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初体験

 今日は朝から天気もよく、朝日が肌に暖かかった。

 春も本番。

 いい一日になりそうだった。


 クレアさんに導都の観光名所を聞くと、市場や寺院街、シャヌス河沿いの並木道や街壁からの風景など、いろいろと教えてくれた。

 まず向かったのは、シャヌス河沿いの並木道だ。


 ちょうど桜が咲いている頃合いだという。

 満開にはまだ少し早いというが、構わなかった。


 私はクレアさんと沙彩さんと両手を恋人つなぎで、絢佳ちゃんは私たちの前を歩く。

 自然とそんな風に落ち着いた。


 桜並木は綺麗だった。

 はらはらと舞い散る桜が美しい。


 桜の本場である櫻華皇国(おうかこうこく)では、こんなものではない、この世のものとも思えない光景が味わえるのだという。

 この世にいながらにして、あの世にいるかと見まごう景色だとか。

 いつか行ってみたいね、などと話ながら、10分少々の桜並木を歩き終えた。


 次いで向かったのは、商業街区だ。

 武器屋さんに魔道具(マジックアイテム)屋さんをひやかして、服屋さんでは買い物もした。


 私の服をみんなが買いたがったのだ。

 下着とか寝間着とか普段着とか靴とか帽子とか。とにかくいっぱい。


 宝飾店では、たっぷりと時間を使った。

 やっぱりみんな女の子。こういうところには弱い。


 クレアさんと沙彩さんがなにやら話していると思ったら、ふたりに手招きされた。

 行ってみると、指輪のコーナーでふたりがにこにこ微笑んでいた。


 そういうことか。

 いくら鈍い私でも、すぐに意図するところはわかった。


 私は大人しくふたりの許へ行った。


「これ、どうかな?」


 クレアさんが、ひとつの指輪を差し出してくる。

 プラチナに一輪の花が刻まれたデザインで、花の中に石がひとつはめこまれている。

 石は透明で、仄かに七色の光を発していた。


「これ、上石(しょうせき)なんです。幸運の力があると書いてあります」


 上石とは、魔的利用ができる貴金属類のことだ。

 よく見ると、確かに魔力を感じる。

 <妖詩勁>と<感勁>でじっくりと見てみると、確かに加護の力があった。



 ≪加護の指輪≫

 効果:幸運をよびこむ



 幸運をよびこむ、というのがどの程度の力なのかは、よくわからない。

 だが、なんらかの効果はあるのだろう。


「気に入ってくれたか?」


 クレアさんが言う。


「ふたりが選んでくれたのなら、どんなものでも」


「そうか」


 店員さんを呼び、指輪を購入する。

 よくわからない効果とはいえ、魔力品(マジックアイテム)。びっくりするようなお値段だったが、ふたりで買ってくれた。


 そして、私の左手の薬指にはめてくれる。

 嬉しくて、涙が出た。

 ふたりに頭を撫でられ、絢佳ちゃんの祝福を受けながら、店を出る。


 お昼はちょっと高級そうなお店でリッチに行った。

 春のお任せフルコース。


 とても美味しくて、大満足だった。

 でも私は、指輪のことが嬉しすぎて、半分も味がわかっていなかったと思う。


 昼食のあとは、寺院街を巡って、光蓮宗の大寺院と聖杜教会では参拝もした。

 恋愛運のおみくじを引いたりして、キャーキャー言って騒いで。


 そのあと、甘味処で一服。

 果物の砂糖漬けやココア、ケーキなど思い思いの品を注文して、ガールズトークに花を咲かせる。


 主に私がいかにかわいいか、という話題だったのは、勘弁して欲しかったけど。

 それから、街壁に上って遊歩道からの展望を楽しみながら、またお喋り。

 シャヌス河にシャント碧湾(へきわん)、遠く中野(なかや)(なか)連峰(れんぽう)を臨み、ケペク平原を見てひとまわりした。


 夕食は、年長組ふたりの希望で、お酒の美味しいお店にした。

 年長組と言っても、絢佳ちゃんはカウントしていない。


 18才のクレアさんと、20才の沙彩さんのことだ。

 お酒が美味しいなら、食べ物も美味しかった。

 私もちょっとだけお酒をもらってみたが、美味しかった。


 酔い覚ましに春の夜風に吹かれながら宿まで戻ると、あっという間の一日が終わってしまったことが名残惜しかった。

 部屋に入って、まずは汗を流した。


 恋人の裸、と思ってしまうと恥ずかしくて見ていられなかった。

 しかし、逆に私はみんなから身体を拭かれた。

 さらに恥ずかしい思いをしたのは言うまでもない。




 そして買ってきたばかりの寝間着に着替えさせられる。

 シルク製のそれはすべすべの肌触りで、とても着心地がいい。


 しかし、すけすけなのだ。

 私が恥ずかしくてもじもじしていると、それがさらに好評だった。


 そして、気がつけば絢佳ちゃんが消えていた。


「あれ、絢佳ちゃんは?」


「ん? どっか行ったんじゃないか」


「心配いりませんよ」


「心配はいらないかもだけど、どこ行ったんだろう」


 と思う暇もあらばこそ。


 私は、ふたりにベッドの上に押し倒されていた。


「!?」


 驚く私に、


「祝、愛してる」


 クレアさんが真剣な眼差しで言う。

 その言葉にとろけそうになっていると、私はクレアさんに唇を奪われた。


「――!」


 クレアさんの唇は熱く、柔らかく、口から快感が流れ込んできた。

 クレアさんの舌が私の舌に絡みつく。


 身体からは完全に力が抜けて、もはやされるがままだった。

 どれほどの時間だったのか。

 クレアさんがキスを終えて顔を離す。


 顔が上気し、目が潤んでいた。


 次いで、沙彩さんが唇を重ねてきた。

 唇と唇を合わせ、舌を絡ませあい、きつく抱き合って、めくるめくひとときが終わる。




 そして、私は、ふたりと初体験をした。




 すべてが終わったとき、私はもう、軟体動物にでもなった気分だった。

 身体中の力が入らない。

 快感の余波が全身に残り、熱く火照っている。

 そればかりでなく、まだ身体中が敏感で、ちょっと肌と肌が触れあうだけで、声を出してしまう。


「あんっ」


 恥ずかしい。


 恥ずかしいと言えば、そもそもだ。

 あんなことやあんなこと、ましてあんなことをするなんて、まったく知らなかったし、思いもしなかった。

 誰が思いついたのか、なんて益体のないことを考えてしまうほど。


「祝、可愛かったよ」


 クレアさんの囁き声に、ぞくっとしてしまう。


「ええ、それに綺麗でした」


「そんなこと。ふたりの方がずっときれいだよ」


「じゃあ、祝さんは可愛いっていうことで」


「えっ、そういう意味じゃ」


「だって、事実だろ?」


「うう。恥ずかしい」


 そう言うと、ふたりに頭を撫でられた。


「ふにゃっ」


 柔らかい指の動きが心地よく、優しい。


 これくらいだったら、いいのに。

 大歓迎なのに。

 えっちは恥ずかしすぎるよ。


 私が目を合わせるのを避けているのもすぐに察知され、強い視線がふたりから放たれる。

 そうなると、私も弱い。

 おずおずと視線を交えると、最高級の笑顔が待っていた。


 ふたりともきれいだ。

 心臓がばくばくと脈打っているのがわかる。

 心音がふたりに聞こえるんじゃないかと思うほど。


「食べちゃいたい」


 沙彩さんがそんなことを言う。


「食べないで」


「もう食べただろ?」


「そうですね」


 ふたりが笑う。

 つられて、私も笑った。


 恥ずかしいけど。

 でも、嬉しい。

 幸せだ。


 そして、気持ちよかった。

 うん。認めよう。

 気持ちよかったのだ。


 私はふたりを交互に見ながら、


「ありがと」


 と言った。


 それがいけなかった。


 ふたりに燃料を投下してしまったようだ。

 二回戦目に突入して、私は気を失うように、眠りについた。




 翌朝。

 まだ薄暗いうちに私は目を覚ました。

 両隣では、ふたりが私の身体に手を回しながら、まだ眠っていた。

 でも、眠りながらもおっぱいを揉むのはやめて欲しい。


 私はそっとふたりから離れ、ベッドから抜け出した。

 忍びの技を使ったので、ふたりを起こさずに済んだ。


 こそこそと身体を拭いて――なにしろ全身くまなくべとべとなのだ――、新品の普段着に袖を通した。

 そして、再度ふたりが起きていないことを確認すると、部屋を抜け出して階下に下りた。




 そこには、予想どおり絢佳ちゃんがいた。

 私に気づいて、にやにやする。


 猛烈な恥ずかしさが私を襲った。

 私は睨みつけてみるが、絢佳ちゃんはにんまりと笑うだけだった。


「おはよう」


「おはようです」


 私は席について、絢佳ちゃんを睨む。


「んふふ。その様子だと、素敵な初夜を過ごせたようです」


「もう。絢佳ちゃんったら」


 恥ずかしさを絢佳ちゃんへの恨み言に変換してぶつける。

 しかし、そんなことが通用する相手ではない。


「気持ちよかったです?」


 最悪の反撃だった。


「ううう」


 私は呻って、でも、こくん、とひとつうなずいた。


「でも恥ずかしすぎるよ。なんであんなことを」


「そのうち慣れるです」


「うーん。それはそれでなんかちょっといやだな」


「愛されることには、素直になるのが一番です」


「素直かぁ」


 ため息がもれる。

 絢佳ちゃんの前に置いてあったコップをつかむと、くいっと呷った。

 お酒だった。


「一晩中、飲んでたの?」


「まぁ、そうです」


「ふたりとはいつ打ち合わせたの?」


「祝ちゃんが試着してたときです」


「そんな前から!?」


「気を利かせたです」


「気がついたらいなくなってるし、襲われるし、もう!」


「でも、祝ちゃん、幸せそうな顔してるです」


「うん。否定は、しない」


「愛の悦びです」


「うん」


 コップをもてあそびながら、絢佳ちゃんに聞いてみた。


「絢佳ちゃんは、経験あるの?」


「あるです」


「その、愛する人と?」


「そうです」


「どんな人か、聞いてもいい?」


「もちろんです。いつか、紹介しますです」


「うん。楽しみにしてる」


「わたくしの旦那さまは……」


 絢佳ちゃんののろけトークは、ふたりが起き出してくるまで続いた。

 素敵な男の人なんだということは、わかった。


 なによりも、絢佳ちゃんが選んだ人なのだ。

 きっと言葉以上に素敵なひとなのに違いない。




 朝食の席で、平然としていたのは、意外にも絢佳ちゃんだけだった。

 朝になって冷静になったのか、クレアさんも沙彩さんも、恥ずかしげだ。


 あるいは昨夜はやりすぎたと反省しているのかもしれない。

 私はちょっと勝った気になった。

 もちろん、勝った負けたではないし、私が一番恥ずかしげにしてただろうことも間違いないのだけど。


 食後、部屋に戻って、今日どうするかを話し合う。


「無理、しなくていいんだよ?」


「そうです」


 私はそう言うふたりを睨みつけた。


「そう言って、朝からまた襲いかかってくるつもりなんでしょ」


「そ、そんなことしない!」


「しません、しません!」


 動揺してる辺りが、猛烈に怪しかった。


「私、絢佳ちゃんと遊んでこようかな」


 私がそんなことを言うと、ふたりはおろおろしはじめた。

 絢佳ちゃんは、相変わらずにやにやしている。


 そんな絢佳ちゃんがちょっと憎らしく思える。

 ふたりをいじめるのも、これくらいにしよう。


「今日は、ちゃんとお仕事をします」


 私が立ち上がって言うと、みんなはこくこくとうなずいた。




 昨日のデートのときのように、私を挟む形でクレアさんと沙彩さんが手を繋いでくれる。

 今日は絢佳ちゃんは後ろをついてくるようだ。

 別れの交差点まで歩いたところで、絢佳ちゃんに手を振って見送った。


 そして魔導学院前で沙彩さんと別れる。

 沙彩さんは、今日は冒険者ギルドに行って、聞き込み調査をしてみるのだという。

 私は、クレアさんと手を繋いだまま、書庫まで行った。


「さあ、今日もがんばるか」


 クレアさんがいっそ悲壮な決意をこめてそんなことを言った。


「そんなに苦手なら、無理しなくてもいいのに」


「いや、他にすることもないしさ。暇になっちゃうとそれはそれでね?」


「うん。だったらいいけど」


 言って、私は手近にあった巻物を手に取った。

 「変世の小禍」という付箋がつけられている。


 開いてみると、それは当時の手紙だった。


 龍孫語で、「仙掌玄君」を捜しているが見つからないこと、「魔帝」陛下へのお目通りも許可が下りないことへの苦言などが書かれている。

 そして、この争乱の種は、「運命の戦い」の反動であることは間違いない、とあった。


 反動、とはどういうことだろう?

 そう思いながら、読み進む。


 卜部(うらべ)宗吽(そううん)なる修羅(しゅら)が、なにがしかの関与をしている可能性が高い、その人物を追っている。


 そう記されていた。

 修羅というのは、冥境(めいきょう)に住む鬼族(きぞく)の長たる種族のことだ。


 誰から誰への書簡であったのかは、わからない。

 しかし、これは大きな手がかりかもしれない。


 私は、龍孫語のわからないクレアさんに、手紙を見せながら翻訳して聞かせた。


「この卜部なる人物が、「監視者」かそれに繋がる可能性があるってことだな?」


「うん。そうだと思う。あと、この反動っていうのがちょっと気にかかるんだけど。どういう意味かな?」


「反動ねぇ。うーん。私にもわからないな」


 私は<情報理法>でこの手紙を≪記録≫した。


 他に手がかりになりそうなものは見当たらなかった。

 そして、最初に浅野さんが持ってきてくれた書物はこれで読み終えたことになる。

 「卜部宗吽」なる人物名について調べてもらうようにお願いして、私たちは魔導書庫を出た。




 私たちは、合流した後、急いで宿に戻った。

 沙彩さんに収穫はなかった。


 私は、先ほどのことをふたりに話す。

 卜部宗吽という名前は、沙彩さんも心当たりがないという。

 しかし、


「反動というのは、「返し(・・)」のことじゃないです?」


 そう言ったのは絢佳ちゃんだ。


「「返し」? それって、≪呪詛(じゅそ)≫とかの?」


「そうです。「運命の返し(・・・・・)」とかいうこともあるです」


「運命の――」


「それだな」


 クレアさんが言う。


「「運命の戦い」があって、「運命の返し」が起きて、それが「変世」に繋がるってこと?」


「筋は通るです」


「ようやく一歩、踏み出せたのかな」


 私がぼそりと呟いた。


「なんにせよ、その第一歩が大事だ」


「そうですね」


「がんばるです」


 みんなでうなずき合い、私たちは、さらに決意を新たにした。


 まだか細い糸かもしれない。

 しかし、それをたぐり寄せていけば、きっとその先には、「監視者」が、そして「世界法則」の改変があるはずだ。


 そこに辿り着ければ、私たちの目的を果たすことが、きっとできる。

 私はそう、思った。


 私だけじゃない。

 みんながいる。


 いてくれる。

 ならばきっと――

第一章終了です。次回から第二章に入ります。

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