調査
絢佳ちゃんとは宿を出たところで別れて、クレイグさんのお店に向かった。挨拶が済み次第、絢佳ちゃんもふたりと合流することになった。
残りの3人で、また貴族街を目指す。
歩き始めて間もなく、私たちがものすごく注目されていることに気づいた。
「杜番」に「姫騎士」ふたり、そのうちひとりは子ども。
そんな組み合わせが目立たないわけがなかった。
私は羞恥に顔を赤くしながら、できるだけ素知らぬ風を装って歩いた。
「祝は、昼食はどうするんだ?」
「えと、私は一日、書庫に詰めていることになると思うので、学院の食堂でも利用します」
「わかった。では私たちは、絢佳と合流して適当に済ませよう」
「はい」
歩きながら、クレアさんと細かな打ち合わせをする。
こういうところに、私は気づけない。
心配りのできるクレアさんに感謝だ。
「夕方には書庫が閉架しますから、そのときに合流しましょう」
「ああ。そういうことで」
「なにかあったら、「姫騎士」チャンネルで知らせてください」
「了解だ」
そうこうしているうちに、貴族街に入った。もちろん、今回も誰何されることもない。
しかし、歩哨に立つ「魔導騎士」の注目は、やはり集めてしまった。
ほどなく、宮殿そばに建つ魔導学院の建物に到着した。
「魔導師」風の人物が多く行き交っている。
ここは、かつて「魔龍姫大学」と呼ばれ、建国の礎ともなった伝統ある学校だ。
石造りの巨大な建物で、おそらく宮殿より大きいだろう。
建学当時の建物は御苑の方にあり、こちらは遷都したさいに新築されたものだ。とはいえそれでも479年経っている計算になる。
しかし、魔導の強化で劣化が防がれていて、古びた感じはまったくしない。
大きな学校ということもあり、周囲には、書店や食事処が多かった。
店の前にテーブルを並べたカフェのひとつにふたりが席を取ったところで、私は学院に入った。
学院内は人で溢れていた。
忙しなく行き交う「魔導師」たちと、その卵たち。「魔導騎士」やその従者たち。学士や学生、教授たち。
これが学舎というものなのだろうか。
そう思いながら、ホールの指示に従い、「魔導師」チャンネルに接続し、魔導書庫までの道のりを案内してもらう。これは便利だ。
すぐにも私は書庫の入り口に辿り着いた。
衛兵として「魔導騎士」が立つ脇を抜けて、扉を開ける。
書架がこれでもか、と立ち並ぶ様は圧巻だった。古い書物の匂いが鼻腔をくすぐる。
入り口脇のカウンターに寄って、挨拶をしておくことにした。
すると、受付の「魔導師」が司書室に駆け込んで、壮年の男性が現れた。少し頭の薄くなった、やはり混血らしき風貌をしている。
「はじめまして。私は司書長を務めさせていただいている、浅野豪と申します。不解塚卿ですね?」
「は、はい。そうです」
「お話は、ラトエンさまより伺っております」
「ラトエンさまが?」
「はい。必要に応じて助力をせよと、言いつかっております」
「そうだったんですか」
「それで、なにをお探しですかな?」
私は、どう言ったものか、ちょっと考えてしまった。
「うーん。漠然としているんですけど、それでもいいですか?」
「はい。関連していそうな書物を選び出すのを、お手伝いしますよ。それも司書の務めですからな」
「それじゃ。えっと、まずは、「世界法則」に関するもの、そして、「変世の大禍」と「運命の戦い」について、ですね」
浅野さんは、一瞬、きょとんとしたが、すぐに我に返る。
「伝記物、ということですかな?」
「できるだけ、史実に基づいたもの、そして信憑性のある研究書か論文のようなものでお願いします」
「さようでございますか。少々お待ちください」
浅野さんは、部下の司書に言いつけて、書架の中へと派遣していった。
「えっと、お任せしてしまって、いいのでしょうか?」
「はい。プロにお任せを。その方がかえって効率がいいのです」
「そうですか。では、お言葉に甘えさせていただきます」
しばらくして、大量の書物や巻物が届けられた。
私は司書室の隣の個室をあてがわれ、そこでそれらを受け取った。
「それでは、なにかわからないことがありましたら、遠慮なくお呼び下さい」
「はい。お手数おかけしました」
「いいえ。では、ごゆっくり」
私は、まずはタイトルを見ていった。
そして、「世界法則」関係のもの、「変世の大禍」関係のもの、「運命の戦い」関係のもの、と分類した。
それから、全部にざっと目を通していく。書かれている言語も、リュウミル語、王渦語、龍孫語、エノク語、ルース語、トート語、妖精語、魔帝国語と様々だが、一通り理解できる範疇だった。チートさまさまである。
私は、少し考えた末、「変世の大禍」からはじめることにした。
沙彩さんが来ているからだ。
「変世の大禍」は、その700年前に遡る、「変世の詔」に端を発する。
そのとき、世界中に「変世」を為すことが唐突に告げられた。強力な魔力的通信によって、一方的に、全世界の人々がその声を聞かされたのだという。
曰く、「運命の戦い」により、「世界法則」が新たに付け加えられることが決した。
それにより、仙境より<勁力>スキル及びその修得者、保持アイテムはすべて放逐される。
また、神祇:「運命」ヒエラルキーを除く、すべてのヒエラルキーとその支配能力が無効化される。
そして、「世界の転生」は阻止され、仙境を核としたミラムホームは永続する。
それに際し、世界の構造は再構築される。
これを止めることはいかなるものにもできない。
もし<勁力>スキルを保持したいものがあれば、神境へと去るか、異世界へと去るかを選べ。
それにより、世界中は混乱し、「変世の小禍」という争乱も起きたが、それは魔帝国によって鎮圧されたという。
その後、「魔帝」がこの世界を離れ、ついに世界の再編が起きた。
その混乱を「変世の大禍」という。
仙境とは人族が住む、この世界の名前だ。
しかし、「監視者」及び「変世の詔」を発したものについての記述は、ほとんど見られなかった。
わずかに、魔帝国の記録に「「監視者」が新たな「世界法則」を守る」という文言が見つかった程度である。
これは、真実を知るものがほとんどおらず、そのわずかなものたちも、沈黙を選んだということだろう。
あとは、「大禍」の混乱でなにが起きたか、などが記されているばかりだった。
次いで私は、「運命の戦い」についての書物にあたった。
「運命の戦い」とは、「魔帝」花房陛下そのひとと、「皇后」イリ=フェス陛下を含む数人のパーティが、世界の滅亡の運命を回避すべく戦った、とされるものだ。
そのパーティには、龍孫人の第四紀を代表する英雄である、「神仙」の「仙掌玄君」不知火兼則や、復活した天魔平衆の「黄金神祭主」イルアルティエ・ヒァリスⅡなどがいたという。
その他のメンバーについては諸説あり、一定しない。また、そもそも名が知れていないらしき人物もいたとされている。
その戦いのさい、「魔帝」や「仙掌玄君」の前に、最後に立ちはだかったのが、「黒書の欠片」である。
激戦の末、辛勝したものの、なにゆえあってか、「運命」は彼らを以後、表舞台から立ち去らせ、「変世の大禍」当時を含めて、今もその行方はわからないという。所在のはっきりしている「魔帝」陛下も、以後、表だった動きはなにひとつしていない。
また、そのとき現れた「黒書の欠片」が、どの「写本」の配下であったか、どのような存在であったか、といったことも一切不明である。
唯一、「黒書の欠片」という存在が史上初めて、この世界に害をもたらすべく立ち現れたということが記述されているのみだ。
それゆえ、「黒書」はその悪名のみが一人歩きして、警戒すべき「魔」として知られるに留まっている。
正直、収穫と言えるものはなかった。
だが、精読してみれば、見落としたなにかを見つけられる可能性はある。
今日のところはこれまで、と思って、浅野さんに挨拶して書物はそのままにしてもらい、私は学院を出た。結局、昼食を摂らなかったことに、そのときになってようやく気づいた。
夕方のカフェは、やや肌寒い感じだったが、3人は気にしていないようで、楽しく談笑していた。
私が近づいているのに気づくや、三者三様の挨拶をくれる。
私も手を振ってカフェの席についた。
カフェのコーヒーを飲みながら、私はみんなにあまり収穫がなかったことを報告した。
絢佳ちゃんは、クレイグさんが元気にしていること、またいつでも来て欲しいと言っていたこと、「姫騎士」になったことを喜んでくれたことを言づけてくれた。
それを聞けただけでも、私は嬉しかった。
みんなは、とりあえず世間話をして親睦を深めていたという。
大事な話は、私抜きではできないということだった。
そしてそれは、こんなオープンな場所でする話でもまたなかった。
私たちは、会計を済ませて、とりあえず私たちの宿に行くことにした。
そこで少し、突っ込んだ話をしてみようと思った。
部屋に入ったところで、私が<龍姫理法>で≪結界≫を張る。物理的・魔術的侵入の阻止、そして感知・看破の阻止の効果を<妖詩勁>で込めてある。
これで盗聴などもできなくなるはずだ。
「ずいぶんと厳重なのですね」
「はい。用心のため、です」
「なにをそんなに警戒されているのか、教えてもらえるんでしょうか?」
「それも含めて、お話しします」
私と絢佳ちゃんがおなじベッドに、クレアさんと沙彩さんがおなじベッドに腰掛けて、向かい合う。
「えっと、まず、私たちの目的をお話しします」
「いいのか?」
クレアさんに私はうなずく。
「ざっくりとした目的は共有しておかないと、お互いの立場をはっきりさせることもできませんから」
「なるほど。わかった」
「私たちは、この世界をよりよくするために活動しています。
そのために、「変世の大禍」で付け加えられた「世界法則」を改変しようと考えています。
具体的には、仙境よりの<勁力>の放逐を、元に戻そうとしています。
ここまではいいですか?」
「ふむ。あたしが考えていたよりも、ずっと大きな話のようですね」
「そうですね。達成できるかどうかも、まだわからないような状態ですし、邪魔も入ることが想定されます」
「ということは、その目的に対抗する勢力がある、と考えているんですね?」
「はい」
「それが、あたしの夢に出てきた「杜番」だと?」
「その可能性が高い、と私たちは考えています」
「こう言ってはなんですが、「杜番」が世界のためにならないことに与するということが考えられません」
「おっしゃること、ごもっともだと思います。
でも、彼ら――私たちは「監視者」と呼んでいますが――自身もまた、それが世界のためになる、と考えているとしたらどうでしょう?」
「つまり、見解の相違による対立構図だということですか?」
「はい。その可能性は高いのではないかと、私は思っています」
「先ほどは、今日は収穫がなかったと言っていたようですけれども、そう考えるに至るなにかをつかんできたのではないですか?」
「あ、いえ。それは、ちょっと違います。ただ、漠然とした、こうなんじゃないか、と思っていたものが、どうやらそう間違ってはいなさそうだ、という感触をつかんだ、という程度です」
沙彩さんは、少し考え込んだ。
「……しかし、それではあなたたちの正義をどう証すのですか? どちらかが間違っているとしたら?」
「それもちょっと違うと思うんです。
どっちも己を正義だと考えていて、つまりこの話には「客観的な正義」というものはなくて、互いが自分たちこそ主観的に正義だと考えているにすぎない、ということです。
要するに、どちらもが正義である、そう考えてください。
だから、そのうちのどちらの正義を選択するのか、その意志を示してもらう必要があるんです」
「あたしに、あなたを選べ、ということですね?」
「はい。私を選んで頂けたなら、もっと突っ込んだお話もできます。
もし私を選んで頂けないのなら、これ以上のお話はできません。
これからは、つかず離れずという距離を置いて頂くことになります」
「わかりました。……そうですね、一晩、考えさせてください」
「はい。それで構いません」
沙彩さんは、すぐに立ち上がると、部屋を出て行った。
私はそれを見送ってから息を吐いて、力を抜いた。
「祝ちゃん、お疲れさまです」
「ありがとう」
「なかなか、すごいじゃないか」
「すごい、ですか?」
「ああ。あんなにはっきりとした意見を言うのははじめて聞いた。しかもちゃんと筋が通っている」
「ですです」
「おだてても、なにも出ませんよ?」
私が頰を赤らめていると、ふたりは目配せして笑っている。
恥ずかしかったが、嫌ではなかった。
「それにしても。本当に魔導書庫ではなにもつかめなかったのか?」
「具体的なことはなにも。まだ、ざっと目を通してみたくらいですし、他の文献を当たってみたら、ひょんなところから情報が出てくるかもしれませんし」
「どれくらいかかりそうなんだ?」
「うーん。ちょっと、わからないです。少なくとも数日はかかるかと」
「そうか。まぁ、日数はいいんだけど、その間、私たちはどうしていようかな?」
「わたくしは、日中はクレイグさんのお店にでも行こうかと思うです」
「あの人のお店か。私も、明日は挨拶くらいしておこうかな」
「それなら、私も朝、顔だけ出してこよう」
「それがいいと思うです」
「じゃあ、そうしよう」
「あとは、沙彩さんのお返事待ちですね」
「それはたぶん、あの方は仲間になってくれると思うです」
「どうしてだ?」
「女の勘です」
絢佳ちゃんが人差し指を立てて言う。
「女の勘か。私にはあまり縁がないものだなぁ」
クレアさんが苦笑した。
「人それぞれだと思うです」
「私も、よくわからないよ。沙彩さんは、仲間に入りたがってはいるんだろうけど、最終的にどういう判断を下すのかは、私にはわからないな」
「祝ちゃんは、きっと考えすぎです。もっと単純な話だと思うです」
「どういうこと?」
「だから、沙彩さんも、祝ちゃんの仲間になりたい、って思ってるということです」
「論理的な判断じゃなくて、感情を優先するってことか?」
「ぶっちゃければ、そういうことです」
「なるほどね。実際どうなるかはわからないけど、絢佳の言ってることは、なんとなくわかる気がするな」
言って、クレアさんは私をちらっと見た。
「どうかしましたか?」
「いや、なんでもないよ」
私には、よくわからなかった。
その後、私たちは夕食を食べて、また部屋に戻ってきた。
寝るにはまだ早いが、かといって、ここですることもない。
結局、話し合いを続けることになった。
「祝がさっき言ってた感触? をつかんだのはどういう経緯なんだ?」
「経緯っていうほどではなくて。ただ、「監視者」を単純に悪と捉えてはいけないなって感じた、というような曖昧な感じです」
自分でも、はっきりとした言葉にできる状態ではない。
「でもです。「聖騎士」が善性の存在だったとしても、なんらかの悪意ある突出した能力があれば、そのままで悪に転じることもあるのではないです?」
「それはつまり、「監視者」が「黒書」だということか?」
「可能性の問題です。「黒書教団」も一枚岩ではないです。というか派閥に別れて醜く争い合っているです」
「なるほど。「第十二写本」の敵、ということか」
「です」
絢佳ちゃんがうなずく。
「うーん。そこまで決めつけてしまうのは予断が過ぎるかなって思うけど、可能性は考慮しておかないとだね」
「さっきの正義の話か?」
「そうなるのかな。あるいは、「妖書」とか「タロット」とか、そういう方向の力かもしれないし」
「それもあるですね」
「しかし、そうなると私たちにはお手上げじゃないか?」
「どうしてです?」
「力が強すぎる」
「ああ。それはそうですね」
「いや、それはあくまで可能性の問題で、そうだろうと思ってるわけでもなくて」
「そうなのか」
「うん。むしろ、向けている意識のベクトルがすれ違っている感じかな」
「ますますわからない」
クレアさんが苦笑する。
「いえ。さっきの話に戻っちゃうだけで。彼らもまた、自分たちの正義を全うしようとしているんだろうって」
「その正義とやらはどんなものなんだ?」
「これは、単なる思いつきなんだけど、言ってみれば、「悪法もまた法である」というような感じ」
「そういうことです?」
「絢佳はわかったのか?」
「わかったというかです。祝ちゃんの考えがわかったです。
彼ら「監視者」がそれに殉じるほど信奉しているかどうかはともかくです、「悪法」と知っていてなお、その「法」を守る立場にあるとしたら? そういうことです」
「そうそう、そんな感じ」
「ははぁ。私にもなんとなくわかってきたぞ。祝がリルハの目的にいやいやながらも従っているようにってことだな?」
「そういう感じです」
私はうなずく。
「そして、そうだとしたら、話し合いの余地はまだあるんじゃないかと。少なくとも、その可能性を排除してはいけないんじゃないかなって。
だから、一晩っていうのはちょうどいいと思って」
「今晩またなにか接触があるかもしれないと?」
「うん」
「あの「杜番」もまた、それに振り回されている犠牲者ってとこか」
犠牲者。なるほどいい表現だ。
私は、リルハの犠牲者なのだ。
そういう考えは、心の根っこのところではあったかもしれないが、言葉になってすっきりとするものがあった。
犠牲者同士、手を結べるかもしれない。
それは、私に新たな希望と見えた。