「監視者」の影
私たちは、すぐに部屋に戻って荷物をまとめ――と言ってもほとんどないのだが――、魔導車両に乗って駅舎へと向かった。
魔導鉄道に乗り込むと、なんだか懐かしい気がした。
ほんの3週間ほどのことなのに、遠い昔のことのように感じられる。
とはいえ車両は騎士団用のもので、魔導皇聖下の特別車両ではない。
身分もなにもかもが違った。
なにより、今は未来への展望がある。
聖下が特命を下さったことにより、私はこの国で大手を振って活動できるようになった。
ラトエンさま以下の「魔王」の方々もサポートについてくださっているし、クレアさんも続けていっしょにいてくれている。
絢佳ちゃんも、おなじ任務を分かち合う正式な仲間だ。
そういった事々が、嬉しく、また、頼もしかった。
「祝ちゃん、元気です?」
「うん。なんて言うかな、先の展望があるっていうのがね。それに、絢佳ちゃんもクレアさんもいてくれるし。
だから、早く魔導書庫に行って調べ物をしてみたい気分」
「それはよかったです」
「そうだな。祝は、ちょっと考えすぎるところがあるように思えたから。
そういう風に前向きに考えられているのだったら、心配はなさそうだ」
クレアさんも、いろいろと私のことを見てくれているようだった。
「心配かけます」
「いいさ。仲間じゃないか」
「仲間、ですね」
私が言うと、ふたりともうなずいてくれた。
ひとりじゃないというのは、こんなにも力強いものなのか。
私は、とても嬉しかった。
はしゃいですらいたかもしれない。
余計なことに気を取られて気を揉むわりに、私はきちんと先を見通して考えるということができていないのだ。
慢心していたとも言えるかもしれない。
しかし、私に仲間ができた。そのことは祝福していいことだと思う。
そして、仲間と一緒にがんばろうと、私は思った。
導都には、夜遅くに着いた。
今回はちゃんと起きていて、ふたりといろいろなお話をした。
騎士団の本舎には、国内各地に拠点を持つ騎士のための宿舎があるのだが、そこに部外者である絢佳ちゃんは泊まれないという。
それで、私たちは宿屋に泊まることにした。クレアさんも一緒に。
以前泊まっていた宿よりも上質な宿を取ることになった。
「姫騎士」がふたりもいて、貧相な宿に泊まるわけにはいかないというのだ。
決まった宿は、平民街では上宿にあたる、「スレイプニル亭」だ。一泊二食付きで1金貨。長期滞在割引は一ヶ月から。
私にはまだお給金は支払われていなかったが、そのうちもらえることになっていたし、クレアさんはそもそもお金持ちだ。
ひとまず一泊することにした。
宿で遅い食事を摂った後、部屋に行って装備を脱いだ。
基本的に装備はきちんと身につけていないとならないという。略装もあるが、私はまだ支給されていなかった。
騎士という職業に就いたのだから、ある程度は我慢が必要だろう。それになにが起こるかわからないのだから、武装できるのならばしていた方がいいとも考えた。
翌日は、まず、護民官のところに行って、絢佳ちゃんの市民登録をすることにした。
その後で、冒険者ギルドに行って、私の登録情報を変更する手続きをして、同時にクレアさんも冒険者ギルドに所属することになった。その方が、今後、便利だろうという判断だ。
それから私は魔導書庫に、絢佳ちゃんはクレイグさんのお店に挨拶に行くことにした。
方針が決まったところで、ベッドに入った。クレアさんがひとつ、私と絢佳ちゃんでもうひとつだ。
翌朝、宿屋の食堂で朝食を食べて、私たちは貴族街の総合官舎へと向かった。
「姫騎士」の正装をしたふたり連れなら、多少変な格好をした幼女がいても、門衛はなにも言わなかった。
官舎はレンガ造りの大きな建物で、議事堂の裏手にあった。
クレアさんが受付で話をし、待合室に通された。
しばらくして、若い白人の男性がやってきた。
「お待たせしました。私が護民官で「魔導師」のドライク・ハリスンです」
「「姫騎士」の不解塚祝です」
「おなじく「姫騎士」「究竟」クレア・キング子爵です」
「恋ヶ窪絢佳です」
互いに名乗り、礼をする。
護民官とは、共和国に於いて平民を代表する存在である。
その名のとおり、平民を護る立場にあり、代表した発言権と特別な拒否権を持つ。
護民官自身も平民出身者で選ばれるが、爵位のない新貴族という扱いで、元老院に対してもその発言権は重い。
「えっと。まずはこちらをご覧ください」
そう言って、私は聖下からいただいた書状の巻物を渡す。
ドライクさんは、封を見て驚いたようだったが、落ち着いた態度で封を切り、書状に目を通した。
「なるほど。承りました。すぐにも、恋ヶ窪さんの市民登録を致しましょう。後見人には、私がつくということでよろしいでしょうか?」
その護民官が後見人につくということの意味は大きい。これで絢佳ちゃんの身分は、犯罪でも犯さないかぎり誰も文句のつけようがないことになったのだ。
「はい。よろしくお願いします」
「よろしくお願いしますです」
「では、少々お待ちを」
彼はすぐに部屋を出て行き、ほどなく何枚かの書類を手に戻ってきた。
ドライクさんの指示に従って、絢佳ちゃんの代筆で私が書状にサインをしていく。
「これであとは役人が手続きを済ませてくれます。ええっと、お住まいはどちらに?」
「宿屋住まいです」
「そうですか。わかりました。なにかありましたら、私の方へご連絡ください」
「はい。ありがとうございます」
ドライクさんに見送られながら、私たちは官舎を後にする。
その足で、平民街に戻り、冒険者ギルドに行った。
まだ午前中ながらも、朝の早い時間は終わっていて、依頼書を見る人も若干、減っている。減っているとはいえ、首都のギルドだ。ホールは混雑していた。
私はまっすぐ受付に行き、登録情報の変更を申し出た。その横では、クレアさんが登録の申し込みをしている。
「変更内容をここに書いてきてください」
そう言って、受付のお姉さんが登録したときと似た書類を渡してくれた。
記入台に向かって、書類に目を通す。
予想どおり、種族の変更欄はなかった。まぁ、これは予想していたことでもあり、昨晩話し合ったことでもある。そのまま人間ということにしておく。
職業:<光剣道>、<光真術>追加
爵位:騎士
官位:「姫騎士」、「魔導師」、「武晟」
こんなところだろうか。
私は書き上がった書類と冒険者カードを受付に提出する。
「!?」
お姉さんは、私の書類を見てびっくりしたようだったが、なにも言わずに手続きを進めてくれた。
冒険者に対しては詮索をしない、そういう不文律がギルド自体にも徹底されているので、助かった。
クレアさんも、無事登録が済んで、なにやらご満悦だ。
「こういうのも、いいな」
「はい」
そうして、私たちが冒険者ギルドを出ようとしていたところに、声がかけられた。
「不解塚祝さん、ですね?」
見ると、肌の色の濃い、王渦人風の女性が立っていた。クレアさんとおなじくらいの年頃の若いひとだ。
甲冑に身を包み、佩剣した姿はまさしく騎士だ。とはいえ共和国の「魔導騎士」ではない。
サーコートに描かれた「木」の紋様は、「聖杜神国」の「聖騎士」のものだ。
「あたしは、「祐杜衆」「杜番」不破沙彩というものです」
聖杜神国は、聖大陸西端に位置する、「聖杜」と呼ばれる聖なる杜を崇める宗教国家である。その国で聖杜教会に仕える騎士を「聖騎士」と呼び、その中枢たる位にあるものを「杜番」と称する。
文字通り、「聖杜の番人」である騎士のことだ。
彼らは清廉潔白で誇り高く、騎士の中の騎士と呼ばれる名誉ある騎士だ。誰にでもなれるものではない。
聖杜神国も、国家規模は小さなものだが、決してないがしろにできない強国だ。聖杜教会も幅広く信仰され、「生命の木」とも呼ばれる「聖杜」への巡礼者も多い。
共和国にも、聖杜教会はある。
「祐杜衆」というのは、一般の「聖騎士」と一線を引く、特別な立場にある「聖騎士」のことだ。また、彼らに共鳴し、協力する組織も狭義では「祐杜衆」と呼ぶ。
彼らは「聖杜」の護りの任を解かれる代わりに、広く世界を旅し、その中で力なき民衆を祐け、護ることを任とするのだ。聖杜神国以外の地で出会う「聖騎士」は、「祐杜衆」であることが多い。
彼女の場合も、そうなのだろう。
共和国は聖杜神国と正式な国交を持っており、大使館に外交官も置いている間柄だ。しかし、その組織に「祐杜衆」が参加することはない。本国の政治に関わらないのも「祐杜衆」の特徴のひとつだからだ。
しかしならば、彼女の用件はなんだというのか。
厭な予感がした。
「ここではなんですので、少しおつきあい願えませんか?」
口ぶりは丁寧だが、拒否することを認める感じではなかった。
私は絢佳ちゃんとクレアさんの方を見た。
絢佳ちゃんは普段どおり、のほほんとしていたが、クレアさんからは若干の緊張が見られた。
「えと、私にご用で間違いないですか?」
「不解塚祝さんがあなたなら、間違いありません」
「はい。わかりました」
私はうなずくと、彼女に促されて外に出た。
そして、私たちは、近くの宿屋に案内された。
おそらく彼女が取っていたのだろう部屋に通される。
「ご足労痛み入ります」
そう言って、不破さんは頭を下げた。
「いえ。お気遣いなく」
「では早速ですが、用件の方に入らせていただいてよろしいでしょうか?」
「はい。なんでしょうか?」
「あたしは、神命あってこの場に参りました」
「神命!?」
驚きの声をあげたのは、クレアさんだ。
「はい。あたしは「祐杜衆」として、教会からは離れた立場にあります。
しかし、神命とあらば、これを無視することもできません。
1週間ほど前のことになります。あたしの夢に、ひとりの「杜番」が現れて、こう告げたのです。
不解塚祝を探し、側にいるように、と」
私には、それが神命とは思えなかった。
直感でしかないが、それはきっと、違うものだ。
そう、それはきっと、「監視者」だ――
「監視者」以外あり得ないと、私は思った。
ついに来たのかと、私は背筋を凍らせて、不破さんを見つめた。
彼女は真摯な表情で私を見返している。
彼女にとって、それは神命としか表現のしようのないものだったのだろう。
「そのとき私は、ちょうど導都の大使館に寄り、この国での活動の報告の手続きをしていました。そうして遅くなったので、そのまま大使館にやっかいになった、その晩のことだったのです。
それから、あなたを探してここで登録したことを知り、日参していたというわけです」
「そう、ですか」
「質問があるです」
絢佳ちゃんが声をあげた。
「なんでしょう?」
「側にいる、というのは、監視するということです?」
絢佳ちゃんの言葉に、どきっとする。
「監視、とは穏やかではありませんね」
不破さんは心外だ、という表情を見せた。
「あたしとしては、むしろ側にいてお守りすると、そのように解釈しているのですけれど」
「ならいいです」
「そのことは、聖杜神国の大使館でお話を?」
今度はクレアさんが聞く。
「いいえ。神命を聞いたか、とは尋ねましたが、誰ひとりそのようなものはいませんでしたので、内容については誰にも」
「そうですか」
「えと、じゃあ、不破さんは私の側にいたい、ということですよね?」
「はい。そう考えています。ですが、あなたが近くにいることがご不快ならば、ある程度距離を置いての見守りをと考えています」
「その、夢に出てきた「杜番」さまに心当たりはないんですか?」
「いいえ」
彼女は静かに首を振る。
私は、絢佳ちゃんとクレアさんを見た。
ふたりとも、おなじ結論に達しているようだった。
どうすべきだろうか。
「もうひとつお尋ねしたい」
クレアさんが言う。
「どうぞ」
「卿はそのとき、その夢の中でなにか誓いを立てられただろうか?」
「ああ。なにせ夢でしたので、そこまでは思い至りませんでしたね」
「では、そのお告げを守らなくても、誓いを破るようなことにはならないと?」
「そうなりますが、無視はしたくありません」
「それはわかっている。ただ、確認したかっただけだ」
騎士にとって、誓いとは特別な意味を持つ。
とりわけ「聖騎士」にとって、それは死活問題となる。もし誓いを破るようなことがあれば、破門されるのはもちろんのこと、修練した<天麗剣>をも喪うのだ。
<天麗剣>とは、「聖騎士」の揮う剣術スキルの名前のことだ。そうなってしまえば、もうただの素人に逆戻りになる。
「そうですね。……皆さんには、なにか気にかかることがあるとお見受けします。
それでしたら、それこそあなた方を害さないという誓いを立てても構いません」
「そんな、軽々しく言っていいのか?」
クレアさんがちょっときつい言い方をした。
「「杜番」の誓いならば、あなた方も安心でしょう?
それに、「聖杜」の神命があなた方を害するものだとは、あたしには思えません」
「私たちが、あなたや「聖杜」を害することになる未来があるのかもしれないぞ」
「もしそうだとしても、あたしは「祐杜衆」です。「聖杜」より誓いを、あなた方を優先する立場にあります」
胸を張って、彼女は言った。
「そしてあたしは、他ならぬ、このあたしに下された神命を是非とも果たしたい。
そのためならば、すべてを喪う覚悟もあります。それをお見せすることが誠意だと、そう考えます」
「そうか。わかった。じゃあ、祝、どうする?」
「えっと……」
「最終的には、君が決めることだ」
「はい」
「わたくしはいいと思うです」
「私もだ」
ふたりの声に励まされる。
「はい。そういうことでしたら、不破さん、あなたを信頼します。誓いとかは特にいらないです」
「そうですか?」
「はい」
「それはよかった。よろしくお願いします。それから、あたしのことは、沙彩と呼んでくれていいですよ」
沙彩さんは、にっこりと魅力的な笑顔を見せてくれた。
「沙彩さん」
「はい」
「私も、祝でいいです」
「祝さんですね」
「わたくしも絢佳でいいです」
「絢佳さん」
「私もクレアでいい。ああ、申し遅れた。「究竟」「姫騎士」クレア・キング子爵だ」
「よろしくお願いします。クレアさん」
クレアさんと沙彩さんが握手を交わす。
私も、沙彩さんと握手した。
これで彼女も、背後にいる監視者は別として、仲間入りということだろうか。
問題は、その背後関係について彼女に話すべきなのかどうかということだろう。
どうすべきか。
絢佳ちゃんに目線を送ると、うなずいて返してきた。
クレアさんは、沙彩さんを見つめていて、アイコンタクトはできなかった。
「その、沙彩さん。夢の中で、私のことはどのように言われていましたか?」
「どのように? ああ、為人についてなど、なにひとつ言及はなかったですね」
「そうですか……」
「つまり?」
「ええと、その、私には、目的がありまして。そのことに関してなにか言ってなかったのかなって」
「目的ですか」
「はい」
「今、それを聞いてもいいですか?」
私は、今度こそクレアさんと目線を交わした。
クレアさんは、否定的なようだった。
「まだ、お話できる段階ではないです。もう少し、時間をください」
「あたしのことがまだ、信用できませんか?」
少し残念そうに沙彩さんが言う。
「信用の問題というか、ううん、なんて言ったらいいのかな。
私の方でも、まだはっきりとしたことがわかっていないような状態なので」
「よくわかりませんけど、お話しできると思ったときに、話してくれればそれでいいですよ」
「すみません。そうさせてください」
沙彩さんは、納得してくれたわけでは無論ないだろうが、大人な対応をしてくれた。
「それで、これからの予定なんですが、私は魔導学院に行く用事があります。それで、部外者は一緒に入ることができないのですけど、どうしますか?」
「そうですか。それならお待ちします。学院の前でもいいですし、なんでしたらここでも」
「どうしたらいいかな?」
私は、ふたりに聞いてみた。
「ならば、私がお相手していよう。私は特に用事はないしな」
「じゃあ、その間に、わたくしはクレイグさんのところに行くです」
「沙彩さんは、どこで待ちたいですか?」
「できれば、近くにいたいですね」
「では、魔導学院の前までご一緒しましょう」
「わかりました」
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