ハーレム?
私は、昨日までのことや、話し合いの結果などを、沙彩さんに詳しく話した。
「話がさらに大きくなりましたね。これはあたしの手に負えるかどうか」
「「杜番」がなにを言ってるんだ。この中でなら、一番頼りになるだろうに」
「いえ、全力は尽くします。でも、あたしは剣であり盾でしかない。戦闘力だけで片がつくお話じゃないですよね?」
「ああ、そういうことか。それはまぁ、そうかな」
「大丈夫です」
絢佳ちゃんが、自信満々と言う。
「どうして?」
「それは、このパーティには愛があるからです」
絢佳ちゃんを除いた三人は、顔を見合わせた。
意味がちょっとわからない。
「愛、あるかな?」
「あるです。当の祝ちゃんがなにを言うです」
「え、私なの?」
「ですよ」
「うーん。わかんない」
「まぁ、わかんなくてもいいです。
愛で結ばれ、愛で行動するなら、きっとなにものも恐るるに足らずです。
わたくしもついてますし」
「うん。絢佳ちゃんは頼りにしてるよ」
にんまりと絢佳ちゃんが笑う。
「まぁ、愛はさておき」
クレアさんが話をリセットする。
「さておかれてしまうです?」
「さておき、沙彩はなにか知ってること、思いついたこと、気づいたことなんかあるか?」
「そうですね。聖杜教会としては、「変世の大禍」はその混乱と、それによる争乱こそ問題でしたけど、全体としては賛成側でした。
当時の記録を当たれば、もうちょっと詳しい経緯もわかるとは思いますけど、今のこの世界のあり方を歓迎している方針のはずです」
「そうなんだ」
「はい。過剰な力を排することは、悪いことじゃないとあたしも思いますし、そう教えられてきました。
それで、昨日、祝さんが言われた正義同士のぶつかり合いという話は、的を射ていたと思いますね。
そういうことなら、「杜番」が「監視者」となっていてもおかしくはありません」
「さすが祝だな!」
クレアさんが言う。
「ですね」
「いや、そんな、さすがなんてことは」
持ち上げられるのが照れくさいので否定するが、みんなは同意しているようだった。
私のなにを信用してそうまで言うのだろう。
「あとは、そうですね。「運命の戦い」に聖杜教会は参加していません。これは確定情報ですね。
「黒書」については、最悪の敵だ、ということしかわかりません」
「確定情報です?」
「「運命の戦い」には参与できなかった、そう聞きました」
「なるほどなぁ」
「それが残念だ、という感じですか?」
「はい。その通りです。
これは「祐杜衆」の方の話になりますけど、そう伝えられています。
世界の命運を決する一戦に、我々はこの力を持て余していた、と」
「確かに残念かもしれないな」
「でも、「監視者」になれたなら、それはいいのでは?」
「そのことは伝わってないんだろう?」
「伝わっていませんね。「監視者」という言葉も聞いたことがありません」
「そっか。そう言えばそうか」
「監視者」という文言については、今のところ魔帝国の話に一節だけ出てきたにすぎない。
「ああ、じゃあ、やっぱり、私はとりあえず、書庫で調べ物しなきゃかなぁ」
「なぁ、祝」
「はい」
「それ、私も手伝えないか? 私なら魔導書庫に入れるだろう」
「そうですね」
「書物が大量にあるなら、手分けした方がよさそうじゃないか」
確かにそうかもしれない。
「えと、じゃあ、今日はどうします?」
絢佳ちゃんと沙彩さんに聞く。
「わたくしはクレイグさんのところに行くつもりです」
「あたしは、大したことはわからないかもしれないですけど、大使館と、あと聖杜教会に行ってみます。
なにかわかるかもしれませんし、もしかしたら、なにか接触があったかもしれません」
「それもそうですね」
「では、そういうことで、行動を開始しようか」
「はい」
私たちは、夕方に昨日のカフェで落ち合うことにして、また別行動を取った。
まず、沙彩さんが大使館へ。残りの3人でクレイグさんのお店に行く。
「よう、嬢ちゃんたち。来たな。
おっ、これは可愛い「姫騎士」さまだな」
クレイグさんのにこにこ笑顔に、こちらも頰が緩む。
「お世話になりました」
「うむ。がんばってな」
「はい。がんばります」
「クレイグ殿、先日はお手間をおかけした」
「いいってことよ。うまくいったんだろ? だったら、なにも問題ねぇや」
「はい。クレイグ殿も、お元気で」
「ああ。「姫騎士」さまもな」
「じゃあ、わたくしはまた、お手伝いするです」
「よろしく頼むぞ。嬢ちゃんは、仕事が丁寧だ」
「がんばるです」
私とクレアさんは、絢佳ちゃんとクレイグさんに手を振って別れた。
魔導書庫に着くと、積み上げられた書物をあたる。
クレアさんの読める言語は共和国公用語のみなので、そちらを担当してもらうことに決まった。
黙々と目を通すことしばし。
「はぁー」
クレアさんが大きくため息をついて、私の方を見た。
「祝は昨日一日、ずっとこれをやってたのか?」
クレアさんは、だいぶんお疲れのようだった。
「え、はい。あ、疲れました?」
「ああ。疲れたね。ちょっと休憩していいか?」
「もちろんです。あ、どうせなら、お昼にしましょうか」
「そうしようか」
食堂で少し早めの昼食を摂る。
小麦の白パンにミートボール入りのスープ、ポテトサラダといったメニューだ。
食後にコーヒーを飲んで、私たちはまた戦場――魔導書庫――に戻る。
「祝は疲れないんだな」
「ああ。そうですね」
ちょっと迷ったものの、私はこれについても言っておくことにした。
「「妖書」――<妖詩勁>スキルの力で、私は基本的に疲労とは無縁なんです」
「無縁とはすごいな」
「睡眠も食事も、呼吸さえも必要ではないんです」
「!?」
さすがにクレアさんもびっくりしたようだ。
「<妖詩勁>や<黒勁>のチートさの一例でしょうか。
私は最初、それに気づかなかったので食事を摂らなかった時期があったくらいです。
空腹感もあるんですけど、食べなくても死なないという感じでしょうか。
睡眠や休息もそんな感じですね。
ただ、休むことはなにがしかのリセットにはなるみたいで、寝れば快適になります」
「無敵だな、そう聞くと」
「でもなんか、あまりにも人間離れしすぎていて、これに頼るのはあまりいい気はしないんですが。
でも、こういう作業をしているときに休息を必要としないのは、便利と言えば便利かもしれません」
「ふぅん。そういうものか」
クレアさんは、ちょっと考えるようにして、言った。
「なぁ、その「妖書」というのは「黒書」と違って、邪悪な力ではないんだろう?」
「私の見る限り、そうですね」
「それを、例えば私に会得することはできるんだろうか?」
「それは……」
思わず、言葉に詰まる。
「無理なのか? いや、思いついただけなんだが」
「いえ。私は、伝授することが、できます」
「できるのか」
「ただ、あまりそれをしたくないって思ってます」
「それにも、なにか理由はあるんだろう?」
「はい。リルハを根本的に信用していない、ということがまず第一なんですけど。
私がこの力を伝える、ということは、クレアさんを私の配下に加える、ということを意味するんです。
それ以外の会得方法は、ないです」
「配下、か」
クレアさんは少し考えて、
「私は構わないが、祝は対等でいたいんだな」
「はい。配下とか、そういうの、厭です」
「わかった。変なこと聞いたな。忘れてくれ」
「いえ。一応、言っておくべきことだったかもしれないですし」
「じゃあ、あとでみんなでも話してみよう。
絢佳なんかは、なにかいいアイディアがあるかもしれないし。
あの子はあの子で別の方向でチートっぽいからな」
「そうですね」
ふたりで苦笑を交わした。
その後は、何度か休憩を挟みつつ――浅野さんがコーヒーを差し入れしてくれた――、書類の山を片付けていった。
クレアさんが加わったことで、山もだいぶん消化できた。
そして夕方、司書室に挨拶をして、私たちはカフェに向かった。
今日も、収穫らしい収穫は得られなかった。
カフェで一服したあと、宿に戻る。
沙彩さんはすでに自分の宿を引き払っていた。
そうなるとさすがに狭すぎるので、三人用の部屋を取り直すことにした。
荷物を移動させて、着替えてからまた、ベッドに腰掛けて向かい合う。
まずは報告から。
絢佳ちゃんは今日もクレイグさんのお仕事のお手伝いをした。以前はできなかった、ラメラーアーマーの整備を教えてもらって、ちゃんとできたと褒めてもらえたらしい。
次いで、沙彩さんだ。
大使館でも聖杜教会でも、なにか夢を見た、というようなひとはいなかったとのこと。
大使館と教会の資料室を見せてもらったが、こちらも手がかりになりそうなものは見つけられなかったらしい。
私たちも、ほぼ収穫なし、との報告をする。
「それから、途中で話題にのぼったんだが、」
クレアさんがそう、前置きして、「妖書」の話をした。
「あたしは特別、その力が欲しいとは思わないです。今のところは」
とは沙彩さん。
「直接の会得じゃなくて、アーティファクトの形にして貸与するのはどうです?」
と、絢佳ちゃん。
確かにそれはできる。
「できる、ね。クレアさんは、どうですか?」
「いや、私も今のところはいいや。どうしても必要になったときにでも」
「でも、それだと間に合わないかもしれないです」
「というと?」
「直接、「黒書の欠片」などがわたくしたちを襲撃してきて、力の差で及ばなかった、というような場合です」
正直、そこまでは考えていなかった。
可能性としては、考慮せざるを得ないだろう。
「それは、思いつかなかった。でも言われてみると、確かに対策は必要かもしれないね」
「わたくしと祝ちゃんは、大丈夫ですけど、おふたりは難しいかもです」
「でも、アーティファクトなんて、そう簡単には作れないんじゃないですか?」
私はうなずいた。
「最低でも1年は研究期間が必要かな」
「「妖書」での「欠片」のようなアイテムを生み出すのにも、おなじくらいかかるです?」
「えっと、「妖書」では、「断章」と言うのだけど、それはもっと単純に、すぐにでも作れる、かな。あまり凝った作りとかにしなければ」
「制限とかはないのか?」
「制限、ですか?」
「なにか生け贄みたいなものがいるとか、1個しか作れないとか」
「私の場合は、10個まで作れますね。それで、単純なものなら、生け贄とか必要な素材とかはないです」
「じゃあ、あらかじめ護符みたいなのを作っておいたらどうです?」
「そっか。うーんと、いらなくなったら破棄することも私になら簡単にできるのか。
だったら、とりあえずお試しで作ってみてもいいかな。
どう、します?」
私はふたりを見た。
ふたりは顔を見合わせる。
「祝の判断に任せるよ」
「あたしも」
責任重大だ。
「絢佳ちゃんは、そういうの作ったことある?」
「ないです。というかできないです」
「その、絢佳ちゃんの<勁力>では、そういうの作れないの?」
「ああ、<紅蓮勁>です?
《召喚》とか《封印》とか、そういう儀式のためのものしか作れないです。
あとは、アザトースさまなど、危険な星辰神統の神々から身を守る護符とかならありますけど、それはさすがにいらないと思うです」
「そっか。どういう力が必要なんだろう?」
「「黒書」に対抗する力があれば、最低限いいんじゃないです?」
「それは基本能力としてあるんだよね。だから護符を作ればそれだけでついてくる、のかな?
いや、その中からピックアップがいるみたい。
じゃあ「黒書」対策と、防御能力とか回復能力とかつけておくといいかな」
「そんな力まであるのか」
「うん。自動回復能力とか、ダメージを受けたときにそれを減らしたりする能力とか。
あと、毒とか酸とかの特殊ダメージを防ぐ能力も。これはあった方がいいかな。
あ、さっきの試合のときに使ったテレポート能力とか、ああ、あと休息不要の能力なんかもあるけど、いりますか?」
「そういうのはいいや」
「わかりました。沙彩さんはどうします?」
「「黒書」は対抗策を持っていないと歯が立たないんですか?」
「相手が武闘派だったら、可能性はあるです」
絢佳ちゃんの答えに、沙彩さんはちょっと考えて、
「じゃあ、あたしも最低限のでお願いします」
と言った。
「絢佳ちゃんは必要ない?」
「はいです。そういうのは「タロット」の方で既に持っているです」
私は、「断章」創造能力を使って、対「黒書」能力と回復・防御能力を11個入れた護符を、ふたつ作りだした。
5分ほど念じるだけで、護符が生み出される。
ふたつで10分、簡単だ。
形はふたりの希望で指輪となった。銀色の飾りのない指輪だ。
そこに、「祝」の文字だけが入っていて、指輪の内側に、それぞれ「クレア」と「沙彩」と、所有者名が刻んである。
≪守護の指輪≫/「妖書の断章」
所有:「黒書」と戦う者、不解塚祝からの直接授与者のみ、譲渡不可
<妖詩勁1>能力:
「黒書」による汚染なし、「黒書」を力源とする武術・魔術会得不可、「黒魔」にはならない
「黒書」対抗能力、それらの力の獲得不可、ヒエラルキー支配・汚染阻止
病・毒・恐怖・狂気・渾沌・虚無無効/阻止
ドレイン対抗/阻止
自動回復能力、およそ10秒に1LV回復、肉体欠損しても再生/1日、治療/回復阻止無効
自身の治療、副行動での負傷即時回復、治療/回復/転禍阻止無効
追加耐傷LV増加:+魂力+1
ダメージ減少点:魔力+1
防御特性値3倍判定
被負傷-1LV(最低0LV)、衝撃ダメージ阻止
アーマーマルチ、自動防御判定+1
こんなものだろうか。
ふたりは喜んで左手の薬指にはめた。
えっと、そこでいいのかな……?
でも聞くのが怖くて、黙っていようと思った。
思ったのに――
「あらあら。おふたりとも迷わず左手の薬指なんです?」
絢佳ちゃんは揶揄するように言った。
ふたりとも、はっとなって自分の左手を見、お互いを見、絢佳ちゃんを見て、最後に私を見た。
顔が赤くなるのがわかる。
沙彩さんが、ベッドから立ち上がると、床に片膝をついた。
「祝さん。あなたに言わなければならないことがあります」
「はっ、はひっ!?」
声が裏返ってしまう。
「ちょっ――」
クレアさんがなにか言いかけるが、
「あたしは、あなたに一目会ったときから、あなたの虜になってしまいました。
祝さん、あたしはあなたのことが好きです」
「――!?」
「抜け駆けはずるいぞ!」
クレアさんがそう言うや、彼女もまた、片膝をつく。
「祝、私も君が好きだ。出会った瞬間に恋に落ちた」
ふたりの眼差しは、あまりにも真剣だ。
絢佳ちゃんに助けを求めると、
「祝ちゃん、モテモテなのです」
と、嬉しそうだった。
「えっと。あの、あの……ええっと」
「迷惑かもしれない。私は君とは同性だし、年齢差もあるかもしれない。でも、好きなんだ」
「あたしもおなじ気持ちです」
頭の中が真っ白になって、どうしたらいいのかわからない。
わからなかった。
誰か、たすけて――