ああ。そういう……」
言い得て妙というやつだろうか。
「でも、うーん」
沙彩さんは反対みたいだ。
「私は、いいと思うぞ。あまり甘い言葉だけよりは、そういう感じでちょっと毒っ気があった方がいい。うん」
クレアさんは納得というより、気に入ったみたいだ。
「わたくしもそう思うです」
「祝さんはどう思うんですか?」
「私? えと、そんなに悪くはないかな、もっといいのがあれば、それでもいいけど」
「じゃあ、賛成ってことだな!」
クレアさんが元気はつらつと言う。
「いや、そこまででは」
「でも祝は、割となんでもいいって感じじゃないのか」
「ああ。確かに、そうかも」
「では、決定です」
「決まっちゃうんですか!?」
沙彩さんが声をあげる。
「他にいい案があれば」
「うう。思いつきません。私もこういうのは苦手で」
「じゃあ、決定!」
私たちは、「黒百合」というパーティを結成することになった。





