血判紙
色々と立て込んでしまい、更新が遅くなりましたぁ!(土下座)
「うう、もうお嫁にいけません……」
「その言い方だと、俺が悪いように聞こえるんだが」
現在アルバートは、エミリーを背に負って浮かせたハルト達を先行させながら森の木枝の上を飛ぶように移動していた。歩く速度をエミリーに合わせなくて良くなったため、後数分もすれば森の外に出るだろう。
あれから、何があってこうなってるかと言うと……エミリーの濡れてしまった下着や靴下を脱がせてやったり、エミリーが水魔法で洗濯している間に目を覚ましそうになったハルト達を慌てて物理で再び眠らせたり、色々な……そう、色々な紆余曲折を経て今に至る。
素足を晒して長いローブを精一杯体に巻き付け、顔を真っ赤にしてアルバートに背負って欲しいと懇願するエミリーは庇護欲を誘い、アルバートをして魔力で浮かべて運ぶのではなく直接背中に負って移動させるだけの力があったとかなんとか。
「なぁ、そろそろ地図によると街沿いの街道に出る筈だと記憶しているんだが、まだ歩けないのか?」
「無理です。絶対無理です。ローブとスカートを抑えるので精いっぱいです。」
エミリーが更にアルバートの背中にしがみつく手に力を入れる。意地でも降りないつもりらしい。
「そうは言ってもだな……背負われている方が恥ずかしいんじゃないか?」
「不意の風でスカートが捲れたり、転んでスカートが捲れたりする方が圧倒的に恥ずかしいです。いいんです。私の事はこのままで放っておいてください……」
不貞腐れて顔も埋めてしまったエミリーにアルバートはやれやれと頭を振る。さすがに街についたら降りるだろうと、そう思いながら。
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特に事件も起こらず、二人とその他三人はのんびりと街道を進み、街の門前に到着していた。基本街に備えられている防壁や門は、モンスターの侵入を防いだり商人が入る際に税をかけたりするだけの役目のためそれなりの大きさしかないが、今アルバートが目にしている街の防壁や門は城壁もかくやと思わせる防壁にに、巨大で堅牢な門を持っていた。
「さぁ、つきましたよ!ここが……」
「最前線守備都市、シンシア。」
「そう、城壁の街シンシアです!……最前線守備都市?」
少し元気が戻ったのかそれとも吹っ切れたのか、エミリーが元気よく街の名前を答えてくれる。が、しかしその前にアルバートが答えた最前線守備都市という言葉にエミリーは疑問を覚える。
「ああ、いや、なんでもない。千年前からこの街はあったから、懐かしくてつい、な。」
と、いうのもこのシンシアという街。千年前に人間が吸血鬼に対抗するために作った街なのだ。外から吸血鬼を入れず、中から吸血鬼を逃がさずといったコンセプトで作られたらしい。そこからつけられた名前が最前線守備都市シンシア。実際に効果があったのかと言うと、吸血鬼たちも防備が固められている街よりも村にでも行った方がいいと考えていたため、シンシアには近寄らなかったので有ったと言えば有ったのだろう。
エミリーだけなら冒険者としての身分証明があるので普通に入れるのだが、アルバートは生憎そんなものは持っていないので入街手続きのある入り口から入る必要があるためそれなりに時間がかかる。それに、ハルト達を衛兵に突き出してギルドに連行してもらうためにも被害者であるエミリーにも一緒に待っていてもらっているのだ。なので、そういった事や吸血鬼について、街に入るための手続きの為の列に並んでいる間にアルバートは暇つぶしを兼ねてエミリーに話していた。普段は無口であるアルバートも、会話が嫌いというわけでは無く、エミリーはいちいち大げさに反応を返してくれるので話していて楽しかったのかつい色々と昔の事を話してしまう。
「へぇー、昔は人と吸血鬼は仲が悪かったんですね。私、学校では数百年前は人と吸血鬼が共存していたと習ったので、なんか新鮮です。」
「ああ、吸血鬼はその生命と魔力の維持に人間の血を吸う必要があるからな。と、言っても生命と魔力の維持だけなら年に数回、少しだけでいいんだが……いくら吸血鬼の絶対数が少ないとは言っても、それなりには居たんだ。そいつらが定期的に血を吸いにくるのが恐怖だったんだろう。それらが自分たちより強大な力を持っていれば、猶更な。俺としては、そこらへんにどう折り合いをつけて共存していたかのほうが気になるんだが。」
「さぁ、あまり詳しくは習っていないので……たしか、血は罪人のモノを提供していたとか習った気がします。……はっ、まさか洞窟で私の血を吸ったのは生命の維持のためで、別に吸血鬼かどうか証明するためってのは建前だったり……!」
エミリーがきゃいきゃいと騒いでいると、目の前で検閲と関税を支払い終えた商人が街の中へと入っていき、アルバート達の番になる。手続きは門の中に備えられている部屋で行われるのだが、その中に入る前にハルト達の魔法の拘束を解いておく。
守衛の兵士は気絶しているハルト達に驚くものの、中で事情徴収をすればいいかとアルバート達を中へと促す。それに従い、アルバートはハルト達を引きずって部屋の中へと入っていった。……エミリーは、未だに背負われたままだった。
「さて、こっちに並んで居たということは冒険者じゃ無くて、この町の人間でも無いってぇ事だな? なら、入街のために書いてもらう書類とかがあるんだが、その前にまず……」
守衛の視線が、アルバートから地面に転がるハルト達へと移される。守衛が目でアルバートに、そいつらはなんだと問いかけると
「ああ、こいつらは……」
アルバートは守衛に、ハルト達がエミリーに襲い掛かって不当に奴隷にしようとした事を、多分に偽りを含めて、情を誘うように説明する。と、いうのもエミリーがハルト達に襲われた事は正直に話して問題ないのだが、どこからアルバートが現れたのか、等をごまかす必要があったからだ。……それに、エミリーが今背負われている理由も、足が負傷してしまっていると誤魔化せる。
そんなエミリーですらその厚顔さに恥ずかしくなってアルバートの背中に顔を埋めてしまうような話で、しかしその顔を埋めたのが恐怖を思い出してしまったのかと守衛に勘違いを起こさせた事もあり、守衛は感極まり涙を腕で拭うと入街のための書類を机の上に置いた。
「大変だったんだなぁ、嬢ちゃん……!よしわかった、こいつらは責任をもってギルドの方に突き出しておこう。証拠品の隷属の首輪もあるしな。それじゃあ、ちゃっちゃとこの書類に名前とかを書いちゃってくれ。俺はちっとこいつらを奥に運ぶから、戻ってくるまでは待っててくれよ。」
そういうと、守衛はハルト達を拘束し部屋の奥の扉の向こうへと引きずって行ってしまった。その背中を見てアルバートはにやりと笑うと、書類を書き進めていくのであった。
「エミリーは身分証明のための冒険者カードとやらがあるから、この書類は書かなくていいんだよな?」
「はい、大丈夫です。それより、さっきの話でいたたまれないので早く書き上げちゃってください。そして早くここを出ましょう。」
そんなエミリーにアルバートはやれやれと肩を竦めると、書類に名前以外の先ほどの話の中で偽造した情報を記していく。
書類が書きあがって暫くすると、先ほどの守衛が一枚の紙と共に戻ってきた。
「もう書きあがっていたのか、悪いな、待たせてしまって。さて、話によると、兄ちゃんは旅人だろう? 悪いんだが、血を控えさせてくれ。なぁに、一応犯罪歴があるか無いか確認するだけだ」
守衛が机に血判紙を置く。……そう、『人間』の血を保存する血判紙を。そして、アルバートは血判紙を知っていた。何故なら、今でこそ血を保存する為のみに使われているが、遥か昔、千年前のその用途は別の用途があったからだ。即ち、人と吸血鬼の判別。血判紙は人の血なら問題なく保存するが、人間以外の血を垂らすと保存されないという特性を持ち、文字通り、血で人か吸血鬼かの判を下す紙だったのだ。
「……まずいぞ、エミリー。」
アルバートは、小声で背負っているエミリーへと話しかける。
「……? どうかしたんですか? ああ、血判紙の使い方がわからないんですか。あれは、ナイフで指に傷をつけて血をその紙の上に……」
「違う、そうじゃない。あれは、あの紙は……血判紙は、人と吸血鬼を見分ける紙だ」
「え……?」
「俺は、あの紙に血を垂らすことができない……!」
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