光の勇者、襲来
「俺は、あの紙に血を垂らすことができない……!」
「え、えぇ!? じゃあ、どうするんですか……?」
なかなか血を垂らさないアルバートに、守衛はどうかしたのかと不思議な表情を浮かべる。
「ん? ……ああ、そうか。嬢ちゃんを背負ってるから手が空かないんだな。気が付かなくて悪かったな、今椅子を持ってくるから少し待っててくれよ」
理由を勝手に自己解決した守衛は、おでこをぺしんと手で叩くと、椅子を持ってくるべく奥の部屋に引っ込む。
「……今の内に、詠唱をして魔法で軽く洗脳してやり過ごすか」
「うぅ、まさかの所で躓きましたね……」
守衛が居ない間にアルバートが魔法の詠唱を済ませる。やがて椅子を抱えてでてきた守衛に、その双眸を向けると魔法を解き放った。
「カースブレイン」
アルバートから守衛に向かって無数の影が伸びる。やがてその影が守衛の頭部に収束すると染み込むようにして消えていった。
「おーい、椅子持ってきた、ぞ……っと、なんで椅子を持ってきたんだったか。よし、特に問題なかったから通っていいぞ!」
「ああ、悪いな。さて、それじゃあ行かせてもらうとするよ」
「ああ、あいつらはこっちできっちりやっておくから心配するなよー」
守衛の人の良い笑顔を背後に、アルバート達は部屋を後にするのであった。
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シンシアの街に入って数十分、アルバートはエミリーが宿泊していた宿の一階で、部屋に着替えに戻ったエミリーを待っていた。
どうやら、二階が宿泊施設になっている宿のようで、一階は食堂兼酒場のような感じで経営されている。まだ昼時を回って3時間程度だと言うのに、もう飲んだくれている客がいるということはあまり治安がよろしいとは言えない宿のようだ。
まだ目覚めたばかりで金の類をまだ持っていないので、特に注文をする事無く椅子に腰かけてエミリーを待つこと数分。着替え終わったらしいエミリーが階段から降りてくる。特徴的なとんがり帽子とローブは部屋に置いてきたようで、青を基調としたゴスロリに身を包んでいる。歩くたびに揺れる銀の長髪が眩しく、酒場で飲んだくれている客の目を引き付ける。
「案外早く帰ってきたな。女性というのは着替えに時間をかける生き物だと聞いていたが。」
「まぁ、その。靴下と下着を変えてきただけですしね。……それで、アルバートさんはこれからどうするんですか?」
エミリーは、そういえばアルバートと一緒に街に帰ってきたのは森からの帰還の護衛をしてもらっていただけで、流れで宿屋まで着いてきてもらったけど別に待っててもらう義理は無かったなぁ、と思うと、少し申し訳なさそうにこれからの予定を尋ねる。
「ああ、俺は――」
「おいガキ!昼間っから女侍らせるなんて良い度胸じゃねえか!」
「……この世界に神がいるとするならば、そいつはきっと俺の言葉を遮るのが生き甲斐だな」
アルバートがこれからの予定を話そうとしたところで、先ほどからエミリーに熱い視線を向けていた酔っ払いの一人が大声を出しながら近寄ってきた。はぁ、とアルバートは溜息を零すと、とりあえず無視を決め込むことにした。
「あ、だめですよアルバートさん! 溜息を一つつく度に幸運は逃げていくんですから。ほら、笑顔笑顔」
どうやらエミリーも無視を決め込む事にしたのか、酔っ払いには目もくれていない。……数時間前までのエミリーならいざ知らず、トロールを前にして半ば無理やりに精神が鍛えられたエミリーはこの程度の酔っ払い程度どうってことは無いようだ。
「おい、無視してんじゃねえぞガキ! ……あ?それともあれか? びびって声も出やしねえってか! おい嬢ちゃん、こんなガキ放っておいて俺たちと遊ぼうぜ!」
酔っ払いがどうあがいても三下なセリフと共に下品な笑い声をあげる。アルバートとしては、別にエミリーを置いて宿から出て行っても特に問題は無いのだが……チラッとエミリーに視線を向けると、ニコニコとした表情をアルバートへと向けていた。別にこの状況をなんとも思っていない……と、言うよりかは、アルバートさんならこれくらい片手間で捻じ伏せられますよね! といった思念が伝わってくる。
アルバートとしては、余計な面倒事はごめんなのだが。……まだ、エミリーから今の時代の通貨や一般的な物の価値、宿や食事の相場など、今の時代で生きていくのに必須な要項を聞いていない。それに、ヴィルヘルムも女性には優しくしておけと言っていたしなと心の中で呟くと
「悪いな、こいつは俺が先約済だ。酌が欲しいなら他を当たってくれ。まぁ、幾ら金を積んだ所でそんな物好きいるとは思えないがな」
とりあえず、盛大に喧嘩を売っておくことにした。
「んだとゴラァ!」
アルバートの言葉に青筋を浮かべた酔っぱらいは感情のままにその拳をアルバートに叩きつけようとして
「そこまでだ!」
横合いから伸びてきた剣の腹にその拳を止められた。
「ッ誰だてめえ!」
殴ってきたらその腕を取って投げてやろうと思っていたアルバートは少々呆けると、その剣が伸びてきた方を見やる。そこには、なんとも勇者然とした白銀の装備に身を包んだ男がこちらに剣を突き出して立っていた。
「昼間から婦女に暴行を働こうとするその精神、誰が見逃してもこの僕が許さない!」
その男……仮に勇者君と呼ぼう。その勇者君は酔っ払いに啖呵を切ると、そのまま剣を酔っ払いに向け、エミリーに微笑みかける。
「大丈夫でしたか、お嬢さん。僕が来たからにはもう心配いらないですよ」
エミリーは何が起こっているのかわからないといったように、ぽけーっと勇者君を見ているが、どうやら勇者君はそれを自分に見惚れていると勘違いしたのか、さらに啖呵を切る。
「さぁ、僕と勝負です! これでもAランク冒険者、泣いて謝るなら今のうちですよ」
「お、おい。今あいつAランク冒険者って……」
「あ、あの鎧、あの剣……あいつ、光の勇者、ハルベルトじゃないか……!?」
勇者君……ハルベルトの言葉に、周りで見て見ぬふりをしていた飲んだくれ達がざわつき始める。どうやら、それなりに名前の知られている人物のようだ。
「ふざけんな、このガキがぁぁぁ!」
しかし 酔っぱらっていて正常な判断ができないのか、酔っ払いの男はハルベルトに向けて拳を振り上げる。
――結果から言うと、ハルベルトの圧勝だった。酔っぱらいの攻撃を搔い潜り、剣の腹を酔っ払いの側頭部に叩きつけて一発KO。さすがAランクの冒険者である。ハルベルトは酔っ払いが気絶した事を確認すると、剣を収めてエミリーの傍へと傅く。
「もう大丈夫ですよ、お嬢さん。怪我は無いですか? 」
「え、えぇ、はい……おかげさまで?」
エミリーは未だに何が起こってるのか理解が追い付かないのか呆けている。その様子ををまた自分に見惚れていると勘違いしたハルベルトはエミリーの手を取り
「そうですか、あなたのような可愛らしい人に怪我が無くて良かった。……良ければ、名前を教えてもらってもいいですか?」
「え、ええと、エミリーです」
「エミリー、いい名前だ」
取ったエミリーの手に、口づけをした。
「ッッッ!?」
瞬間、エミリーの背筋にぞわっとした感覚が走る。ようやく自分が口説かれていると理解したエミリーは、目の前の人物、Aランク冒険者ハルベルトの評判を思い出す。
曰く、甘いマスクとその強さで何人もの女性を落としてきただとか、曰く、勇者然としているのは格好だけでは無く自分が正しいと思ったことを妄信する癖があるだとか、曰く、そのパーティーは勇者以外は女性で構成されているだとか……強さは本物だし、その紳士な姿勢は女性に評判もいいのだがそれは甘いマスクが伴っての事であり、何かといい噂は聞かない。
それに、エミリーはそんな日夜女性を口説いているハルベルトにいい感情は持っていなかったのか、アルバートに目線で助けを訴えかける。
アルバートは、また新しい面倒ごとがやってきたと溜息をつくと、しょうがないので助け舟を出してやることにした。
「あー、ハルベルトとやら。そろそろ連れを解放してやって欲しいんだが」
「……君は自分が恥ずかしくないのか。エミリーをあの暴漢の魔の手に晒して……今もこんなに震えているじゃないか!」
(今震えているのは、お前のせいだろうに……)
そうは思ったが、それを直接言うと逆上しそうなので心に留めておく。
「あの程度の酔っ払い、なんとでもできた。無駄な労力を割かずに済んだ事には感謝しているが……それより、連れがそろそろ本気で嫌がっている。とりあえず、その手を放してもらおうか」
「どうやら、君とは会話が成り立たないようだな。エミリー、僕と一緒に行こう。僕はAランク冒険者だ、僕と一緒にいれば今みたいな目には合わないと約束するよ」
はぁ、とアルバートはまた一つ溜息をつく。とうとう面倒くさくなったアルバートは、守衛のように洗脳でもしてやろうかと詠唱しようとするが
「い、いえ、その、間に合ってますので、とりあえず手を放してください……」
「……さては、この男に脅されているんだな。可哀そうに、こんなに震えて……おい、お前! 僕と決闘だ! 僕が勝ったら、エミリーを解放してもらう!」
ほう、とアルバートが目を細める。なんと向こうから実力行使を申し込んできたのだ、アルバートとしては余計な手間が省けるので両手を挙げて乗りたいところだが、もう少し手間に見合った報酬をもらおうと考えると
「構わない。だが、お前が俺に負けた場合はどうするんだ?」
「僕に勝つつもりなのか? 夢を見るにはまだ早い時間だぞ? ……万が一にも僕が負けた場合は僕の全財産でもくれてやる!」
「乗った。さぁ、剣を抜け」
思った以上に報酬が大きくなった事にアルバートはにやりと笑うと、椅子から立ち上がってハルベルトと対峙する。ハルベルトもエミリーの前から立ち上がり、剣を抜くとアルバートに対して構えを取る。
「相手の武器を折るか、相手に参ったと言わせた方の勝ちだ。さぁ、お前も剣を抜け!」
「俺はこのままで構わない。まぁ、手加減というやつだ。さ、どこからでもかかってきていいぞ」
剣を抜かないアルバートに剣を抜くようにハルベルトが促すが、アルバートはそれに挑発で返す。
「ふざけた真似を……行くぞ!」
ここで意地でもアルバートに剣を抜かせていれば、結果も少しは違ったモノになったかもしれないが、ハルベルトは挑発にのりそのままアルバートに斬りかかってしまった。
踏み込みは鋭く、剣筋はぶれずにアルバートを捉えている。その攻撃は人間にしては目を見張るものではあるが――まだ、遅い。
アルバートは、自身に向かってくるその白刃を視認すると、長剣を抜き放ち神速の抜剣術をもってその刃を切断し、そのまま長剣をハルベルトの首筋に突きつける。
しばし辺りを静寂が支配し、一泊を置いて斬り飛ばされた刃が床に刺さる音が響く。
「……少しは強いと言えど、所詮はこの程度、か」
勇者と最強の吸血鬼の決闘は、その強大な吸血鬼の力の前にものの数秒で幕を閉じたのであった。
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