NO.01「乙女と神機の一日目」
設定を山盛りにしても何とかなると信じたい。とりあえず、SFメインなので小難しい単語や小難しい技術的な知識が出てきますが、物語の味付け程度に思って読んでおけば問題ないかと思われます。
―――三日後、大陸南西部小邦アンクト河隠の森。
その世界に一つの大陸には現在戦乱の嵐が吹き荒れている。
だから、こんな事もあるのだろうと老人は未だ熱を発している少女。
そう、少女と言うべきだろう彼女の額に水で冷やして絞った手拭を置いた。
砦からも遠い山岳部の尾根。
その中腹に家は立っている。
粗末な丸太を寄せ集めて作った住居は外見こそ廃屋のようだが、内部は冷える夜も暖かい。
毛皮と森の動物の剥製。
そして、簡素な家具だけで構成された室内。
だが、それもまた地域では珍しい、恵まれた家と言えた。
こんな立派な家に老人が一人とは珍しいと目を丸くする者が大半だろう。
現在、暖炉に炊かれた鍋からは僅かに茹で麦が顔を覗かせている。
少女。
本来、死んでいなければおかしい出血と重い障害を負ったはずの彼女はまだスヤスヤと眠りこけている。
金糸のように眩い金髪のお河童頭。
意思の強そうな僅かに太い眉と少年とも少女とも見える童顔。
歳の割りに肉付きの薄い姿態は手折れそうな程に細いが、薄らと隆起する胸は確かに女性を主張している。
しかし、その足や腕の先。
手や足には戦う者特有の胼胝が出来ており、少女が戦に関わる人間だと教えていた。
まだ、十三か、四か。
本来ならば、女である事を考慮しても戦に出るような存在には見えない。
「お前さんはどうするね?」
「………」
老人が茹で麦を木皿に持って渡した相手もまた歳は十代に入って少しくらいと見えた。
僅か縮れた灰色の髪。
眠たそうに明けられた半眼。
顔付きは鋭いが、然して老人の言葉を聞いていなさそうな、無感動そうな表情。
少年と呼べるだろう彼は奇妙な程に白い硬質な光沢を放つ椅子に座っている。
その姿は現在黒いローブのようなゆったりとした衣装に埋れるようだった。
余った布が床に垂れているが、気にした様子も無い。
「それにしても、良かった……この子がお嬢様ならば、また家は再興出来るじゃろう」
「………」
無口な少年の事は三日で学んだらしく。
老人は木製のスプーンと茹で麦の入った皿を相手の手前に置いて、対面で自分の食事を始めた。
「この地は実りが少なくてなぁ。飢餓や旱魃の折りには必ず戦乱が起ってきた。近頃は他の種族も寄り付かん程に荒れとる。森に実りで食べられるものは僅か。他の土地に越す者も多い」
「………」
聞いているのか。
いないのか。
静かに木製のスプーンで茹で麦を口に運び出した少年を眺めつつ、話は続く。
「今回攻めて来たのは荒野の民であるヴァスファート。我々以上に飢饉が酷いと聞く。まぁ、敵対しとるとはいえ、気の毒ではあるのだ。と言っても、領主の家人を皆殺しにされたと思っておる連中は徹底抗戦の構えじゃろう。また、地域の人が少なくなるのう。獣が多過ぎると困るんだが……」
まるで他人事のように喋りながら、茹で麦を掬って食む老人はドンヨリとした瞳で少年を見た。
「悪いが、お前さんらにやれる食料は今日でお終いじゃ。これ以上はワシもキツイでな。出来れば、明日には発って欲しい。そこのお嬢さんは森と峠を抜けた先にある街に連れていくと良いじゃろう」
老人が壁に掛かった粗末な地図らしき襤褸布を指差した。
「たぶん、兵士の連中に引き渡せば、それなりの路銀が手に入るはずじゃ。食料は工面出来んが食える野草や木の実はお嬢様に聞けば分かるだろう。あの森を焼き払った連中に見付からずに往ける事を祈っとるよ」
「………」
聞いているのか。
いないのか。
分からずとも老人は食事を終えると二人に暖炉側の部屋を譲って。
併設された納屋に続く扉を潜って消えていく。
「………」
チラリと少女を見た少年はそっと皿を取って中身を寝ている相手の顔の上にぶちまけた。
そのままなら、散々たる有様になっただろうが、虚空でピタリと停止した茹で麦はギュリュリュリュリュッと何かに掻き混ぜられたような音を立ててドロドロに粉砕され、小さな管でもあるかのように唇の中心から喉の奥、更には肺に入らないように直接胃へ落とされていく。
『栄養摂取完了。原始食料のデータ上、この直接消化器官に入れる手法でも問題無しと判断します』
何処からかボソボソと声が聞こえる。
「……連絡は取れたか?」
『ノン。B以外の全ユニットを喪失。核を喪失。また緊急時に使用するブラックボックスも喪失。現在のBユニット・ボーンのみでの通信距離は凡そこの惑星内と近隣衛星までに限ります』
「絶望的だな」
『ノン。緊急時に使用するサバイバル用DIYキットが生きている為、高物理量を得る為の元素生成に2332321時間頂ければ、総合ストレージより仮想ユニットの構築が可能です』
「……その時間を稼ぐ身体の分子停止措置及び解凍措置は可能か?」
『ノン。総合ストレージ内の生体補完技術の記述が複数破損。救急救命キットは使用済み。不可能であると断じます』
「絶望的だな」
『搭乗者の記憶の時系列に深刻な障害を確認』
「これより精神安定化オプションを実行しますかというのはどうした?」
『総合ストレージに破―――』
「分かった。もういい。黙って修復に専念しろ」
『了解しました。これより音声インターフェースをカット。周辺分子の集積によるユニット再構築に全動力資源の99.99998%を使用します。Bユニット完全復帰まで残り230時間』
はぁ、と。
溜息を吐いた少年はたぶん感謝するべきなのだろう愛機の言葉に更に眠たそうな顔となって白い椅子に座り込んだ。
どうして、このような事になったのか。
説明するのは簡単だ。
攻撃を受けて、危ない場所に放り込まれたのだ。
一時は命を諦めたのだが、運よく何かしらの要素が働いたらしく。
無事に生命活動可能な惑星に降下。
辛うじて残った相棒兼椅子と共に不時着しようとしたら、何の冗談か。
同じ人型、それも同じ炭素型の知的生命に属するだろう現地住民が死に掛けていた。
まったく冗談としか思えないような偶然として、その個体は更に染色体XX、
つまり、彼の共同体における最優先の保存対象♀だった。
何が何やら分からない内に原始的という言葉すらも憚られるレベルの土着原住民に対して保護観察を行なう事になっていたのだ。
それも一度助けて終わりという事にはならない。
《《原住民》》と接触した場合、それがどんなに原始的で知性の欠片しか感じられない存在だろうと、その相手側の文化保全を行なう義務が彼の共同体では全ての人員に課されている。
ついでに死に掛けた相手に使った技術がその現地技術のレベルを大幅に越しているとなれば、後の祭り。
とりあえず、使われた技術が《《健全に消えるまで》》監視しなければならない。
「………」
変化無し。
自分の目で見る、なんて行動は久方振りだったせいか。
少年はさっそく疲れを覚えて、椅子に凭れ掛かって首を上向けた。
そのまま脳の休息に入ろうとした時、僅かにカサリと音がしたの聞き逃さず。
横目にチラリと少女を見た彼の目に飛び込んできたのは起き上がった少女。
その均整の取れた肢体は何ら装身具の類すら身に付けておらず。
何処か茫洋としていた視線がまるでスイッチの入ったかのようにパッと輝きを取り戻すと。
まず少年を見て、次に自分の姿を見て、表情を一切失くし、大声が響いた。
「なッ、貴方は誰だ!!? わ、私はこの地を治める家の娘!! アザヤ・ウェルノ・アンクトだぞ!?」
掛けられていた黄ばんでいる布がバッと剥がれ。
急いでドレスのように胸元で結ばれる。
少女が大仰な様子で少年を睨み付けた。
寝台の上で自分を睨み付ける元気な様子の相手に構いもせず。
ボソボソと白い椅子に囁きが零される。
「通訳しろ。あの個体からの情報は蒐集し終えたな?」
すると、彼の眼球に直接『原住民に分かり易い語彙での応答が可能です』との文字が投影される。
「な、何を言っている!? 貴様、異国の人間か!?」
思わず警戒した少女に少年は溜息を一つ。
既に聞くだけなら可能だったが、すぐ様に喉が機能を発揮する。
「我は天空より参った神々の一柱―――?!」
思わず、自分で聞いている自分の言葉に違和感を覚えた彼だったが、何やらそれで少女が顔を凍りつかせ、大人しくなったので静かに自分の主張を続ける。
「我は天の階が毀れたる為、我が身の在り処に帰れぬ者なり」
「―――?!!」
少女。
アザヤと名乗った彼女が衝撃を受けた様子で神妙になるのを見て、とりあえず今はこれでいいかと少年は更に大仰な声を響かせた。
「汝を神力にて救うも、その為に力を失いて、我はこの地より飛び立つ事も叶わず」
「?!!!?」
もう少女は冷や汗をダラダラ掻きながら全身を震わせている。
「故に乙女よ。汝の如き守るべき者を守護せんと我は共に同行す」
「お、お―――」
プルプルと震えているアザヤに少年は最後の言葉を告げた。
「我が翼戻りし時まで汝に我が奇蹟を与えよう。座と共に我は汝の前途に立ち会う者也」
「畏れ多くも!!? か、かかか、神様であらせられましたか!!? い、今までの無礼をどうかひ、平にッッ!! 平にご容赦の程をッッ!!?」
ガバッと床に土下座したアザヤを見て、少年は何やら言い知れぬ感情を覚えた。
たぶん、それは彼が久しく感じていていなかったもの。
罪悪感である事は疑いようも無い。
「娘よ。その頭を上げよ。汝の頭は地に付けるものではなく。その前途を見渡す為のものと心得よ」
「あ、ありがとうございます!!」
何処かビクビクしながらもアザヤが顔を上げて寝台に座り直し、キョロキョロと周囲を見回す。
「その、それで、神様。あ、名をお訪ねするべきですね。な、何と呼べば良いのでしょうか?」
「我が名は七つの天河を守護せし、第六天の将。四億八千万の星々を束ねたる大いなる理の一つにして、第二十八【全能器】アルゴノード・クェーサーの操者。ヴァーチェス」
「え、ええと。ヴァ、ヴァーチェス神、様と御呼びすればいいでしょうか?」
困った様子でアザヤが訊ね、少年を首を横に振った。
「ヴァーチェスと呼ぶのだ。娘よ。我が神であるという事は凡庸なる者達には秘されるべきである」
「そ、そうですか!? す、済みません。では、ヴァ、ヴァーチェス様と」
「明日からは人の子の言葉にて語る事となろう。汝は己が身を休め、明日の出立に備えよ。自らの生を全うする為に故郷を目指すのだ」
「は、はい!! わ、分かりました。ヴァーチェス様!! で、では、お言葉に甘えて……お、お休みなさいませ」
イソイソとそのままの姿で寝台へ横になった少女を見つめて。
少年は溜息一つ。
脳裏でクェイサー。
現在は椅子となっている。
実際には《《それしか残っていない》》愛機に呟く。
『翻訳アルゴリズムまで破損したか?』
『搭乗者の発言の意図が不明です。総合ストレージ内の最適化を行い、言語翻訳機能をバージョンアップしますか?』
『いいから、黙って直せ』
『………』
次の朝、老人が戻ってきて見たのは空となった寝台のみ。
そうして、妖しげな神を名乗る少年と焼け焦げた少女の旅は始まった。
*
―――河隠の森、南部。
私は昔から運の強い子だと言われてきた。
遠出して馬の上から転げ落ちた時。
大きな川で遊んでいて溺れた時。
怖い夢を見て母上に慰められた時。
いつも、貴女は運の強い子ねと言われて育ってきた。
これもまた運なのか。
あるいは祈りが願いが奇蹟を呼んだのか。
今、私の隣には白い椅子に座って浮遊する天神の一柱。
ヴァーチェス様がいる。
「………」
「………その」
「何だ?」
「あ、いえ……何でも」
「そうか」
前日の夜。
何も考えられずに眠った。
朝になって一つずつ自分の中で消化した記憶は何もかもが真実。
城砦は落ちて。
父上は死に。
母上はどうなったか分からない。
そして、死の間際、選択を望んだ私の未来は開けた。
神の降臨。
死の淵からの再生。
虎挟みに噛み千切られた片足も針にズタズタにされたはずの片手も全ては元に戻っていた。
真の奇蹟。
白い椅子に跨った少年の御姿は仮のものか。
今も脳裏に焼き付く玉座と甲冑は忘れられない。
(ヴァーチェス様が与えてくださった選択肢。生きて戦う事が出来る……父上の無念を晴らし、母上の安否を自分の目で確認出来る……十分過ぎる奇蹟だ……)
小川の上流へと向いながら、周囲に気を配りながら、鬱蒼とした森の最中を進む。
感謝してもし足りないだろう相手にそう言えば、まだ服の礼も言っていなかったとゆっくり話し掛ける。
「……その」
「何だ?」
「服と鎧の事。ありがとうございました」
「そうか」
頭を下げて。
まだ涼やかな明け方の空気の中。
私は自分の身を包んでいるいつもの服を掴む。
胸当てと脛当て、それから肩などの関節を最低限蔽う軽鎧の下。
毎日、着込んでいた麻布の服は朝方に発見したものだ。
それは部屋の隅に千切れた時のまま血が黒ずんで、それも半ば焼けていた。
私が困っているのを見てか。
ヴァーチェス様が手を翳すとそのままではとても着られないだろう衣装が瞬きの内に新品同様となった。
他の防具にしても高熱で歪み切っていたのにやはり刹那で元に戻っていたのだから、本当に感謝してもし足りないだろう。
「ヴァーチェス様は本当に神様なのですね」
「……ぁあ」
茫洋とした瞳で遠くを見ている姿へ静かに告げる。
「力を失ってまでも私の命を救ってくれた。このご恩……この一件が終ったら、必ずお返しを」
「そうか」
「神殿を立て、末代まで語り継ぐ事を此処にお誓い申します」
「分かった」
「はい!!」
もしも勇気というものがあるのならば、それはきっと今この胸に宿っているものだろうと。
私は思いを新たに遠方を見つめる。
森林の先。
未だ白い煙があちこちで上がっていた。
「ヴァスファートめ。森を焼くとは……あやつらにとっても、此処は実りが多い地だろうに」
「実り?」
思わず漏れた呟きを訊ねられて説明する事とする。
天から来たばかりではきっと地上の俗世には疎いに違いない。
「ああ、はい。今、攻めて来ているヴァスファートと言う連中は何も無い荒野に暮す民なのです。この森は食べられるものこそ少ないですが、決して採れないというわけではない。ですから、本来ならば、この森とて彼らにとっては貴重なはず。なのに、火を放った……常軌を逸している」
「合理的とは言えないな」
「はい。奴等が何を考えているかは知りません。ですが、必ずこの責任は取らせます。父上の無念を晴らし、この我等の地を異郷の者達から救い出してみせる」
「……頑張れ」
その言葉に今までに無い喜びが溢れてくる。
一人ではない。
それが何よりも、どんな奇蹟よりも奇蹟なのだと私は理解する。
「ご期待に沿えるよう。必ず」
そんな時だ。
周囲に僅か笛らしき音色が鳴ったのは。
「これは?! ヴァーチェス様!! 私の進む方へどうぞ付いて来て下さい!! 気を付けて下さい!! 何処から矢が飛んでくるか?!!」
森の特に身を隠せそうな深い茂みの中へと飛び込む。
後ろを付いて来て下さる気配を感じながら、何度も敵らしき気配を遠回りし、一旦森の外側へと向った。
そうして走り始めて数分後。
ようやく気配が遠ざかった事を確認してホッと安堵する。
身を隠すには丁度良い苔生した岩場。
その影に体を預けて一息付く。
「どうやら撒けたようです。ですが、たぶん今ので移動しているのがバレました。森から狩り出そうとするかもしれません。早急に別の道を探すべきです」
「……逃げる必要があったのか?」
「え」
「相手は時空連続体を弄る術も持っていなかったと思うが……」
何を言われているのかイマイチよく分からない。
ただ、その困惑した表情に私はヴァーチェス様は下界の戦というものに疎い神様なのだろうと理解する。
「ヴァーチェス様。我等は二人。それも戦う為の装備を持っておりません。その上、此処の地形は比較的開けた森です。相手が弓矢を使っていた場合、遠方から一方的に貫かれる可能性があります。此処は迂回して隠れながら目的地に向うのが上策かと」
「そうなのか。任せる」
「はっ!! 必ず無傷でこの一帯を抜けましょう!!」
「ああ、期待している」
「はい!!」
ヴァーチェス様の言葉に胸が熱くなる。
畏れ多くも天の一柱にそう言われた以上。
庭である森を無傷で抜ける程度はしなければならない。
再び用心深く。
早足で歩き出す。
相手が追ってき難い場所を進みながら、出来るだけ草丈が長く、込み入った木々の合間を抜ける。
道らしき道など無い。
足跡があまり残らないようゆく。
まだ朝も早い事から敵の発見は遅れているが、更に日が高くなれば、発見の確率は上がる。
相手の数を考慮しても、昼までには森を抜けなければ、危ないに違いなく。
森で鍛えられた日々を思い出しながら、足を挫かぬよう気を付けた。
「その……ヴァーチェス様はこの地方の事は知っておられますか? 不敬だとは思うのですが……」
「フケイ? とりあえず情報の取得はまだだ」
「そ、そうでしたか!! では、この私の故郷の事をお話します」
「任せよう」
「そ、それでは、こほん。この大陸でも南西部の山岳と森林、荒野に囲まれているのが小邦。本当はそう呼ぶのもおこがましい程度の地域なんですが、アンクトと呼ばれています」
「アンクト?」
「はい。此処とその周囲は実りが少なく。近年は旱魃などが頻発しており、食料の自給も儘為らないのが実際のところなんです」
「(この原始的な回答……やはり、原始レベルの生体補完技術全般すら無いのか)」
何やら思案して下さるヴァーチェス様にとにかく説明を続ける。
「ヴァスファートは昔から比較的食料が取れるアンクトに攻めてくるのが多かった地方の民です。ですが、彼らの大半は弱兵。そもそも満足に食べられない兵士と食べられる兵士では士気も錬度も違います。ですから、今までは我等が一方的に追い返し、その度に森の恵みを相手は略奪し、一時を凌ぐ。そういう関係だったのです」
(略奪……確か資材を他共同体から許可無き持ち出す行為。此処には元素生成の技術も無いわけだな。一体、何処まで原始的なんだ?)
少年は自分の降り立った場所が殆ど未開である事に気が遠くなったような気がした。
「あの、何かご質問は?」
「無い」
「そ、そうですよね。すみません」
「それでお前は共同体に戻ってから、どうする?」
「キョウドウタイ?」
「……故郷に帰ってから、何をする?」
「あ、はい。まずはこの山岳を抜けた先にある本邸の方へ向います。あちらにも追手が掛かっているとの事ですが、街には守備兵と予備兵力として本隊が控えていたので。きっと、皆無事のはずです!!」
「(クェーサー)」
「『………』」
「(最低限の観測機器をDIYキットで生成出来るな?)」
「『その必要はありません。現在、Bユニット・ボーン単体でも低次元な元素生成は可能です。また、高次機能と自己複製自己修復機能、生体の完全補完機能無しで良ければ、ナノマシン群体を秒単位9940万ユニットまで常時生成可能です。高次観測機器の再構築は不可能ですが、本惑星突入時に衛星軌道へ散らばったBユニットの欠片が現在修復中。原始的ではありますが、宙域からの―――』」
「(もういい。黙れ。とにかく、このアザヤという個体の行こうとしている目的地付近の映像を出せ)」
「『了解しました。通信可能。目標地点と思われる場所の光学映像出ます。光学以外の数値を映像に反映させますか?』」
「(必要ない)」
「『了解しました』」
ブンッッ。
そんな音がしたかと思うといきなり私達の前に別の光景が見えていた。
「!?」
「これがお前のきょ……故郷か?」
「は、はい!? まさか、これは今の街の―――」
私は思わず口を手で覆う。
其処には殆ど焼けた瓦礫だけがあった。
天から見下ろしたような視界。
その中で黒ずんだ柱の焼け跡が、まだ白い煙を上げる屋根の瓦が、ナニカヒトノカタチシタヨウナモノガ。
「ぁ、ぁぁ、私の、故郷がッッ?!!!」
込み上げてくるものに思わず嘔吐いて。
倒れ込みそうになるを何とか堪える。
「……拡大。原住民の同型タイプの生体反応を出せ」
そのヴァーチェス様の言葉と同時に街の片隅。
大きな幕屋が見えた。
その周囲で人が蠢いている。
毛皮を着た男達が、山盛りにした食料を後ろに酒盛りをしていた。
「――――――」
その千鳥足がナニカを踏み砕く。
そう、まだ小さな黒ずんだ手を。
「ッッッ」
「あのこた……あの場所で騒いでいる男達は?」
「……ヴァスファート」
「つまり、お前の敵か?」
「はぃ」
何もかもが暗転したように感じる視界の中。
私はその光景を目に焼き付ける。
あの悪魔達を許さない為に。
あの悪魔達を決して逃がさない為に。
映し出される全ての顔を覚える。
「『対象個体。アザヤの脳波に複数の異常を感知。極度のストレス状態と推定されます』」
「(共同体を維持する為の個体が減らされた事に原始的な感情を覚えているようだな)」
「『対象個体の自律神経系が過剰な反応を示しています。抑制しますか?』」
「(……止めておけ。異常は無い)」
「『搭乗者の認知に重大な障害を確認』」
「(ノン。オレは正常だ)」
「『個体アザヤに何かしらの処置を施しますか?』」
「(黙って見ていろ)」
「『了解しました』」
私が砕け散りそうな程に歯を噛み締め、天からの光景を凝視していると。
「アザヤ」
横から声が掛かった。
「ヴァーチェス様……」
「お前の故郷にいた者は全て消えている。このまま向かったとしても、敵対する存在しか其処にはいない」
「……私の故郷は潰えた。ですが、私は生きている。まだ、生きて、いますッ!!」
「戦うのか?」
「はい!! あの野蛮な土人共を皆殺しにする……それが私に出来る故郷と我ら一族最後の一人としての……」
「……音声を出せ」
「え?」
自分に言ったのではない事は分かった。
そして、すぐに天からの視界だけだったものに声と音が付いたのに気付く。
『これで!! 娘に食わせてやれる!!』
「?!」
『ぁあ!! ついにオレ達は遣り遂げたんだ!! もう何も考えられずに死ぬ息子は我が家にいなくなるぞ!!』
「!?!」
『祝え!! 祝え!! 娘達の乳に生気が戻り、息子達の腕に血肉が戻るぞ!!』
「勝手なッ、事をッッッ?!!?」
歯を噛み締める。
あまりにも身勝手な言葉。
そう、他人の家に土足で踏込んできた挙句。
住人を殺して其処に住まうという。
それを喜ぶ者など、地獄の業火に焼べてやりたいと思う。
剣で八つ裂きにしてやりたいと思う。
だが、よく見れば、涙を流している者がいる。
ガリガリに細った者が幸せそうな笑みを浮かべている。
娘を、息子を、両親を、妻を、食わせてやれると喜ぶ声がする。
「―――何が言いたいのですか? ヴァーチェス様」
「殺しても争いに終りは無い」
「なら、どうするべきだと言うのですか!? あの者達を許せとッ!! そう、お言いになるのですか!!?」
私の声にヴァーチェス様はそッと目を閉じた。
「(生体管理用端末を用意しろ。原始的な武器の形にしてな)」
「『ノン。原住民の技術レベルに対して過剰な影響が出る可能性があります』」
「(ノン。これは一共同体の絶滅に対する現地レベルでの支援であり、上位個体である♀の保全活動として例外的に認められるべき事例だ。他の共同体を比較的害さずに特例個体アザヤの精神及び肉体的活動の保全を行なう為に一時的貸与を行なうだけであり、《《健全に消えるまで》》であれば問題ない)」
「『検証中。現地特例十二項補足に抵触』」
「(何の事項だ?)」
「『現在、生体補完機能を司るユニットの喪失によって、監視者たる個体の生命維持限界は極めて短いと推測されます。この状態での貸与は確実な回収を期待出来ないと判断』」
「(ノン。オレを誰だと思っている。全ての銀河の護り手たる名を言ってみろ。アルゴノード・クェーサー)」
「『……ヴァーチェス・B・ヴァーミリヲン』」
「(そうだ。オレは“大いなるC”を駆逐し、生存競争に勝利し続けた最後の二桁だ)」
「『……監視者の生命維持に支障が出た場合は回収するという条件を付加する事により、抵触を撤回します』」
「(それでいい。とっととやれ)」
「答えてください!! ヴァーチェス様!!」
「お前に力を授ける」
「え……」
言うなり、細い手がそっと天に掲げられる。
その時だった。
何も無かったはずの手に細かい何かが寄り集まるようにして蒼い水晶にも見える剣を顕現させていく。
その美しさ。
海の青より、空の蒼より、尚輝く刃先。
驚いた私の前に長い槍のようにも思える柄が差し出された。
「これは誰も殺さない。だが、これで攻撃を受けた者はお前に絶対従わなければならない。お前が死ねと言えば、その者は機能を停止させるだろう」
「これで……私にどうしろと!?」
「殺しても切りが無いのなら、殺さずに教え込めばいい。斬れば、誰もお前の言葉を破れない。この地を攻める者達も消え去る」
「許せと、言うのですか?」
「許さずともいい。憎んでも構わない。だが、お前が憎まれる必要も無い。これを前にしては誰もお前を憎む事すら出来なくなる」
私はその言葉に何も言えなくなった。
相手に憎む事すら許さない力。
それは一体、どれ程のものだろう。
故郷は、人は、既に消え失せた。
一人では勝つ事も出来ない。
それどころか。
数人を道連れに出来るかも怪しい。
憎んでも憎んでも憎み切れない相手。
だが、その者達から憎しみすら奪い去る事が出来たのならば、それはどれだけの絶望だろう。
二度とこの地に足を踏み入れない事。
二度とこの地より略奪を働かない事。
それを約束させて、感情すら消し去ったならば、それは罰足り得るだろうか。
未だ勉学も満足ではない身には分からなかった。
一つだけ分かっているのは目の前のお方がいなければ、何も為せず。
私は憎む事すら出来ずに散っていたという事だけ。
「……分かり、ました。元より私は貴方様の奇蹟によって救われた身。我が手であやつらを討てるなら、それがどんな力だろうと構わない。その神剣を……拝領致します」
片膝を付き。
頭を垂れる。
「管理者権限。当該惑星における源種としてアザヤ・ウェルノ・アンクトを認証する。同個体の所属共同体における地位を確定、最終個体。周囲共同体との生存競争支援として我が名において生体管理用端末【群括】を貸与する」
「マルティテュード……」
温かさを感じて。
見上げれば。
剣が目の前で浮遊していた。
ゆっくりと柄を執る。
同時に剣から奔った幾つもの光の線が掌から腕を駆け上がり、私の内部に浸透したように消えていった。
「認証完了。後はお前次第だ」
「ありがとうござ―――」
『いたぞ!! 生き残りだ!! 殺せ!! この森を全てオレ達のものにするんだ!!」
獣臭い獣皮の上下。
まるで本当に獣と化したような衣装を身に付けて集ってくる薄汚れた男達。
その顔にはギラ付いた欲望だけがあった。
奪う者の顔。
容赦なく。
徹底的に。
自らの欲望の為に他者を犠牲にする。
そんな表情。
「どう使えばよろしいでしょうか?」
「大抵の事は出来る。使いたいように使え」
「はい!!」
長い柄。
長い刀身。
しかし、まるで重さを感じない。
何か羽毛でも持っているかのような感触。
次々に周囲へ集まってくる獣。
いや、獣以下の者達を見つめながら、私は体の芯に灯るものを吐き出す。
「―――我が名はアザヤ・ウェルノ・アンクト。この地を治める者の末也!!!」
猛然と男達が突撃してくる。
数は上。
それも女子供に対して十人以上。
負ける要素が無い。
だからこそ、構わず突っ込んでくる。
研いでいるかも怪しい錆びた平たい鋼。
蛮刀が振り下ろされるよりも早く。
私は思うが儘に剣とも槍とも付かない不思議な蒼い刃を水平に薙ぎ払っていた。
「!?」
途端、まるで自分が強力になったかのような錯覚に陥る。
神剣は水を割るように振り下ろされた刃を断ち、その先にある男達の体を素通りしていた。
手応えがまるで無い。
そして、刃が届いていないはずの後ろの者達まで凍り付いて、動く様子も無かった。
十人以上の人間がたった一振り。
その一撃で全員が筋肉を硬直させ、静止したのだ。
「これが神剣の力……」
「お前が斬った者は全てお前の自由だ。感情、記憶、肉体、個人に関する全ての情報をこのマルティテュードが操作、調整、管理する」
「―――」
森の中。
まだ朝方の寒さが残っていたのか。
背筋に冷たいものが流れる。
「斬った直後は基礎の状態。お前が念じれば、如何なる記憶も語り、如何なる事もする。笑えと言えば、笑い。泣けと言えば、泣き。憎むなと言えば、どんな事をされようと憎まない。そして、お前が開放すると念じれば、自由にする事も出来る。無論、何かを永遠に守らせることも可能だ」
初めて。
自分が受け取ったモノの重みをズッシリと感じる。
何よりも尊いものを蒼い水晶の神剣は司っていた。
それは人の運命。
たぶん、ただ剣で切り裂いて殺すよりも、余程に残酷な事が今の自分には出来るのだと理解する。
「……分かりました」
今も怒りが心の中には渦巻いている。
思うままに死ねと言いたい。
それが本来はきっと望んでいた事だ。
「………」
だが、その言葉は。
「………」
人を殺す為の言葉は。
「………」
喉の奥からついに出てこなかった。
「この場から即刻立ち去れ。そして、二度とこのアンクトの地に足を踏み入れるな。暴力を振るわず。他者を虐げず。犯した罪を一生忘れず。ずっと後悔しながら生きていけ……消えろ!!! 私の前から!!!」
刃を取り落として。
悲鳴のような呻きを上げて男達がそのまま逃げ出していく。
その後ろ姿を普通の刃なら切れただろう。
しかし、そんな気持ちは何故か露程も湧かなかった。
振り返るとヴァーチェス様が眠そうな表情で椅子に頬杖を付いて、こちらを見ている。
「それがお前の選択か?」
「私は誇り高いアンクトの家を継ぐ娘です。今は法も何もあったものではないかもしれない。だが、私は私の家と血と治めてきた人々に恥しくない人間でなければいけないと……そう、思います」
「そうか。なら、そうすればいい」
「……はい」
見れば、もう日は完全に昇っていた。
「このまま森を抜けて、焼けた地域を迂回し、山を越えたいと思うのですが、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫、とは?」
「お疲れではないかと」
「何故だ?」
怪訝そうな顔をされて、思わず機嫌を損ねただろうかと慌てる。
「あ、いえ、その、ずっと浮いた椅子に乗っているのでお尻が痛くなったりしないのか、と……」
「心配する必要はない」
「そうですか。では、このまま向かいますので。どうか付いてきて下さい」
「ああ」
私はその大きな神剣マルティテュードで周囲にある蔦を刈って、それで背中に柄を括った。
歩き出してすぐ。
グゥと音が鳴り。
ああ、と思う。
どんなに哀しくとも、苦しくとも、憎くとも、腹は空くのだと。
生きている証。
それは普段ならば音を聞かれるのも恥しい状態だろう。
だが、それにすら今の私は感謝せねばならないともう知っている。
それの為に人は人を殺せるのだ。
それの為に人は人以下になれるのだ。
だからこそ、強く、強く、それも己の命の高鳴りだと恥じない事とした。
途中で木の実を食べようとは思ったのだけれど……。
*
山岳にあった老人の家から歩き出して数時間後。
昼頃を過ぎるまでに二人は焼かれた森の一角にまで歩を進めていた。
周囲には未だ白煙を上げる樹木の成れの果てが燻った状態で倒れている。
その焦げた拾い地面に数人の男達が斬られた状態のまま転がっていた。
最初に出会って斬り伏せた男達に言った事と同じ文言を唱えて。
アザヤが本日何度目かになる追い払いを実行する。
「行け!!」
バネ仕掛けの人形のような勢いで男達が森の先へと走り去っていく。
そこでようやく少年は気付いた。
相手に何か聞かなくていいのか、と。
「質問はしないんだな」
「あ、はい。恰好や姿から見て、雑兵だと思いますので。きっと、何を聞いても大した事は聞けないでしょう」
「そうか」
「ただ、一度落とした城砦にはまだかなりの人間がいるように見受けられます。やはり、この焼けた場所を迂回していくのがいいでしょう」
「どうして人がいると分かる?」
「はい。まだ城砦内部から上がっている煙はたぶん、煮炊きのものだと思われますので」
彼女が遠方に見える城砦の間から上がる煙を見て告げる。
少年が上空からの映像を瞳に投影して確認してみれば、確かに内部ではまだ二十人以上の人間が屯し、何やら原始的な食料を鉄製の器具で煮ていた。
「まだ、仲間が戻ってきていない事には気付かれていません。このまま残りの森を突っ切って、山道に入りましょう」
言われるがまま。
白い椅子に座ったまま。
少年は焼け残った森の淵を迂回するアザヤの背中に付いていく。
それから三十分程で森を抜けた彼らは樹木も疎らな一帯に出ていた。
そこまでは火も広がっていないらしく。
辺りは静かなもので。
アザヤを前にして山道を登れば、然して時間も掛からず中腹までは何事もなく進んだ。
急という程ではないが、落石くらいはありそうな斜面。
九十九折の道は木々に隠され、未だ見付かった様子も無い。
「……ヴァーチェス様」
「何だ?」
「人は死んだら、本当に魂が天の国に導かれるのですか? 教会がいつも布教しているように」
明らかにお門違い。
ついでに身分詐称である少年は正直に答える。
「管轄が違うから、分からないな」
「……そう、ですか」
「この場所では死んだ者はどうなると教わっている?」
「殆どは教会の教えを信じています。私の母上もそういう宗教でした」
「『原始的共同体思想の項目に該当情報有り。宗教……精神的社会共同体もしくはそれに該当する思想そのものを指す。その大半は信仰と呼ばれる行動を超越者や特定の事象・現象に対して行なう事で社会共同体の団結を高め、事実上の規律や法令の遵守を促し、個体の精神安定を促すものと規定される。教会とは、現地土着民の宗教の一つであると推測』」
ポロリと情報を勝手に耳へ入れるクェーサーを無視しつつ、少年はアザヤに訊ねる事とする。
「このわく……この地域には高次元存在に該当する者はいるのか?」
「こうじ、げ?」
「……神はいるのか?」
「あ、ええと。この地域で信仰されている他の神様の事、でしょうか?」
「そうだ」
「ええと、その点はご心配無く。此処は教会以外の布教は行なわれていませんから。さすがの神々もこの忌み地には近寄らないと魔術師の老爺から聞きました」
「いみ、ち? ろう、や?」
「はい。私に軽い魔術を教えてくれた家付きの術師です」
「……魔術、とは?」
「ヴァーチェス様のような素晴らしい力を持つ神が人の卑属な術を知らないのも無理はありません。こういうもの、なのですが」
スッとアザヤが人差し指を立てて、指先を僅かに発光させた。
「『解析中。物理量を検知。体内の熱量に変化無し。脂肪、その他の質量、体内分泌物にも自然変動以外の変化無し………脳内の一部に極めて特異な活動を検知。総合ストレージにアクセス。認識による量子活動によって事象に対する幾つかの恣意的な変動を行なえるとの記述を発見。また、それらの認識による別領域との交信で物理量の引き出しも可能との記述有り。原始的ながらも高次認識と高次通信を生体で行い得る技術と推測』」
「………」
黙ってしまったヴァーチェスにアザヤが慌てて頭を下げた。
「お、お目汚ししました」
「いや、いい」
「それで、忌み地についてなのですが、昔から実りが少ない地域という事はお話しましたが、これには理由があるのです」
「理由?」
「はい。大昔、この地方にはとても怖ろしいものが居て、それを封じた。そう昔から伝わっています」
「怖ろしいもの……」
「そのせいでこのアンクトを中心とした幾つかの地域は極端に他の邦と比べても収量が少ない。昔からそういう風に教わりました」
「………」
「あ、ええと、こんな話、面白くありませんね。何か別の話を……」
「いや、興味深かった」
「そ、そうですか?」
「ああ」
「ありがとうございます!!」
いつまでも話してばかりはいられないと少しだけ元気を取り戻した様子でアザヤが再び道を急ぎ始める。
それを後ろから見つめながら、少年は脳裏でクェーサーに話し掛けた。
「(現在の観測能力を最大にして、この一帯の基礎情報を集めろ)」
「『了解。収拾………完了。異常無し』」
「(本当にか?)」
「『磁力、重力、斥力、光波、放射線、異常無し。気圧正常。降雨量正常。土壌正常範囲。周辺植物の遺伝子………』」
「(どうした?)」
「『遺伝情報に特徴的な特性を検知』」
「(特徴的?)」
「『極めて免疫が強く。また、自己保存に関する部位で特記に値する情報を発見』」
「(何だ?)」
「『総合ストレージ内の近似植物の情報と比べて、極めて長寿命及び完成された代謝能力を獲得していると確認。これは現在の総合ストレージ内の類似植物中最高の数値です』」
「(つまり?)」
「『原始的栄養摂取に必要な生物資源の生産性が低いのは食料となる生物資源自体が遺伝上完成されつつある生命である事が原因と思われます』」
「(何か? つまり、生物の理想系に近付いているから、個体の再生産が殆ど必要無いと?」
「『肯定』」
「(その理由は?)」
「『……不明。遠方地域に飛ばしたナノマシン群体からの情報を取得。このアンクトを中心とする半径200km圏内においてのみ。この遺伝情報は存在すると確認』」
「(今のお前には観測出来ない理由が存在し、この地域の植物だけが特異な進化を遂げたという事か?)」
「『………』」
「(他に何か分かったら教えろ。引き続き、解析を続行)」
「『了解しました』」
二人が中腹から更に上へと向かい出した時だった。
ヒュッと何処からか彼らに向かって一本の矢が飛ぶ。
最初から敵個体の事は確認していたが、問題ないだろうと放置していたヴァーチェスが首を横に傾けて鈍過ぎる飛翔体を避けた。
今の彼は事実上、ほぼ無防備に等しかったが、日々光速の弾丸や衝撃、隕石、当れば一撃で存在を抹消される程度の攻撃などのバリエーションに富んだ死を避け続けてきた身からすると光速の1%にも満たない速度の物体なんてものは眠たく欠伸をしながらでも避けられる脅威とは程遠いものに違いなかった。
「ヴァーチェス様!!? 伏せて下さい!! 伏兵です!! 上の方から狙われて!?」
「薙ぎ払え。届く」
「わ、分かりました!!」
言われるがまま。
なだらかな斜面の先。
「はぁああああああああああああああッッ!!!」
まだ自分の居場所が安全圏だと思っているだろう射手に向けて。
アザヤが大きく横に剣を薙ぎ払う。
何も実際には起っていないように見えた。
しかし、蒼き神剣からは常時ナノマシン群体が生成、放出されている。
それが圏域を造り、伸びる事で相手を影響下に置く為、実際には刃に当てる必要がないどころか。
ただ念じて圏域を伸ばし、相手を捕捉するだけでも十分だ。
詳しい設定なんて知りもしないアザヤが感覚的に使っている為、攻撃したように見えているが、そういう動きは事実上彼女の復讐心を満足させる為の無駄な行為と言える。
そうしてあっさり圏域内へと捕まった射手が今まで餌食になってきた者と同様に固まった。
それを繋がっているマルティテュードから送られてくる情報で感覚的に知ったアザヤが叫ぶ。
「こちらの前まで出て来い!!」
ガサガサと斜面の樹木上を移動しながら最後に道の端に自生していたものからシュルシュルと降りて来た相手を見て、彼女は僅かに驚き、少年は眠たそうに再び椅子にダラリと伸びる。
「………」
彼らの前で固まっているのはまだ彼らよりも幼いだろう七、八歳程の少女だった。
そう分かるのは長い紅の髪を後ろに束ねているからだ。
黒い獣皮を縫い合わせた上下。
胸元と腰を隠すのみという《《いでたち》》。
片から羽織られた大型獣の革製の外套。
全てが明らかにヴァスファートの服の特徴だ。
今にも骨が浮いてきそうな細い姿態が外套の下から覗いている。
ギリギリ頬は扱けていないが、それにしても満足な栄養状態でない事は二人にも見れば分かった。
「こんな子供まで駆り出したのか!? ヴァスファートは!!?」
思わず痛ましいものを見るようにアザヤが視線を俯けた。
「―――ぉ、ま、え」
「クェーサー?!」
その僅かに少女の唇から漏れた言葉に驚き、目を見張った少年は思わず愛機を呼んでいた。
「『ナノマシン群体が免疫細胞に攻撃を受けています。通常とは異なる極めて優秀な免疫機能と代謝機能を確認。一種の生体マイクロマシンによる細胞補完だと推測。更に周辺の植物に見られた傾向がこの個体には顕著です』」
「植物だけじゃなかったのか……」
「『現在、解析中………遺伝情報に元素生成に関するものと思われる記述と回路らしきものを確認。また複数の幹細胞にも同様のものを検知。後天的か先天的かは現段階では判断しかねますが、同個体はユニットの極微小な欠片程度の機能を有する模様。生体に元素生成機能が組み込まれている事例は総合ストレージにも数百例しか記載の無いレアケースです』」
「……アザヤ」
「は、はい!? 何でしょうか!? ヴァーチェス様!!」
「体以外は全部自由にしろ」
「よ、よろしいのですか?」
「そのこた……その子は特別な資質を持っている。全てを基礎状態に保つのはマルティテュードに負担が掛かり過ぎて危険だ」
「わ、分かりました。体以外を自由に!!」
そうアザヤが言った途端、幼い少女が物凄い形相で二人を睨み始めた。
「このマヤカシを解け!! シンリャクシャめ!!」
「なッ!?」
思わずアザヤの瞳に怒りが宿る。
例え、子供とはいえ。
一族郎党、街の人間を根絶やしにしておいて、その言い草。
思わず彼女の握るマルティテュードに力が入った。
「元はと言えば、貴女達が先に仕掛けてきたのはお前達だ!! そんな謂れ無き言葉を受ける理由は無い!!」
「元々、ここは我らのトチ!! そうトトサマもハハサマもオジジも言ってた!!」
「―――ッ」
思わずアザヤが歯を軋ませる。
子供にそう教え込んで戦に駆り出すなんて。
もはや、彼女からしたら、悪魔の所業に違いなかった。
「解け!! 解け!! アタシは族長のムスメだぞ!!」
「!?」
「族長、共同体の長か」
少年が瞳を細める。
確かに身形こそ原始的であったが、今まで退けて来た男達とは違い。
臭わないし、体は汚れてもいない。
虱の類すら髪の毛には見えず。
大事に育てられてきた事が垣間見えた。
「(クェーサー。この個体の免疫機能を掌握出来るか?)」
「『……ナノマシン群体を自動生成する端末を埋め込み、体内の免疫系や幹細胞を解析していけば、数日で可能と判断』」
「アザヤ」
「何でしょうか?」
「この子の首の後ろに剣の切っ先を付けろ」
「その、何を?」
「マルティテュードの機能でも数日掛かるが、この子に内情を話させる。その為にインプ……印を付ける」
「印、ですか?」
「それを付ければ、今までの男達と同じように体だけはこちらの思うように動かせる。逃げられて、こちらの事を喋られても困るだろう?」
「……分かりました」
アザヤが頷き。
そのまま棒立ちの少女の後ろへと向かい。
蒼き剣の切っ先を首の後ろにピタリと付けた。
「な、何も話さない!! アタシは何も!!」
「構わない。数日後にはしっかりと喋っているはずだ」
「!?」
「印を付けたいと念じてみろ」
「はい!!」
アザヤが瞳を閉じた途端。
切っ先に僅かな蒼い燐光が灯り、少女の首筋から内部へと浸透、そのまま同じ色の丸い紋章となった。
その内部には薄らと電子回路のような幾何学模様が奔っている。
「これで良いのですか?」
「ああ、これで……」
チラリと少年が少女を見れば、何やら脂汗を浮かべて震えていた。
「言わない……言わない……」
ブツブツと呟いている姿にヴァーチェスが声を掛ける。
「お前の名前は?」
「アタシの名前はアージャ・エル・ヴァスファートだよ。オニーチャン♪―――?!!?」
にっこり笑顔で名前を喋ってしまった少女が答えた後、思わず口を手で閉ざした。
「重要な事はまだ無理だろうが、意識下にある喋ってもいい程度の情報ならどうにかなる。とりあえず、付いて来い。アージャ・エル・ヴァスファート」
「うん!! 分かったよ。オニーチャン!!―――?!!!!!?!」
再び、明るく応えた自分の口を思わず閉じて。
目を白黒させたアージャと名乗った少女が少年を物凄い勢いで睨んだ。
「その、ヴァーチェス様」
「何だ?」
おずおずと言った様子でアザヤが少年に訊ねる。
「この子の様子がおかしいのは今刻んだ印のせいですか?」
「ああ、体内で生成されたナノ……お前の魔術のようなものが一瞬だけ、この子の脳に規制を掛け、管理者に対して素直な反応をするように調整している」
「よく分かりませんが、それは私に対してもでしょうか?」
「ああ、まだ重要な事は喋らせられないが、これで相手の事を少しずつ聞き出せる。何が言えるかは聞いてみないと分からないが……」
「では、こほん。アージャと言ったな。お前の他にこの場所に敵はいるのか?」
「いないよ。アタシ認めて欲しくて、みんなへ勝手に付いて来たんだもん。オネーチャン♪―――!!!!?」
またまた天真爛漫な様子で答えてしまってから、慌てて再び口元を押さえ、恨みがましい視線でアージャがアザヤを睨んだ。
「これは……私がオネーチャン……」
敵である少女の素直な様子に微妙な表情をした後。
彼女が沈黙する。
「お、お前ら!! ア、アタシに何をしたぁあ!! ア、アクマを取り憑かせたな?!」
「悪魔はお前達だ……私の故郷を襲い、父を謀って殺し、街の民すら焼いた。その罪は償わせる。必ずな」
「?!」
思わずアージャがそのアザヤの表情と言葉に息を飲んだ。
家族を失った瞳に灯るのは確かな決意。
薄暗い剣呑な光だ。
しかし、すぐ子供に対して言っても仕方ない事だと彼女は思ったのか。
視線を逸らしてヴァーチェスを見やる。
「とりあえず、此処から離れましょう。仮にも族長の娘ともなれば、探す者も出てくるでしょう」
「ああ」
「お前ら!! ア、アタシをどうするつもり!! ア、アタシ達ヴァスファートに何かしたらエイゼルが黙ってないぞ!!」
「……どうして、東の国の名前が此処で出てくる?」
「?!」
慌てて自分の口を塞いだアージャが視線を逸らす。
ヴァーチェスがエイゼルとは何かとアザヤに訊ねた。
「この邦より西にある国です。食物は此処と同じで取れませんが、地理に恵まれ、交易で豊かな生活が出来る場所だと聞きます。行った事はありませんが、時折この地を通る行商人達が話をしていましたので」
チラリとヴァーチェスがアージャを見て訊ねる。
「何故、エイゼルがお前達を守ってくれる?」
「この間、トトサマがアンクトを攻めれば、エイゼルが助けてくれるってみんなに言ってたからだよ。オニーチャン!!―――!!?!? ま、また!!?」
口が軽いというか。
重要な情報に違いない事を普通に喋る少女にアザヤが嘘を言っているのではないかと疑いの目を向けた。
「これは……そうか。まぁ、そういう事もあるわけか。非合理だな」
やはり原始的だなという顔で少年が肩を竦める。
「ヴァーチェス様? この子の言っている事は本当なのでしょうか?」
「たぶん、本当だろう。ちなみに重要な事かどうかを決めるのはこの子の頭だ。つまり、この子が重要だと思う事はもっと別にある。まだ大人達と同様の共通認識が出来ていない。そう見るべきだ」
「ええと、つまり、子供だから、子供にとっての重要な事でなければ、話してくれる、という事ですか?」
「そうだ」
「では、落ち着ける場所を探して、そこで色々と聞いてみましょう」
「ああ」
「ア、アタシはもう何も喋ったりしな―――」
「付いて来い」
「うん!! アタシ、オニーチャンに付いていくよ♪―――?!!? な、なんなのもう!!」
まるで悪魔と天使が鬩ぎ合うような百面相で幼い少女がイソイソと不満そうにしながらも二人の後ろに加わった。
「ど、どうして勝手に動くの?! や、やっぱり、アクマが……」
自分の想い通りにならない体と口にアージャがどんよりした様子で肩を落とす。
そんな時だった。
ピクリと道の先。
峠の方角を向いたアザヤが瞳を細めた。
「馬が来ます。何処かに身を潜めましょう。ヴァーチェス様」
「このまま突破しないのか?」
「確かに神剣は強力な武器ですが、遠くから発見され、仲間を呼ばれてしまえば、こちらが不利です。此処はやり過ごした方が無難かと」
「……分かった」
アザヤが後ろのアージャの首根っこを掴むと自分の胸に抱いて、そのまま周囲の藪の中へと向かう。
それに続いたヴァーチェスが彼女に言われるがまま、椅子を倒し、地面に肘を付いて横になる。
すると、その十数秒後。
馬の足音と思われるものが三人のいる付近で止まった。
『見付からねぇ!! あの族長の馬鹿ムスメは何処に行きやがったんだ!!?』
道の先からの声は何処か苛立っている。
「ア、アタ、むぐ?!」
ピタリとアザヤに手で口を覆われて、抵抗出来ずにアージャが大人しくなる。
『クソッ!! まだ、美味いものがあるってのに!! 全部、食われちまう!!』
「?!」
ギリッとアザヤの歯が軋んだ。
その美味いものは全て彼女の故郷のものに違いなかった。
『おい。とにかく、砦の連中に連絡しろ。人手が足りないってな!! 族長が言うにはもうすぐエイゼルの連中が来る。それまでに見つけるぞ!!』
『ああ、エイゼル様々だぜ。あんな簡単にこのアンクトを落せるなんて、まったくもっと早くこうしてりゃぁ……』
『愚痴るな。これでこの邦はオレ達のもんだ。あの守備隊とか何とか言う連中も襤褸屑みたいに《《コイツ》》で消し炭にしてやったんだ。逃げたのだって極一部。街の連中の大半には逃げられたが、大勢だ。すぐに見付かって皆殺しさ』
『ああ、そうだな。さっさと家族を呼び寄せて、たらふく食わせてやらなきゃな』
『行くぞ。次は城砦だ!!』
『おう!!』
遠ざかっていく馬の嘶き。
少年はチラリと今まで黙っていたアザヤの顔を覗き込んだ。
「まだ、生きてる……まだッ!!」
呆然としながら、それでも喜びの方が勝ったのか。
静かに一滴、目尻から涙が伝う。
「(どういう事だ? 反応は他に無かったんじゃないのか?)」
「『現在、周囲150km圏内に共同体アンクトの構成員と思われる生体反応は確認出来ず』」
「(……捜索条件は?)」
「『地表の全領域及び河川内部』」
「(可能性があるとしたら、地下か)」
「『現在撒布されているナノマシン群体によってヴァスファートが占領する街の周囲を地下まで再探索……地域一帯の岩盤内部に複数の空洞と地下水脈を検出。内部の二酸化炭素の増加を確認。熱源を確認。生体反応430人分を確認。共同体アンクトの構成員であると推測』」
「アザヤ」
「は、はい。何でしょうか!? ヴァーチェス様!!」
振り返った少女が横になって頬杖を付いている少年を前に涙を拭った。
「お前の故郷の人間を見つけた」
「―――そ、それは本当ですか!!?」
「虚偽を報告する必要が無い」
「す、すみません!!? で、では、何処にいるのかお分かりなのですね!?」
「地下だ」
「地下?」
「ああ、今其処に行く道を探している。このまま街に向かうか? それとも地下に向かうか? どちらにする」
「そ、そんなの……!?」
決まっていると言おうとして、アザヤが何かに気付いた様子でグッと拳を握った。
「―――全員が無事でしょうか?」
「生体反応。いや、怪我をしている者はいそうだが、今のところ死にそうな者はいない」
「では、このまま街の方へ向かいましょう」
「いいのか?」
「今、其処は見付かっていない。そして、私がしなければならないのは母上の胸で泣く事ではなく。このアンクトの地を護る事です。父上が亡くなった以上、その娘である私が立たねば」
「分かった」
「お、お前ら!!? ト、トトサマ達をどうする気だ!! ア、アタシにしたようにアクマを取り憑かせるつもりだな!?」
二人のやり取りを見ていたアージャが思わず立ち上がった。
「そうだ。お前達が二度とこの地に踏込めぬよう。この神剣で追い出す」
ザッとマルティテュードを握り占め、柄を地面に付いたアザヤに幼い少女は気丈に振舞っていたが、その瞳の端に涙を溜める。
「―――モトモト!! お前らが悪いんだ!! トトサマが何度も食料を分けたら、襲わないってテガミを送ったのに!! 全部、断って!!」
「お前達に分ける食料があったなら、まずは自分達が餓えない為に使う!! そもそも、何度となくこの場所へ攻め入ってきた者に食料を分ける等と考えるわけがない!! お前達は自分を襲う人間が食料を出せば、襲わないと言って信じられるのか?!」
「ッ」
ウルッと来た様子でアージャが俯いた。
正論だと理解したらしく。
それ以上の反論は無かった。
しかし、それで何が納得出来たわけでもないのは歪んだ表情からアザヤにも推し量れて。
「私はお前のトトサマとやらを必ず、この邦から追い出す。だが」
今にも落涙しそうなアージャに静かな声が掛かる。
「餓える者に施しを与えろと教会も言っている。餓える辛さは私にも分かる……だから、もし、私がこの地を治める時になったら、その話を必ず受けよう」
「―――」
「私はお前達ヴァスファートを許さない。父上を、城砦にいた者達を、あの子を、街の者に手を出した事は必ず後悔させる。だが、お前達に二度と我が邦を攻めさせるという選択肢を与えるつもりもない。覚えておけ」
二人のやり取りが終ったのを見計らって、少年が倒れた椅子ごと立ち、そのまま浮遊した。
「話が終ったなら、行こう」
「はい。ヴァーチェス様」
そうして、彼らは峠を超え、その先の森で一夜を過ごす事となった。
昼間の一件から大人しく黙りこくった幼い少女と共に………。




