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欲望の罠

美少女魔法使いとクズとごみ掃除の書き直し、後編

「ハァッ!」


赤髪の男が、大上段に振りかぶった剣をゴブリンの頭に叩きつける。しかし、剣の質が悪いのか、それとも男の技量が悪いのか切断には至らずそのままゴブリンを力任せに後ろへと吹き飛ばす。


「エミリー!」


「はい!……『氷槍よ、彼の身を穿て』!アイスランサー!」


詠唱を経て、エミリーの前に一本の氷の槍が出現する。そのまま氷の槍は寸分違わずゴブリンへと吸い寄せられるように飛翔し、その身を貫いた。斬撃を弾いたゴブリンも、これにはたまらず絶命する。

ゴブリンが動きださない事を確認すると、赤髪の男は剣を鞘に納め一息をつく。


「やるじゃないか、エミリー。ゴブリンを一撃だなんて。」


「いえいえ、ハルトさんが先にダメージを与えておいてくれたおかげですよ!」


お互いがお互いを褒めあうほんわかした雰囲気の中、別のゴブリンを担当していた青髪の剣士と弓使いが戻ってくる。


「エミリーが入ってくれて助かってるよ、前までは三人で一体だったからなぁ。」


「ああ、やっぱり魔法って凄ぇな。」


「えへへ……クレスさんにカイトさんまで、それ程でも無いですよー。」


 エミリーが無事に冒険者登録を終えた翌日、エミリーをパーティーに迎えた三人と一緒に近くの森にゴブリン討伐に来ていた。ゴブリンは知能が低いため群れを作って移動している事が少なく、尚且つ広い森で他の冒険者と同じゴブリンの取り合いになることも少ないので駆け出し冒険者にはウマい魔物なのだ。


「ふぅ、もうすぐお昼だし、そろそろ休憩にしようか。いい洞窟を知ってるんだ、そこまで行って休もう。」


「はい!」


初めての冒険、初めてのパーティーで自分の役目を果たすことができて、尚且つ褒められて浮かれていた、というのもあるだろう。


エミリーは、言葉の違和感に気が付くことは無かった。


四人が洞窟へ向けて歩くこと十数分、そこには、崖に隠れるようにして洞窟の入り口が四人を飲み込むようにして広がっていた。


「ほえぇ……こんな所洞窟があるなんて知りませんでした……」


「俺達がこの森で活動するに当たって見つけた洞窟だからな!まだギルドにも報告してないんだ。奥には巨大な氷塊があって、洞窟自体がひんやりしてて気持ちいいんだぜ。」


「さ、入った入った!」


「わ、押さないでくださいよー!」


ハルトが先頭で入っていくと、後に続くように弓使い――カイトが入っていく。その後ろを、エミリーが青髪の男――クレスに背中を押されて入っていく。後には、小鳥の囀りと木の葉の揺れる静寂のみが残るのであった。







洞窟に入って、まずエミリーの目に映ったのは、薄暗い洞窟の壁に夜空に散らばる星のように輝く輝石の大群だった。輝石というのは魔石の一種で、内に蓄えた魔力を光に変換する機能を持つモノの事を指す。高価な物では無いが、壁一面に埋まるこれらを集めれば一財産にはなるであろう埋蔵量だ。


「わぁ、凄いですね!こんなにたくさんの輝石が……私、初めてこんな景色見ました!」


目の前に広がる幻想的な景色に、思わず一歩踏み出して辺りを見回すエミリー。休憩の為に寄っているということを忘れてはしゃぐその姿は少女そのものである。……事、ここに至るまで、ついぞ男達の黒い欲望に気が付くこと無く。


「そうか……それはよかった、なぁ!」


「ひぅッ!?」


唐突にエミリーは右足に痛みを感じ、そのまま杖を抱くように地面に倒れこむ。何事かと後ろを見れば、そこには剣を振り下ろしたハルトに、その後ろで剣を構えるクレス。矢を弓に番えてこちらに向けるカイトが洞窟の入り口を塞ぐように立っていた。


「み、皆さん……?何をしてるんですか……?」


 エミリーは、ズク、とした痛みを感じ、足をチラと見ると、切り裂かれた服の下から血が流れている。ローブのせいで距離を見誤ったのか、腱までは傷が達していないようだ。


「これ、なーんだ。」


頭の中で、混乱しながらも漸く自分が斬られた事に気が付いたエミリーがじりじりとハルト達から距離を取っていると、ハルトが腰にぶら下げている道具袋から、首輪のような輪っかを取り出した。


「れっ、隷属の首輪……?なんでそんな物を持ってッ!?」


「知り合いが奴隷商でな……へへっ、こいつで何をするつもりなのか、さすがに鈍いエミリーでもわかるよな?」


ハルトは下卑た笑いを浮かべ、舌なめずりをしながらエミリーとの距離を詰めるべく一歩踏み出す。ひっ、と小さな悲鳴を上げ、立ち上がろうとするエミリーのすぐ横にカイトが構える弓から放たれた矢が突き刺さる。


「もう少し手こずるかと思ったが……バカな娘で助かったぜ。こんな所までホイホイと着いてきちまうんだからよぉ」


「ハルト、お喋りはその変にしてやることやっちまおうぜ」


「ああ、そうだな。おいエミリー、ここは森の中でも特に人がこないエリアだ。助けなんて呼んでも来やしねえ。大人しく……ッ!?」


「『氷槍よ、彼の身を穿て』!アイスランサー!」


ハルトがよく回る口を動かしている隙をついて、エミリーが魔法を詠唱する。現出した氷の槍はハルト目がけて飛翔するが……その体を貫かんとする直前で、油断なく構えていたクレスの盾に防がれ、叩き落される。


「おい、油断するなよ。」


「チッ、わかってるよ。おい!大人しくしてれば痛い目にはあわせないでやる!抵抗すんじゃねえぞ!」


「ひぅッ」


苦し紛れに、恐怖を飲み込むように放ったアイスランサーが叩き落されたと同時に、そのか細い心も折られてしまった。自分では勝てない、そう理解してしまったエミリーはできるだけ遠くに離れようと、転がるように洞窟の奥目掛けて走り出す。


「チッ…カイト、撃つんじゃねえぞ。どうせ洞窟の奥は行き止まりだ。そこまで追いつめて……ヒヒヒ。」


男の下卑た笑いを背に、エミリーはひた走る。途中、めちゃくちゃに背後へ魔法を放っていたが、すべて壁や地面に当たり消滅した。


そんな逃走劇は、僅か数分で終止符を打たれることとなる。洞窟は一本道で、途中に隠れることのできる場所もない。となれば、結論としてたどり着くのは、洞窟に入る前にハルトが言っていた、巨大な氷塊のある部屋。即ち行き止まりである。


「行き……止まり……?」


狭い洞窟の通路を走り抜け、不意に開けた視界に一瞬安堵するものの、それはすぐに絶望へと変わる。開けた空間には、巨大な氷塊が鎮座しているだけで、辺りを見回してみてもどこか別の空間へと繋がるような出口は存在しない。正真正銘の最深部、行き止まりであったからだ。


今しがた走ってきた道から、ハルト達の声が聞こえる。どうやら、洞窟の奥が行き止まりである事をしっているためか、ゆっくりと歩いてきているようだ。


背後から迫る恐怖と、どうしてこんな事になっているのかという疑問符がエミリーの頭の中をぐるぐると飛び回り、オーバーフローしたのか、ぺたんとその場にしゃがみ込んでしまった。頭に被っていたとんがり帽子も、その衝撃で地面に落ちる。


「やだ……だれか、助けて……」


口から零れるのは、助けを求める言葉。縋るようなその声音は、今にも消え入りそうな程に震えていた。


「誰か、助けてよぉ……!」


次第に、その声は大きくなっていく。今の自分のどうしようもない状況を拭うように、頭から追い出すように、神様に縋るように。


「へへ、もう洞窟の一番奥だ。これ以上は逃げられないぜエミリー。安心しな、首輪付きのペットとして、一生可愛がってやるからよぉ!」


ついに追いついたハルト達が広間へと侵入してくる。


「誰か、助けて!」


エミリーの叫び声が広間に虚しく響く。抱きつくように杖を抱えるその姿に嗜虐心が疼いたのか、男達の表情が興奮に歪む。


さぁ、今からエミリーをめちゃくちゃにしてやろうと、男達が飛びかかろうとしたその時。


今まで無言で鎮座していた巨大な氷塊が、みしりと音を立てて、その表面に一筋の大きな亀裂を作り出した。瞬間、濃密な魔力が空間にあふれ出しその場を掌握する。


「ッ探知魔術……!?誰だ!何処に居やがる!」


男達にとっても予想外の出来事だったのか、剣を引き身で構えて、警戒している。


まずは、手始めに。そんな声が、エミリーには聞こえた気がした。ついに、極度の恐怖でおかしくなってしまったのかと、そんな考えがエミリーの頭に浮かんだが、次いで響いた破砕音が、エミリーを現実に引き戻す。


亀裂が入った氷塊から、一際巨大な魔力が流れ出したかと思えば、次の瞬間にまるで爆発したかのように氷が砕け散ったのだ。


破砕した氷の中から、あふれ出た冷気が霧となって辺りにあふれ出す。


その中心に、人影が一つ。影の人物は、一言。


「――ゴミ掃除から、始めるとするか」


そう、言い放った。

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