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沙彩の気持ち

 翌朝――


 食堂に下りていくと、すでに沙彩さんが席について待っていた。


「おはようございます」


 私たちに気がつくと、席を立って挨拶をしてくる。

 表情はやや堅い気がするが、笑顔である。


「あ、おはようございます」


「おはようです」


「おはよう」


 みんなで、ひとつのテーブルを囲む。


「まずは、朝食にしませんか?」


「待っててくれたんですか?」


「はい」


「わかりました」


「そうするです」


 今朝の朝食は、お粥に卵焼き、焼き魚に野菜サラダと果物だ。

 少し暖かくなってきた気候のことなどを話ながら、核心には触れずに朝食を摂る。


 ほどなく食べ終わると、うなずき合って部屋に戻った。

 昨日とおなじようにベッドに腰掛けて向かい合う。


「さて。結論を聞こうか」


 クレアさんが口を開いた。


「その前に、ひとついいですか?」


 私の言葉に、沙彩さんがうなずきながら聞いてきた。


「なんでしょう?」


「昨晩は、なにか夢を見ましたか?」


「ああ。いいえ、特になにも」


「そうですか」


 少し、当てが外れたようだ。


「それで、ですが」


 沙彩さんはみなの顔を見回す。


「結論の前に、試させていただきたいのです」


「試す、とは?」


 クレアさんの言葉に、


「祝さんの実力を測らせてください」


「えと、剣の腕前を、ということですよね?」


「はい」


「何故その必要がある?」


 クレアさんは不審げだ。


「思うところがあって、としか言いようがないのですが」


「いいですよ」


 私がうなずくと、クレアさんが反対してきた。


「祝! 危険だ!」


「いいえ。誓って危険なことはしません」


 沙彩さんが言う。


仮負傷(かりふしょう)で実戦形式、ということでお願いしたいのです。

 もちろん、祝さんは実剣で構いません」


 仮負傷、というのは、手加減をして気絶するまでの戦い方だ。実際の傷は残らない。<天麗剣>など一部流派では、実剣でもそれができる。

 <光剣道>にその技はないが、私は<武勁>でそれができる。


「しかし……」


「大丈夫ですよ、クレアさん。「杜番」がそう言うんですから」


「そうかもしれないが」


「クレアさんは心配性です」


 絢佳ちゃんが言う。


「心配性とかそういう問題では」


「大丈夫です。私の力があれば、負けても死ぬようなことにはなりませんから」


「そうか。まぁ、祝がそう言うなら」


「どこでやりますか?」


「はい。先ほど聞いてみたんですけど、ここの裏庭にちょうどいいスペースがあって、使ってもよいとのことでした」


「わかりました。私も仮負傷でやれます。あと、鎧も着ますか?」


「ええ。お願いします」


 沙彩さんも、鎧を身に纏っている。

 絢佳ちゃんに手伝ってもらいながら鎧を身につけていく。

 そして、裏庭に移動した。




 なるほど裏庭はちょっとした試合のできそうなスペースがあった。10メートル四方くらいか。


「冒険者の皆さんの訓練や試合などで使われることもあるそうですよ」


 沙彩さんが教えてくれる。

 そういうものなのだろう。

 四方は壁に囲まれていて、逃げ場はないが、飛べば済むことだ。ここに通じる入り口などは今入ってきたところしかないし、誰かがついてきた気配はなかった。大丈夫だろう。


「クレアさん、審判をお願いして構いませんか?」


「あ、ああ。構わないが」


 沙彩さんは私から少し距離をとって、兜を被り、盾を構えて剣を抜いた。

 私もそれに倣う。


 当然だが、リーチは沙彩さんが圧倒的に長い。

 そもそも沙彩さんはここにいる誰よりも身長が高かった。

 絢佳ちゃんはクレアさんと向き合う形で立った。


「準備はいいか?」


 クレアさんの声に、双方うなずいた。


「では、はじめ!」


 開始の言葉が終わると同時に、沙彩さんの剣がまっすぐ振り下ろされる。

 速い。


 しかし、ちゃんと見えている。私は盾で剣を受けた。

 激しい金属音がして、火花が散る。


 威力も高い。

 だが、それだけだ。


 私は(たい)を右にずらしながら盾で剣を押しやり、剣を突き出す。

 沙彩さんは素早く剣を引いて私の剣を弾いた。

 そしてすかさず返す刀で剣を薙ぐ。


 息もつかせぬ連撃だ。

 私は盾と剣で受け、挟み込むようにして、後ろに下がり距離を取る。


 しかし、そうはさせじと沙彩さんが踏み込みながら追撃をしかけてくる。

 私は剣と盾とを使って、防戦一方となった。


 一撃、一撃が重い。そして速い。

 とはいえ、守れないほどではない。


 なにより、その剣撃はどこまでもまっすぐで、フェイントや小手先の技などをいっさい織り交ぜてこない。

 それは、「聖騎士」の剣の特徴でもあるが、私はそこに、なによりも沙彩さんの思いを感じとっていた。


 そうは言っても、このままでは埒が明かない。

 私の今の腕前では、この攻撃を防ぐのに精一杯なのだ。余裕がない程ではないが、攻撃を返すタイミングが見えない。


 私はジャンプして、一度、大きく距離を取った。

 今度は沙彩さんも追いかけては来ず、息を吐いていた。

 仕切り直し、といったところだろうか。


「思ったよりもやりますね。かすりもさせてもらえないとは思っていませんでした」


「でも、私の方はまったく駄目ですよ」


「その腕前で駄目ということはないでしょう。単に反撃の意志がないのではありませんか?

 そうまで防がれると、私の方こそ攻め手がありません」


 確かに私はすべての剣撃を防ぎきっていた。

 まだまだ動きはちぐはぐでぎこちないだろうが、訓練の成果も出ているだろう。

 しかし、おそらく沙彩さんが言っていることはそういうことではない。


 俗に、「聖騎士2倍剣」と言われる。

 <天麗剣>は通常の武術に倍する力がある、という意味だ。

 スキルが倍になる、というと身も蓋もないかもしれないが、<天麗剣>にはそういう能力がある。


 そのため、回避は非常に難しく、受けていても鎧で身を守らないと無傷ではいられない。

 そして、そのスキルでの防御はまさに鉄壁。

 私の実力レベルでは、攻撃が届かない。


 しかしそれは、ふつうにやっていれば、ということだ。

 チートを使っている今、その差はないだろう。


「では、本気を出します」


 私はそう宣言すると、離れたまま、剣を揮った。

 遠間で本来なら届くはずのない剣撃が沙彩さんを襲う。


「!?」


 驚きつつも、盾でしっかりと防がれる。

 無論、<光剣道>の技などではない。一部流派には、そういう≪奥義≫も存在するが、私のはそういうチートだ。


 すかさず、テレポート能力を発動。沙彩さんの背後に回る。


「!」


 沙彩さんも、一瞬で私を認識するが、真後ろに立たれては、剣も盾も届かない。

 急いで向き直ろうとするものの、もう間に合わない。

 私はまっすぐに剣を振り下ろして、鎧に一当てした。


「それまで!」


 クレアさんの声に、私は息をつきながら構えを解いた。

 沙彩さんは、振り返って驚いた表情のまま、私を見た。


「それが、祝さんの全力ですか?」


「今のところの全力です」


「わかりました」


 そう言って沙彩さんは、剣を鞘に収める。

 互いに一礼して、兜を脱いだ。

 時間にして短い攻防だったが、額に髪の毛が貼り付くほど汗をかいていた。




「ありがとうございました」


 沙彩さんは、改めて、深く礼をする。


「あ、ありがとうございました」


 私も一礼し直す。


「まさかあんな手を使ってくるとは思ってもみませんでした」


「お褒めの言葉と受け取っておきます」


 沙彩さんは、晴れやかな笑顔を浮かべると、しっかりとうなずいた。


「お手間を取らせましたね。部屋に戻りましょう」


 その一言で、私たちは再び部屋に戻る。

 鎧を脱いで、桶の水で汗をぬぐった。


 沙彩さんはクレアさんよりなお一層、引き締まった細い身体をしていた。

 その上、クレアさん以上に胸が大きい。

 褐色の肌もきれいだ。


 私が思わず見とれていると、


「どうしました?」


 沙彩さんに聞かれてしまった。

 真顔で尋ねられると、動揺してしまう。


「え、えと、いえ、なにも」


 顔が赤くなるのを感じて、急いで顔を拭き、顔を隠した。

 タオルをよけると、絢佳ちゃんがにやにやしていた。




「まずは、改めて。お付き合いいただき、ありがとうございました」


「はい」


「あたしの返事は、神命がどうであれ、祝さん、あたしはあなたの仲間に入りたい、です」


 沙彩さんはまっすぐに私を見つめて、はっきりとした言葉で言った。


「しかしその前に、あなたの目標を達成するために、あなたがどの程度の実力を持っているのか、知りたかったんです」


「それは、どういう?」


「もし祝さんが見た目どおりなら、あたしはあなたを守らなければならないでしょう。しかし、見た目以上に実力をお持ちなら、あたしはあなたの剣になれる。

 あたしが剣として働けるのか、盾とならなければならないのか。あたしはそこが、引っかかったのです」


「祝を守らなければならないのなら、仲間にはなれないということか?」


 クレアさんが問いかける。


「いいえ、それは違います。どちらにせよ、あたしは仲間に入れていただきたかった。そこには違いはありません。


 おそらく戦う相手は強大でしょう。

 その戦いの中で、あたしがどう働けばいいのか、その立ち位置をまず、知りたかったのです」


「なるほどね。なんとなくわかったよ」


「それで、私はどうでした?」


「共に剣を揮えると判断しました」


 私は黙ってうなずいた。


「ときに、絢佳さんはどうですか?」


「絢佳ちゃんは、私が手も足も出ない感じです」


 私の言葉に、


「そんなに!?」


 まずクレアさんが反応した。

 予想外だったのだろう。わからないでもない。

 得意げな表情の絢佳ちゃんが言う。


「わたくしは「執行人」。神命を代行するのに必要なだけの実力がなければ、そもそも「執行人」を名乗らせてなどもらえないです」


「わかりました。絢佳さんも問題ないと判断します」


「私はいいのか?」


「クレアさんは、「究竟」と名乗られましたね。ならば、実力を測るなど失礼かと」


「そうか。そういうものか」


「そういうものです」


「まぁ、確かに、私も「杜番」の実力を測らせろ、とは思わないな」


 クレアさんが苦笑する。


「でもです」


 そこへ、絢佳ちゃんが口を挟んだ。


「祝ちゃんは、今でこそあの程度ですが、実力を完全に発揮できれば、わたくしに手も足も出ないなんてことはないです」


「え、そうなの?」


 今度は、私が驚く番だった。


「そうです。この2週間の訓練でずいぶんと動きはよくなったです。

 でも、祝ちゃんなら、もっと動けなければおかしいです。

 それができれば、そうですね、わたくしの足下くらいにはなれるです」


「足下……」


「おいおい、すごい自信だな」


「わたくしも、伊達に長生きしているわけではないです。その分、修業も、実戦もくぐり抜けているです」


 絢佳ちゃんはそう言って、ない胸を張った。


「長生き?」


 沙彩さんが怪訝な顔をした。


「絢佳ちゃんは、自称、1億才なの」


「自称は余計です!」


 絢佳ちゃんが抗議するが、沙彩さんはさらに首をかしげるだけだった。


「まぁ、それはさておき。これで沙彩も仲間だということかな?」


「はい」


「歓迎するです」


「よろしくお願いします」


 沙彩さんが頭を下げる。

 こうして、またひとり仲間が増えた。


「沙彩は、どうして祝を信じることにしたのか聞いてもいいか?」


「ええ」


 クレアさんの問いに、沙彩さんがうなずく。


「根っこのところは、勘みたいなものなんですけど、祝さんなら信じていいと思ったんです」


「勘か」


「はい。でも、そうですね。

 それに加えて、あたしの夢、という漠然としたものよりも、目の前にいる祝さんを信じるべきじゃないかと、そう判断したのもあります。


 夢が本当に神命なのか、それとも「監視者」というもののお告げなのか、あるいはただの夢でしかなかったのか。それは、わからないじゃないですか。

 なにせ、あたししか見ていないんですから」


「そうだな」


「それと、こんな可愛い子を放っておいていいのかなって思ったんです」


「放っておく?」


「「監視者」という存在と戦い、世界をよくするために活動する、そういうお話でしたよね」


「「監視者」と戦うかどうかは、まだわからないです」


 話が危うい方向にいきそうだったので、慌てて口を挟んだ。


「そうなんですか?」


 私はうなずいて、昨日、沙彩さんと別れたあとの話をした。


「なるほど。そういうことですか」


 沙彩さんは、なにやら嬉しそうだ。


「そういうことなら、なおさらですね。無駄な争いを避けるというのは、素敵です。

 「杜番」として、「祐杜衆」として、それにあたし一個人としても、あなたを守り、あなたの役に立ちたい」


 沙彩さんはまっすぐ私の目を見つめてそう言った。

 私も、嬉しかった。


「その辺りはさすがは「聖騎士」というべきかな」


 クレアさんも、揶揄っぽい言い方をしつつも嬉しそうだ。


「沙彩さん、よろしくお願いします」


「こちらこそ」


 ふたりで、握手を交わした。


「それじゃあ、詳しい話というのを聞かせてくれますか?」


「はい。もちろんです」

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