「姫騎士」生活
そうして私は、「姫騎士」「光輪」「魔導師」「武晟」という四つの称号を手に入れた。
「光輪」は<光剣道>の免許皆伝相当の称号だ。
「魔導師」は<龍姫理法>の、「武晟」は<光真術>のそれに相当する。
もちろん、共和国に於ける地位は向上し――なにより、正式な市民権を得た――、同時に多くの責任をも負わされたことになる。
それも、騎士爵にある貴族階級だ。と言っても、封土もないし、「姫騎士」は一代限りの爵位でしかない。
絢佳ちゃんは、このあと、導都に戻ってから、護民官の庇護の下、一般市民――平民としての市民権を与えられることになっている。
それまでは、私の客人あつかいだ。
絢佳ちゃんは、特に市民権はいらないと言っていたが、私がこの国に拠点を定めることになった以上、ないよりあった方がいいだろうということで、話がまとまったのだ。
叙任式の翌日から、さっそく私は騎士生活というものを送ることになった。
新しい部屋を与えられ、そこで絢佳ちゃんと寝起きすることになった。
侍女もついた。ほたるさんという若い女性だ。
仕事は宮殿や御苑市街、それに街壁の警邏と訓練だ。
初日の朝、朝礼のあとでまずは訓練をおこなうことになった。
広い練兵場に非番と警邏任務のもの以外が集合し、合同で体力作りや武術の鍛錬をおこなうのだ。
更衣室で武装を外し、揃いの運動着に着替える。揃いと言っても、子どもの私は特注品だ。
見渡してみても、私ほど年齢や体格の小さいひとはいなかった。
気にしても仕方がない。
とはいえ、やはり目立つのだろう、ちらちらと視線を感じた。
練兵場でストレッチをしたあと、ぐるりとランニングをする。
身体が温まったところで、木剣と木の盾を装備してまずは型の復習。反復動作を繰り返すことで身体に型を染みこませるのは、基本だ。
<光剣道>に変換修得したばかりの私だが、型はひととおりできる。覚えたての≪奥義≫とて例外ではない。
無心になって、みんなと一緒に型どおりの動作をしていく。
基本的な攻防の型から、≪奥義≫の型まで、ひととおりおこなう。
実際に≪奥義≫修得の認可資格がいるものも、型だけは先んじて習うのが、「魔導騎士」共通の修行法だ。
たっぷりと1時間以上かけて身体を動かしたあとは、実戦形式の組手訓練だ。
だが、そこが思わぬ落とし穴になった。
私の番がやってきたとき、若干の緊張はあったが、久しぶりにたっぷり時間をかけて身体を動かしたからか、気持ちも身体も軽かった。
この程度で息が上がるような身体能力ではない。
両者、一礼をしたあと、剣と盾を構えて向かい合う。
「はじめ!」
先手は先輩からだった。
鋭い踏み込みから、まっすぐな剣筋の振り下ろし。
私は、右への体重移動と共に盾を振り上げて、剣の軌道をいなして受ける。
そしてその流れのまま、右足を一歩、踏み込んで剣を袈裟懸けに振り下ろした。
先輩は盾で私の剣を受け止め、ぐるりと私の左手に回り込みながら、横薙ぎに剣を繰り出す。
私は剣を振り下ろして受け流し、同時にくるっと一回転して盾を叩きつけた。
先輩はバックステップでそれをかわし、距離を取る。
ここまでが一連の流れだった。
ひと呼吸置いて、次は私の番だ。
走り込んで距離を一気に詰め、剣を突き出す。
先輩は落ち着いた盾捌きでこれを弾く。
そこで私は、先輩の剣撃に先んじて盾で押しやりながら、剣を引き戻しつつ、袈裟懸けに振り下ろす。
先輩は再び盾でこれを受け止めるが、私はそのまま剣を力で押し込んだ。
先輩がバランスを崩して足が下がった瞬間に、私は左足を大きく踏み出して、盾で剣を払う。
先輩は、そのまま倒れ込んだ。
そこへ、喉元に剣を突き出して、寸止め。
「そこまで!」
師範の鋭い声がかかった。
先輩は顔を赤くしながら素早く立ち上がった。そして、私を鋭く睨みつけてくる。
無言で戻ってくると、開始位置についた。私も急いで先輩に向き合う。
「はじめ!」
先輩が再び先手となった。
すり足で間合いを詰めると、軽く剣を揮う。それを弾いたところで、盾で押し込んできた。
これを私も盾で受ける。
双方、力を込めて盾で押し合う形となった。
そのとき、すっと力が抜けて、思わずバランスを崩しかける。先輩が力を抜いたのだ。
バランスを取り直したそのとき、上段から剣が振り下ろされた。
盾を持った左手はやや外に流れていて間に合わない。
鋭く剣を突き出して、かろうじて剣を受けた。
そこで先輩は再び力を込めてきた。
私はたまらず腰を引いてしまう。
それを待っていた、そういうタイミングで盾が私の剣を弾いた。
完全に正面ががら空きとなる。
そこへ、剣が横薙ぎに襲いかかる。
体の崩れた状態では、飛び下がることもできない。
剣が胴体を捉えたところで、寸止め。
「そこまで!」
師範の声がかかる。
今度は私の完全な負けだった。
力押しだけじゃない、テクニックに負けたのだ。
これが経験の差か、と思っていると、視線を感じた。
見ると、先輩がやや怪訝な表情をしている。
一瞬、どうしたのかと思ってしまう。
「貴様、真面目にやれ!」
先輩の怒鳴り声が響きわたり、私はびくっと震えてしまった。
「???」
真面目に、というのがなにを指しているのかわからない。
わからず師範を見ると、師範も難しい顔をしていた。
なにか間違っただろうか?
力及ばなかったのは間違いないが、私なりに全力で対処したつもりだ。
決して手を抜いたり、不真面目にやったつもりはない。
私が困惑して黙り込んでいると、先輩がさらに睨みつけてきた。
「祝、ちょっとこっちへ来い」
師範の声がかかり、私は先輩に一礼すると、師範のところへと小走りに行った。
「貴様、今の二戦目、どうして負けたと思う?」
「えと、力押しで対処しようとしすぎて、翻弄されました」
「うむ。そうだな。だが一戦目ではそれを貴様はうまくやっていたのではないか?」
そう言われてみれば、そのとおりだろう。
「はい」
「ではなぜ、自分にできたことが相手からされたくらいで対処をし損なう」
<武術>というものは、攻防一体。攻め手と受け手は同時に修練するし、同時に向上させねばならないものだ。
もちろん、得手不得手というものもあり、教本どおりとはいかないまでも、ある程度はどちらかに引っ張られる形でできるようにはなるものだ。
それがまるでできていなかった、ということだろうか。
「はい、えと、油断していたんだと、」
「ふざけるな!」
私がもごもごと言い訳じみたことを口にした途端、師範に怒鳴られる。
震えながら言葉を失う。
「一戦目の動きのできるものが、二戦目のような無様な負け方をするものか」
「いえ、でも、私は全力で、」
「あれのどこが全力だ!」
再び言葉を遮られ、私は口を閉ざすしかなかった。
「油断しただと? あれは油断ではない。慢心だ。貴様は一戦目で相手を格下だと思って、二戦目では力押しだけでいけるとでも思ったのだろう」
「……」
そんなことは思ってもいないが、反論する言葉は出てこなかった。
師範は言うことは言った、とばかりに私に背を向けてみんなのところへと戻っていった。
「次!」
大きな声で次の組手がはじまる。
私は、びくびくしながら、みんなの下へ戻る。
先輩がその途中で小声で言った。
「次、あんなことしたら、許さないからね」
「はい……」
私は、そう答える以外なかった。
しかし、その後も、私は似たようなことを繰り返した。
鋭い技が出ることもあれば、不器用な動きで無様な負け方をする。
何度かやったところで、師範も諦めたような表情を浮かべていた。
組手が終わったところで、再び師範に呼ばれる。
「貴様は、なんていうか、ちぐはぐすぎるな。なるほど、貴様なりに全力なのかもしれないが、どうしてあんなにムラがあるんだ? そこが私にはわからない」
「はい、すみません。精進します」
「そうだな。貴様は不器用なのかもしれん。せいぜい励むように」
「はい」
そしてこれは、<光剣道>だけでは済まなかったのだ。
<光真術>に於いても、また問題を呼んだ。
叙任式にあたって<光真術>を修得したばかりなのは、ここにいる誰しもが知っていること。それなのに、若年の、だが私よりは年上で経験もある「姫騎士」よりはるかにうまく使えてしまう。
チート能力は抑えて、最終的にはいっさい使わないことにしたものの、自動的にスキルが上昇する能力についてはどうしようもない。
私はその晩、さっそく「魔王」チャンネルで相談した。
対応には、御苑市長を務めるロクサーヌさまという女性の「魔王」が出てくれた。
{なるほど、そういうことですか。でも、それは仕方がないことでしょう。卿は私たちとおなじく、開祖によって力とともに生命を与えられた身ですからね。無理に能力を抑える必要はない、そう、私は考えます}
{でも、なんと説明したらいいのかなって}
{そこは正直に話した方がいいでしょう。いっそ卿もまた、「魔王」なのだと発表することにしてもいいのではありませんか? 実際には、少し違うのでしょうけどね}
{はぁ。そういうものでしょうか。でも、私、うまく説明できる自信がありません。それに、話を聞いてくれるかどうか}
{確かにそうですね。卿が話しても、下手な言い訳と捉えられる可能性はありますね。では、私たちの方から、卿が私たち「魔王」のような魔力生命体で、特別なのだ、ということを近衛隊に知らせておきましょう}
{お願いしても、いいですか?}
{遠慮は無用ですよ。お任せください}
翌朝には、すでに私のことは師範たちには知られていることとなり、みんなの前で簡単な説明がなされた。
みんなには、理解されたとも言い切れなかったが、それなら仕方がない、と思ってくれたようだ。
しかしその結果、私は腫れ物のように距離を置かれる立場になってしまった。
気安く声をかけてくれるのは、クレアさんに瑠璃子さま、そして、エレインさまという「姫騎士」だけになっていた。
エレインさまは、古株の「姫騎士」で、壮年の男爵。近衛隊でも重鎮と言える立場の方だ。それゆえに、私に目をかけてくれているようだった。
「いまだ、新しい「魔王」が生まれてくるとは、驚きです」
そう、エレインさまは言った。
「そう、ですよね」
「私の聞いたかぎりでは、「魔王」は最初の100人から減る一方だったとか。
今の時代になって新たな「魔王」が遣わされてきたということは、開祖にもなにかお考えがあるのでしょうね」
それとなく聞き出したいようだったが、真意については私にもわからないので、答えようがなかった。
「かもしれません。でも、あの、お方は、詳しい説明はしてくださらなかったので、私にもよくわからないのです」
「なるほど。そういうことでしたか。苦労も多いでしょうが、微力ながら力になりますよ」
「ありがとうございます!」
その日、全能力を使って模擬戦をおこなったところ、私はここにいる誰よりも、強かった。
それも圧倒的に。
ぎこちない動きで、それでも他を軽く制圧してしまうのだ。
魔術能力に至っては、人外の域だった。
<勁力>がない世界で、<勁力>を使えるというだけでも違うのに、その力が大きいのだから、当然の帰結と言えよう。
とはいえ、辛い思いをしていたかと言えば、案外、平気なものだった。
もともと私は部外者だという意識があったし、訓練そのものは楽しかったのだ。
模擬戦とはいえ、実戦形式でおこなう訓練で、私は貴重な経験を積むことができた。昨日できなかった動きが、今日できるようになる。そういうことが、単純に嬉しかったのだ。
私には、こういうことは案外、向いているのかもしれない。
それに、毎日、絢佳ちゃんとも会える。夜警番のとき以外は、夜もいっしょに寝られる。
クレアさんも、ちょくちょく顔を見せてくれた。
そうして2週間という日々が、あっという間に過ぎた。
私は、その日は非番だったが、昼食後、聖下に呼ばれた。絢佳ちゃんとクレアさんもいっしょにだ。
聖下は、いつもどおりにこやかに微笑んでいた。
私が礼をすると、軽くうなずいて応えた。
その場には、瑠璃子さまとラトエンさまもいた。
「祝、「姫騎士」としての生活はどうですか?」
臣下の礼を取ったことで、私の呼び方は呼び捨てになった。様をつけられるのは面映ゆかったのでちょうどいい。
「はい、少し、慣れてきました。訓練は楽しいです」
「そうですか。それはなにより」
ラトエンさまが、口を開く。
「不解塚卿、君に話がある。恋ヶ窪くんとキング卿も聞いてくれ」
「はい」
「<情報理法>による≪検索≫で簡単なことは調べられるだろうが、やはり専門的な知識は書庫で調べる必要がある。そこで、導都の魔導学院にある魔導書庫で君の任務について調べてはどうか、というのが聖下からのご提案だ」
「魔導書庫、ですか?」
「そうだ。御苑にもあるが、まずは導都だろう。君の話については聖下からうかがった。
そこでだ。君にはこの世界の<勁力>の解放を主命として与えることとなった。
ここまではいいかな?」
「えっと、つまり、「姫騎士」として、「世界法則」についてのリルハからの任務を果たすように、ということでしょうか?」
「そういうことだ」
「はい。私としても、願ってもないことです」
「その補佐に、キング卿をつけよう。そして、恋ヶ窪くんにも、それを手伝ってもらいたい。
恋ヶ窪くんについては、あくまでも提案なのだがどうだろうか?」
「はいです。わたくしもそれで問題ないです」
「よろしい。では、以後、そのように活動してくれ。なにかあれば、また「魔王」のチャンネルで私か誰かに遠慮なく聞いてくれ」
「わかりました」
私たちがうなずいたのを見て、聖下が口を開く。
「わたくしも、リルハのことについては、放ってはおけないと考えています。国家そのものとして動くことは難しいことですが、わたくしの権限のおよぶかぎり、助力します。
よりよい世界のために、動いてもらえますね?」
「は、はい。もちろんです。全身全霊をかけまして、尽力致します」
「お願いしますね」
「恋ヶ窪さまには、お手数をおかけしますが、よろしくお願いします」
「はいです。任せてくださいです」
「クレアも、祝の右腕としての働き、期待しています」
「はっ。もったいなきお言葉」
「では、魔導鉄道を準備させてある。準備でき次第、出立してくれ」
「わかりました」