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真祖たる吸血鬼の力

設定的に、ここからかなり変わると思います。

やっぱりエミリーにはひどいことをしました。

後悔はしていません。

 洞窟を後にしたアルバート達は、森の中を特に苦もなく進んでいた。

 ハルト達はアルバートの魔法によりぐっすりと眠らされているので起きる気配はなく、街までの道程も、アルバートが封印されていた洞窟は森の奥深くに位置していると言えども、もともとエミリーだけでも十分に対処できる程度の強さのモンスターしか出現しないのでアルバートにかかれば散歩するのと変わらない労力で踏破できてしまう。先ほどから剣を抜くのも億劫になったのか、アルバートは徒手空拳でやけに襲い掛かってくるモンスターを撃退する。


「ハルトさん達を倒した時から思っていましたが、アルバートさんってもの凄く強いですよね……吸血鬼というのは皆さんそんなにお強いのですか?」


 エミリーは、先ほどからやけに襲い掛かってくるゴブリンやウサギのような姿をしたモンスターから売れる部位や魔石を回収しながらアルバートにそんな事を訊ねる。この魔石というのは、モンスターが体内に蓄える魔力が結晶となったもので、様々なモノの動力源になったりする。しかし、アルバートはそれに興味がないのか、そのままほっぽっておくので、先ほどからエミリーが全部回収しているのだ。


「ん?ああ、別に吸血鬼全員が強いかと言われるとそうでは無いが……いや、平民級の吸血鬼でも人間よりかは強いか。」


「平民級?」


「吸血鬼も、何も全員が戦闘に特化しているわけではなくてな。戦闘能力によって区分みたいなモノで分けられているんだ。一般的な吸血鬼の能力を持っている者達を平民級、戦闘に特化した能力を持つ者を貴族級、その中でもさらに強い力を持った者を王級と分けている」


 普段は饒舌でもなんでも無く、むしろ不愛想なアルバートが面倒くさがるでもなく質問に答える。先ほどから襲い来るモンスターを捌いていく単純作業に飽きてきたのか、千年も封印されていたせいで話相手に飢えていたのか、はたまた両方か。


「へぇー、冒険者ランクみたいなものですかね。」


「冒険者ランク、というモノがどういうモノかは知らないが、ランク付けという意味では近いのではないだろうか。」


「ふむふむ。ちなみに、アルバートさんは何級の吸血鬼なんですか?」


「ああ、俺は級位というよりも……」


「GYAOOOOOOOOOOOOO!!」


アルバートの言葉を遮るように、モンスターの咆哮が響く。その咆哮は、今までに遭遇してきた体躯の小さいモンスターが出せるようなものでは無く、何か巨大なモンスターが近くに迫っている事を示していた。


「この咆哮は……まさか、トロール!?そんな、なんでこんな所に……」


 トロール。巨大な体躯を持つ、人とゴブリンを融合させて、その大きさを100倍にしたような姿をしているモンスターだ。ゴブリン等の駆け出し冒険者が相手にする下級モンスターしかいないような場所に時たまふらっと現れるためゴブリンの突然変異体とも言われており、ゴブリンが居る土地に一定以上の魔力が溜まるとゴブリンが変異してトロールになるとも言われている。そして、逃げ遅れた駆け出し冒険者の命を軽々と摘み取っていくその姿から初心者殺しとの異名も付けられる程に、ゴブリンの戦闘能力とトロールの戦闘能力とは天と地程の差がある。エミリーでは間違いなく歯が立たず、人類の戦力、その最高峰に近いAランク冒険者でようやく討伐できる、トロールとはそれ程の強さを誇るのだ。


「に、逃げましょうアルバートさん!ハルトさん達を囮にして!迂回してやり過ごしましょう!」


 アルバートは、トロールが現れたことよりも、エミリーが逃げようと言っていることよりも、なによりも……咄嗟にハルト達を囮にしようと言う発想ができるエミリーに関心していた。なるほど、この子意外と大物だな、と。


「そうは言ってもだな。地図に書いてあった近くの街までの最短ルートは、この道だろう?」


「それは、そうですが……」


「なら、わざわざ迂回するまでも無い。このまま進むぞ。」


「な、なに考えているんですかアルバートさん!いくらアルバートさんが強いとは言っても相手はトロールなんですよぉ!」


 迂回しようと提案しても、問題ないこのまま進もう、という態度で歩みを進めるアルバートにエミリーは既に涙目だ。というのも、この世界の人間は生まれた時からトロールの恐ろしさについて聞かされて育つ。やれその拳は大岩を砕くだの、やれその巨躯は地面を割るだの、これでもかとトロールの脅威について刷り込まれているのだ。だから、勝てるわけがない、逃げようと声を大にするのも無理はないが……アルバートはその歩みを止めようとしない。


「アルバートさん!……もう、どうなっても知りませんよぉ!」


 エミリーは、アルバートが何を言っても迂回をするつもりがない事を感じ取ると、今ここでアルバートから離れて一人で森を移動した場合にトロールと遭遇してしまった時のリスクと、今ここでアルバートについていくリスクを考え……る事などはせずに、アルバートが行くならしょうがない、いざとなったらハルト達を生贄にしようと心に決めて……進行方向の天高く、背の高い木々の葉の切れ目から覗くトロールの目と、視線が嚙み合った。


「ふぇ、ふえぇ……」


 情けない声と共に、エミリーの下半身が弛緩しその場にへたりこんでしまう。アルバートが行くならと決心したものの、実物と遭遇した瞬間、その決意より圧倒的な恐怖の方が勝った。ハルト達を生贄にして逃げようという考えもどこかへと消えてしまい、ただ、その場で震える事しかできない。そんなエミリーをアルバートは横目でちらと見ると、はぁ、とため息を一つついてトロールと向き直る。


「エミリー、何をそんなに怯えているのかしらないが……」


 トロールは、逃げ出さないアルバート達を見て格好の獲物だと思ったのか、口元に嗜虐的な笑みを浮かべる。GYAOOOOOOOO!!と雄叫びをあげ、その巨大な両の腕をアルバートに向けて振り下ろすべく、頭上に構える。が、アルバートは一言「うるさい」と呟くと――視認できない速度で飛び上がり、その腰に掛けた長剣を抜刀し、トロールの腕を斬り落とす。その斬撃は、あまりにも鮮やかで、あまりにも素早かった。一拍おいて、トロールの関節から先の腕が、ズル……と滑り落ちる。

 アルバートは、その腕を足場にもう一度高く跳躍すると、二振り目の長剣を抜刀し、トロールの首を跳ね飛ばした。トロールにとって幸運があったとすれば、その腕を斬り落とされたと理解する時間すらなく首を跳ね飛ばされたことで、痛みを感じる間もないまま、その意識を刈り取られたことだろう。


「俺は、王級吸血鬼。さらにその中でも強大な力を持った7体の、真祖と呼ばれる吸血鬼の一角だ。その力は通常の王級吸血鬼数百体と同等と言われた、言うなれば……種族最強の吸血鬼だ。」


 

 空中で一回転し長剣を鞘に納めると、音を立てることなくアルバートが地面へと降り立つ。それから少しの間をおいて、空中をくるくると舞っていた、エミリーの身長ほどもあるトロールの首が、ズシン、と凄まじい衝撃を伴って地面へと叩きつけられる。

 

「トロール如き、少し大きいゴブリン程度にしか思わんよ。」


 その衝撃は、地面を伝わってへたりこんでいるエミリーへと伝わる。目の前で一瞬の内に繰り広げられた戦い……いや、一方的な処理に目を疑い、ごしごしと服の袖で目をこする。そんなエミリーの仕草が可笑しかったのか、アルバートは微笑を浮かべると、再びトロールへと向き直り、その切断面から際限なく噴き出す血を止めるべく、魔法を詠唱する。


「『昏き炎よ、夕暮れに沈みし彼の身に罰を』 ダークフレイム」


 アルバートが魔法を詠唱を終えると、黒い色をした炎がトロールの傷口を焼いていく。やがて、切断面が完全に焼き固められると、その体から噴き出す血は止まり、辺りには血だまりとしんとしずまりかえった静寂が生まれる。

 いやというほど襲ってきた魔物たちの姿も、もう見えない。


「さて、立てるか?」


 アルバートは、全てが終わって尚へたりこむエミリーにその手を差し出す。しかし、エミリーはその手を取ることはなく……


「え、ええと、その。腰が抜けてしまって……体が言うことを聞かないといいますか、震えて動けないと言いますか……」


「なんだ、背負えばいいのか?」


「いえ、それもそうなんですけれども、その、その前にしなければいけないことがあるといいますか……」


「……エミリー、お前まさか。」


「う、うぅ……」


女の子座りでへたり込んで、辛うじてスカートを抑えるエミリー。その足元には、綺麗に水溜まりができてしまっていた。


「体、震えて動かなくて、でも、ぐしょぐしょで凄く気持ち悪くて……」


後に、アルバートは語る。その時のエミリーの顔は、血液よりも、なお紅く、羞恥で染まっていたと。


「脱がせて、くれませんか……?」


エミリーは涙で潤んだ瞳で、そんな事を口走ったのであった。

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