出逢い [改稿] [再改稿]
web小説の連載とかはじめてなので若干、緊張しています。
どうぞよしなに。
地図を第一章の後に別ページを作って移動させました。
冒頭5話を[再改稿]しました。
それ以降も若干手を入れてあります。
私が目覚めて最初に感じたのは、見知らぬ美女が浮かべる微笑への嫌悪だった。
年の頃は二十歳くらいか。直毛の黒髪をセミロングに切りそろえており、美人でスタイルもいい。簡素だが決して安さは感じられないシャツとスカートをラフに身につけていた。
特徴的なのは、その紅い瞳だろう。好奇心旺盛な感じに煌めいている。
「ようやくお目覚めね、お姫さま」
彼女は軽やかな口調でそう言った。
そのお姫さまとやらが私のことを指していることはわかったし、かといって実際に自分がお姫さまといった身分ではないということも察せられた。
「そう、みたいですね」
自分の声を他人事のように聞きながら、私はとりあえず受け答えした。
どこか幼い、鈴の音のようなきれいな声色だった。
「気分はいかがかしら」
言われて自分の身体を検めてみる。
手足は動くし、どこにも不快なところなどなかった。
それはそうと、どうやら私は子どものようだった。
「大丈夫、だと思います」
「そう。それは重畳」
肩を竦めてみせて、彼女は言った。
「わたしは榊夢螭――まぁ、リルハでいいわ。そして、」
わざとらしく区切りを入れると、
「あなたの名前は、不解塚祝よ」
変な名前だ――
彼女の名前もなんか変だし、わざわざ偽名めいたものを名乗るのもどうなのだろうか。
「よろしくね、祝ちゃん」
リルハが差し伸べてきた手に、自分の小さな紅葉のような手を重ねる。
彼女の手は、意外と暖かなものだった。
私は寝台の上に半身で起き上がる。
シーツの下の私は全裸だったが、相手が女性だからか、それとも自分が子どもだからかさほど気にならない。
とはいえシーツで軽く胸を覆う程度のたしなみをしつつ、私は自分のいる場所を見回してみた。
殺風景な部屋だ。
灰色の壁と天井に窓際の寝台。
鎧戸の下りた窓からはなにも見えないし、特に物音も聞こえてこない。
部屋の中はなにかの――おそらくは魔法の明かりで満たされており、暗くはなかった。
壁の一面にはぎっしりと詰まった書棚があり、別の壁面にはなにかの瓶や缶、巻物などが無造作に置かれている。
最後の一面に扉がひとつ――その向こうからも物音などは聞こえてこない。
ここはどこなのだろうか?
「ここはわたしの実験室ってところかな」
その疑問に、ふっとまた厭な感じを漂わせてリルハが言う。
実験――背筋をぞくりといやなものが走る。
「私の、ことですよね、それ? その、実験って」
リルハはうなずいて返す。
「ぶっちゃけるとそういうこと」
あまり気分のいいものではなかったが、私はどこかわかっていたのだろう。
おそらくは、その実験とやらの間にでも。
「聞いてもいいですか?」
「ええ、どうぞ。なんでも」
「私はどういう、なんの実験体なんですか?」
彼女は意外そうな表情をみせた。
「ずいぶんと率直なのね?」
「そういう性格なんじゃないですか、たぶんですけど」
「そう」
リルハはひとつうなずいた。
「あなたに与えた「黒書」と「妖書」という、ふたつの「魔導書」に関する実験ってところかしら」
言われて私は「黒書」と「妖書」が自分に備わっていることに気づく。
与えられていることに気がつく。
「わかる? 「魔導書」のこと」
それらに関する知識も与えられているようだが、情報が多すぎてよく把握できない。
私は首を振って、説明してもらうことを選択した。
リルハはうなずいて語り始めた。
「そもそも「魔導書」っていうのは、文字通り魔法・魔術に関する書物で、所有者に神秘の力をもたらすもののこと。とりわけ強力な「魔導書」は所有者の魂に直接刻み込まれるの。ちょうどあなたの「黒書」と「妖書」がそうであるようにね。
「黒書」は、邪悪なる「魔導書」にして、「一なる悪」と呼ばれる邪悪な力・邪悪という概念そのものを崇める「祭祀書」のことよ。その「写本」のうちのひとつ、「第五写本」をあなたの魂に刻みつけておいたわ。
「妖書」も「魔導書」で、「黒書」のそれを模倣し、改良してわたしが創ったもの。だけど「妖書」には悪や信仰に関する属性はなくて、ただただ純粋に力のみを追求したものよ」
「なんとなくは、わかりました。でも、」
だがそれで新たな疑問が浮上した。アイデンティティという重要事項について。
「私は、どこかからか攫われてきたんですか? 自分の記憶がないみたいなんですけど」
「わからない?」
試す口調で返されて、頭の中を探ってみる。
「……もしかしてですけど、」
私の言葉を遮って彼女は言った。
「そう、造ったのよ。あなたという存在そのものを。実験体として」
いたずらっぽく笑った彼女に抱いた感想は、人はそれを憎悪と呼ぶのかもしれない。
そのあと、私はリルハに簡素な服を渡され、それを着た。
白いシャツに臙脂色のベスト、黒っぽいグレーのスカート。焦げ茶色の革靴。
どれもサイズはぴったりだ。当然なのだろうと思う。
「さて。それじゃ祝ちゃんには早速旅立ってもらうわ」
「いきなりですね」
「善は急げってね」
「でも、私はそもそもなにをしたらいいんですか?」
「やることは至ってシンプルよ」
と言って、リルハは私に人差し指を突きつけてきた。
「祝ちゃんには、わたしの生まれ故郷――<ミラムホーム>という<世界>に行ってもらうわ。そこがね、今おかしな「世界法則」で縛られているの。そしてそのせいで滅びを迎えようとしてる。それを解決してもらいたいの」
「そう言われても、よくわかりません。そもそも「世界法則」ってなんですか?」
「「妖書」を後で見てちょうだい」
「はぁ、そうですか」
「あなたはわたし、とわたしの旦那の力作だもの。大丈夫」
いらっとするようなサムズアップだった。
「わたしたちはわたしたちでやることがあるから、この案件はあなたに任せるわ。時間はかかっても構わないから、うまくやりとげてね」
どうやら反論の余地も、細かなアドバイスも望めないらしいと悟った。
そうなれば、この造物主に従うしかないのだろう。
「……鋭意、善処します」
「おっけー」
リルハは満面の笑顔で頷くと、
「でも一応、保険はかけておくわね」
そう言って、なにやら呪文のようなものを唱えた。
途端に、私の魂が悲鳴を上げる。
私が胸を押さえてうずくまっているところへ、声がかけられた。
「任務を放棄したり、裏切ったりしたら、魂を消去する≪呪詛≫をかけたからね」
「――!?」
「それじゃ、がんばってね!」
そして、視界がブラックアウトして――
そして私は、見知らぬ路地裏に立っていた。
しかし苦痛のあまり、私はその場に転がってしまう。
胸の奥の痛みは徐々に和らいでいったが、全身を冷や汗が流れ、私はしばらく路地にうずくまったまま、立ち上がれなかった。
目をぎゅっと閉じて、深呼吸を繰り返し、ようやく立ち上がれた頃までにどれほど時間が経ったのかはよくわからない。
恨み言をぶつけるべき相手はもはやどこにいるのかわからず、私はリルハの理不尽な仕打ちに打ちのめされかけながらも、辺りを見渡した。
バラックが建ち並び、地面は土がむき出しでぬかるんでいる。見やれば高い壁があり、この街の外壁だろうと思われた。反対の遠方にも壁が見えるのは内壁だろうか。
穏やかな風が吹き、陽の差すところは暖かく感じるが、日陰ではやや冷たく感じる。
空は澄み渡り、太陽が昇ってきたところのようだ。
バラックの奥、そこここに人の気配を感じるが、路地に人影はなく、話し声なども聞こえてこない。
とりあえずの危険はなさそうである。
私は数歩進んだところで、ひたと足を止めた。
なにか思うところがあったわけではない。ただなんとなくそうした方がいいと感じたのだ。
そして、私は自分の裡にある多くのスキルから<忍法>を選び、その中から≪影潜り≫を使った。
私が路地裏の影の中に消えたのがわかる。
私がここにいながらにしてここにいないという、不思議な感覚だった。
――その直後だった。
建物の向こう側からなにやら大きな声が聞こえてきた。
野太い男の怒号だ。
私は影に潜んだままゆっくりと顔を出した。
そこには、小さな女の子と、彼女を取り囲む4人の男たちがいた。
背格好からして幼女。10才に満たないであろう感じだ。
ただその風体がおかしかった。
白い水着のみを身につけ、足も裸足である。髪の毛はピンク色で前髪ぱっつんのショートボブ。
自信満々といった体で腕を組み、両足を広げて男たちを睥睨している。
一方の男たちは、各々に薄汚れた鎧を着て手には統一されていない粗末な武器を持っていた。
私が見なかったことにするか迷ったそのとき、幼女が口を開いた。
「なんです、あなたたちは? わたくしを誰だと思ってそんな失礼な口をきいているです?」
「だから、お前がなにものか分かんねぇから聞いてんだろうが。ここ数日、ここに怪しげな風体の子どもがいるって通報があったんだよ!」
「怪しいとは重ね重ね失礼な! わたくしには恋ヶ窪絢佳という立派な名前があるです!」
「絢佳なぁ。そんで、その絢佳ちゃんはいったいなんでこんなとこにいやがるんだ?」
絢佳というらしい子は、男の言葉が終わるや否や、強烈な殺気を放った。
――いけない。このままではまずい。
私は考えるより先に動いていた。
私は影の中から飛び出すと、一目散に絢佳ちゃんの元へと駆けた。
全員がこちらを向く。
一番最初に気づいたのは、その絢佳ちゃんだった。
私は男たちが呆けている隙に絢佳ちゃんに辿り着くと、その手を取った。
「あ、絢佳ちゃん! 探したんだよ! ほら、こんなとこに立ってないで行こう?」
適当なことをまくし立てると、私は絢佳ちゃんを引っ張るようにして駆け出す。
すぐに男たちが我に返るが、もう遅い。
「あっ、待ちやがれ!」
男の声を背中に聞きながら、私は路地を曲がると、直後に再び≪影潜り≫した。
絢佳ちゃんごと、影の中に身を潜めたのだ。
私は唇に人差し指を立てて絢佳ちゃんを振り返る。
彼女は解せないといった顔をしていたが、うなずいてくれた。
「なにっ!? 消えたぁ?」
「おい、手分けして探せ!」
男たちが私たちには気づけずに散っていく。
私がほっとしたそのとき、彼女が言った。
「あなたが不解塚祝です?」
私は心臓が飛び出すかと思った。
慌てて振り返ると、彼女はまだなんとも言いがたい複雑な表情を浮かべていた。
「う、うん。そう、だけど。どうしてそれを?」
「それよりも、祝さんはなにがしたかったのか聞いてもいいです?」
「えっ、なにをって?」
「さっきの男たちとのときのことです」
「ああ、危ないなって思ったら、その、勝手に身体が動いていたっていうか」
「わたくしは強いから危なくなんかないです」
不満げに絢佳ちゃんが言う。
それを聞いて、私もようやく悟った。
自分の行動の意味を。
「ううん、逆だよ。あのひとたちが危ないなって。たぶん、そんな気がしたの」
「あの失礼千万な男たちを助けたっていうんです?」
「ああ、やっぱり。殺すつもりだったでしょ」
「当然です」
「当然じゃないよ!」
私の即答に、彼女は一瞬固まった。
「全然、当然じゃないよ。そんな簡単に、気軽に殺すとか、そういうのはだめだよ」
私にも、それは道理だとは思うがそこまで大事にすることなのかは、よくわからなかった。
しかし、自分に嘘はつけない。
私はそれはとても大事なことだと感じたのだ。
「だから、止めたの。あなたを」
絢佳ちゃんは、長いため息を吐いた。
「あなたは「第五写本」のくせに人倫を説くんです?」
「――!?」
私が「第五写本」だと――「第五写本」を持っていることをこの子が知っている?
どうして?
「どうやら今回も苦労しそうです」
絢佳ちゃんは、やれやれといった風に肩をすくめた。
しかし私は動悸が高まり、落ち着いてなどいられる状態ではなかった。
「どうして、それを、知ってるの?」
「詳しく話すと長くなるです」
私はうなずいて返した。
「とりあえずどこかに移動しないです? ここなんてすぐに見つかっちゃうです」
確かに私たちは言葉を発したことによって≪影潜り≫が解除されて路地に姿を現していた。
「そ、そうだね。えっと、どうしよう?」
「ここに入るです」
そう言って絢佳ちゃんは、私の手を引いてすぐそばの建物に入っていった。
そこは崩れかけの廃屋で、中は薄暗く汚いものの人影はない。
「ここでちょっと隠れるです。その間に、じっくりと話し合うです」
「じっくりと?」
「はいです。「第五写本」が命を重んじるとか、どうにもおかしいです。なによりわたくしの直感がこのままなあなあにしてはいけないと言っているです」
「うん。それは、私も賛成」
絢佳ちゃんは床の汚れも気にせずに、どっかと座り込んだ。
私もそれにならって、木の床の上に正座した。
これが、とても長いつきあいになる私と絢佳ちゃんとの出逢いの顛末だった。