「姫騎士」叙任式
翌朝――
朝食を済ませた私たちは、クレアさんに案内されて、再び魔導皇聖下に拝謁した。
「昨晩は、休めましたか?」
「はい。おかげさまで」
「それはよかったです」
にっこりと微笑む聖下。
その脇に立っていたひとりの「姫騎士」が、次いで口を開いた。
「わたしは近衛隊長を務めている瑠璃子・アンダーウッドだ。不解塚くんにとって上司になる人物だと思っていてもらおう」
瑠璃子さまはクレアさんと同い年くらいの若さだったが、より一層、凜々しく輝いて見えた。
「はい」
「まず、「姫騎士」に叙任するにあたって、君には<光真術>を修得してもらう必要がある。確か未修得だったな?」
「はい」
「そのために、今日から1週間、潔斎に入ってもらう。
その後、<光真術>修得の儀式をおこない、次いで<姫流剣術>を<光剣道>に変換修得してもらう。
そして翌日に、叙任式を執り行なう。なにか質問は?」
「いえ、ありません」
「よろしい」
「恋ヶ窪くんは、どうされるかな?」
「わたくしは結構です」
「わかった。それでは、その間、クレアに面倒を見てもらうように。
基本的に宮殿内は自由に見て回ってもらっても構わないが、不解塚くんの邪魔にはならないように。わからないことがあれば、クレアに聞きたまえ」
「わかったです」
事務的な話が終わると、
「では、そのように」
聖下の一言で、私たちはそろって退室した。
「では、不解塚くんはわたしについてきたまえ」
「はい」
私はクレアさんに目礼し、絢佳ちゃんに手を振って別れた。
宮殿内を移動し、一度外に出てから寺院と思しき建物に入った。
「光蓮宗については知っているか?」
「えと、概要くらいです」
「ふむ。ならば、潔斎期間中に勉強したまえ」
「わかりました」
本堂には、数人の尼僧がおり、お勤めなどをしているようだった。
私たちに気づいた者が近寄ってきて、瑠璃子さまと挨拶を交わす。
本堂に祀られている本尊は、光蓮如来さまだ。脇侍として立っているのが、光魔明王さまと天剣神将さま。
光魔明王さまは、<光真術>をもたらした存在とされている。
天剣神将さまは、<姫流剣術>の開祖である、<天剣>ナーシュジャーサご自身のことだ。彼は「聖騎士」であったが、魔導皇聖下に仕え、「姫流戦役」を起こして魔導帝国を建国した人である。
私が手を合わせていると、
「では、わたしはこれで」
と、瑠璃子さまが言った。
振り向いてみたときには、もう後ろ姿だった。
「では、こちらへどうぞ」
「あ、はい」
私は尼僧に連れられて僧坊に行った。
そこで白い作務衣に着替えさせられ、潔斎中の勤行などについて説明を受けた。
まずは水垢離。その後1週間、光蓮宗について学びながら、最低限の精進料理で世俗の穢れを落とす。
そして伝授の儀式で<光真術>を修得するのである。
「智門」とは、そもそも「智慧の門」のことであり、人は自らの智慧によって、生命を輝かせ、苦悩から解放される、という教えだ。
神代より広く伝わる教えで、開祖というものは知られていないし、主神というものもいない。なにより神ではなく如来、仏を崇める。
その宗派は数多くあり、光蓮宗もそのうちのひとつということになる。
光蓮宗では、光の化身である光真如来に帰依し、その慈悲の光でもって衆生を救済し、魔を祓うということが説かれている。
故に光蓮宗では、<光真術>を修得し、その教えを実践することを推奨する。僧侶には、これは義務となる。
その光蓮宗の座主にあたるのが、魔導皇聖下なのだ。
聖下は国教でもある光蓮宗のトップであって、政治には口出ししないと定められている。かつて皇帝として治世に失敗したことから、聖下自らそう定めたのだという。
とはいえ、権限として共和国最高位であることに変わりはなく、それ故、今回の私のような無理が通ったのだ。
そのようなことを学びつつ、「姫騎士」としての騎士道についても教えられ、また、叙任式次第について覚えさせられた。
3日目、私のための装備一式が誂えられてきた。兜にブレストプレート、ガントレットとグリーブにチェインメイルという具合である。剣は若干短めで、盾も小型のものが用意された。
サイズ調整のための試着と採寸をして、鎧はまた持って行かれた。
いよいよ「姫騎士」になるのだ、という実感が、その頃になってようやく湧いてきた。
また、その間に私は、<龍姫理法>と<姫流剣術>について勉強し、自分にできること、できないことを確かめた。
同時に、<武勁>と<光魔勁>、<隠勁>、<感勁>、<智勁>、そして<妖詩勁>についても能力の精査をおこなって、それぞれなにができるのか確かめつつ、能力の設定をおこなった。
<勁力>というスキルはレベルごとにひとつの追加能力を得られるようになっている。私はそれぞれ10レベルで会得していたが全部、未設定だったのだ。
さらに、自由度が高くチート能力の塊である<妖詩勁>については、慎重に設定をおこない、最低限度の能力を決めたあとは、敢えて空きを作っておいた。再設定もできるのだが、若干の手間がかかるからだ。
そうしている間に、1週間が過ぎた。
絢佳ちゃんやクレアさんは、私の邪魔をしないという方針のようで、顔を見せることはなかった。
私は<光真術>修得の儀式に臨み、問題なく修得を果たした。
通常、修得したばかりのスキルは1レベルだが、<妖詩勁>によって修得している<魔術>がひとつに統合されるので、私は修得と同時に皆伝の位を得た。
また、<光真術>は<降伏法>という<信仰魔術>の分派だが、<情報理法>であつかうように作られている。まさに魔導共和国のための<降伏法>と言えるだろう。
しかしその技法は、伝統的な<降伏法>各派の反発を呼び、仲は悪いようだ。
ちなみに<降伏法>には、<金剛術>と<降魔術>と<闇聖術>とがある。そのうち<降魔術>は「智門降魔宗」の術法であり、光蓮宗に一番理解がある。導都にも寺院と道場があるらしい。
次いで、<姫流剣術>の<光剣道>への変換修得だ。
<光剣道>は<姫流剣術>の分派で、一般の「魔導騎士」にとっては任意に選択できるものだが、特務隊と近衛隊にかぎり、必須となっているものだ。
これは、半日程度の実習で容易に修得できた。
使える≪奥義≫が若干変わることと、主武器がいくらか変わることが違う点だった。
しかし、<忍術>ではチェインシャツしか着用できないので、これは諦めた。甲冑でも可能なように改変するには時間がなかったからだ。
これで、叙任式の下準備は終わりだった。
僧坊での最後の晩、私は緊張していた。
いよいよ明日は叙任式。「姫騎士」となる日だ。
そう思うと、興奮とともに不安を覚えて、なかなか寝付けなかった。
私はこれからどうなっていくのだろう。
任務を果たして、自由になれる日が来るだろうか。
自由になったとして、私はそれからなにをして生きていけばいいのだろう。
それに私は、魔導皇聖下とおなじ、魔力生命体だ。
自死を選ぶか、誰かに殺されないかぎり、いつまでも生きていける身体だ。
といって、本当かどうかはともかく、絢佳ちゃんのように1億年生きたいか、と言われれば疑問に思う。
生きるのに飽くかもしれないし、知り合いが次々と寿命を迎えていく中、ひとり生きていられはしないとも思う。
絢佳ちゃんといつまで一緒にいられるのかもわからない。
聖下とともに生きるということが、私にできるだろうか。
ひとは生きる目的を持って生まれてくるとも言う。
でも私は、リルハの手によって、目的を持って造り出された生命だ。
私の場合、リルハの目的に添うことが、生きる目的になるのだろうか。
聖下はどうなのだろう?
わからない。
それに、聖下は問題ないと言ってくださったが、<妖詩勁>なんていうチート能力を持った私が、将来、騎士団なんかに問題視されないともかぎらない。
そのとき、私はどうするだろうか。
騎士団を抜けるだろうか。
そうだとして、それからどこへ?
止むことなき思考の流れが、さまざまな疑問や不安を呼び起こす。
ぐるぐると頭の中が混濁し、いつの間にか私は眠りに落ちていた。
なにか、怖い夢を見た。
そして、汗だくになって目が覚めてみると、夢の怖さが心を占めていて、不思議と緊張は解けていた。
開き直ったのかもしれない。
そうして私は、叙任式を迎えた。
兜を除いた誂えられた鎧を着せられ、儀式の間に連れて行かれた。
そこでは聖下の他、近衛隊の「姫騎士」が参列していた。
私は、聖下の前に跪く。
聖下は鞘に収められた剣を取り、私に渡した。
私は剣を佩き、剣を抜いて聖下に返す。
聖下は剣の刀身の腹で私の肩を三度、叩いた。
そして剣を私に向ける。
私は宣誓文を思い出しながら、はっきりとした声で誓う。
「我、不解塚祝は、魔導皇聖下と智門の御教えに従い、礼節と勇気を知り、誠実さと謙虚さとを己の美徳として、これを常に帯び、また、迷える衆生を助ける盾となりて、時にこれを護り、魔を討つ剣となりて、時にこれを討ち、裏切りと欺瞞とを遠ざけ、忠誠とともに、時にこれを断罪することを誓います」
「汝、不解塚祝。誓うならば剣に礼を以て示せ」
聖下の声に従い、私は刀身に口づけし、剣を受け取った。
剣を鞘に収め、次いで、盾を受け取る。
それから兜を受け取って被り、立ち上がる。
一礼の後、私は騎士団に向き直った。
「我、ここに、不解塚祝の「姫騎士」としての宣誓を認め、新たに「姫騎士」となりしことを宣言する」
聖下の宣言に、「姫騎士」たちは剣を鳴らして儀式と宣誓を認め、新たな「姫騎士」を承認する意を表わす。
こうして、私は「姫騎士」となった。
その後は、お披露目会だった。
近衛隊長の瑠璃子さまをはじめ、様々な「姫騎士」に挨拶される。とても覚えきれるものではなかった。
その中には、クレアさんと絢佳ちゃんもいた。
「おめでとう、祝。これで私たちは仲間だな」
「はい。よろしくお願いします」
「祝ちゃん、かっこよかったです。おめでとうです」
「そうかな。ありがとう」
ふたりからの祝福が、とても嬉しかった。
次々と挨拶が交わされたあとで、ひとりの男性騎士が来た。ここで男性を見るのは珍しい。まして「魔導騎士」など。
「不解塚卿、おめでとう。私は、「魔王頭領」を務めているラトエンというものだ。聖下とともにアバターとして生き、お仕えしている。覚えておいてもらいたい」
「は、はい。よろしくお願いします」
共和国に於ける「魔王」とは、魔族や悪魔などとは関係がなく、聖下とおなじリルハに造られた魔力生命体を指す。
聖下とともに世に出て、当時の魔導帝国を率いたものたちだ。
彼は見た目は若い男性だが、纏う雰囲気に歴年の重みを感じた。金髪に赤い目、やや日焼け気味の肌をした、細身だが筋肉質の身体つきをして、「魔導騎士」の正装に身を包んでいる。
「卿も魔力生命体ということだったな?」
「はい、そうです」
「いろいろと思うところはあるかもしれないが、私たちは、そう、仲間だと思ってくれていい。なにかあったときは頼ってくれ」
「――! は、はい。ありがとうございます!」
私は、勢いよく頭を下げる。
「私の他にも数人の「魔王」が共和国にはいる。卿も私たちのコミュニティの≪通信≫回線に所属することになる。これは聖下からのご配慮だ。
雑談でも構わない。気軽に参加してくれ。
新参というのは新鮮でな。皆も楽しみにしている」
「わかりました。お気遣いありがとうございます」
≪通信≫回線とは、<情報理法>による≪通信≫魔法のチャンネルのことだ。所属として近衛隊と「魔導師」のチャンネルには参加することと聞かされていたが、さらにもうひとつ追加されるということになる。
「君が不解塚卿のご友人かな?」
ラトエンさまは、次いで絢佳ちゃんに話しかけた。
「はいです」
「ふむ。その格好、昔見たことがあるが、こういう場で着用するものなのかな?」
「どういう意味です?」
「それは、水着だろう。しかも、実用ではなくコスチュームとしての水着、ではなかったかな?」
「ほう。そういう風俗があったんです?」
「魔帝国の花房朝の時期は、よく言えば文化が栄え、悪く言えば風俗が乱れていた。
「魔帝」花房そのひとが率先していたのだから、手に負えないものだったよ」
当時を思い出したのか、苦笑しながらラトエンさまが言う。
「なるほどです。確かにこれは、旧型白スクール水着と呼ばれるもので、実用の水着ではないです。その認識には間違いないです。
しかし、です。これはわたくしの信奉する、星辰教紅蓮の知恵派に於ける、「執行人」の正式な服装なのです。つまり、これはフォーマルなのです」
「なるほど。それは失礼した。謝罪と撤回を」
「お気遣いなく、です」
ふたりは笑顔で握手をしている。
ラトエンさまも、いろいろと経験を積んで生きてきているのだろう。対応は鮮やかだった。
「ときに、その「執行人」という地位について詳しく教えてもらえるだろうか?」
「はいです。「執行人」とは、我が神ニャルラトテップさまのご意志を執行する直接契約者にして「祭主」のことです。
ニャルラトテップさまは千の相を持つ英雄神ですので、分派も千あるとされているです。その各宗派の頂点として立つのが「執行人」です。
現在、わたくしを含めて3名の「執行人」がいる、とされているです。
でも、わたくし以外のものは世の表に出て活動していないので、見たことはないです。
事実上、星辰教団に於いても頂点に立つ地位が「執行人」です」
「なるほど。それで君は、この国で布教をおこなうつもりがあるのかな?」
「今のところはないです。この世界には、星辰教団そのものがないみたいですし」
「うむ。聞いたことはないな」
「残念です」
「また会うこともあるだろう。君との会話はとても楽しかった。なにかあったら、気軽に声をかけてくれ」
「はいです」
そう言って、ラトエンさまは去って行った。
「はぁ、すごいな。ラトエンさまがあんなに気さくなお方だとは、知らなかった」
クレアさんがびっくりしていた。
「そうなんですか?」
「ああ。いつもは、聖下のお側におられるか、どこかでなにかをされている、という方で、我々とはほとんど接点がないんだ。祝はほんとに規格外だな」
規格外、か。
確かにそうなんだろう。
でも、それが果たしていいことなのか、どうなのか。
私には、疑念を抱かざるを得ないのが実情だった。
とはいえこれもなにかの縁。大事にしようと思う。
そうして叙任式は終わり、私は解放されて新しく用意された自室に、絢佳ちゃんと帰った。
汗を流した後、おなじベッドで眠りについた。
夢は見なかった。