箱入り魔法使い、見参!
美少女魔法使いとクズとごみ掃除の書き直しです。
二分割しています。
―――目が覚めると、そこは深淵の世界だった。
いや、正確には目を覚ましてすら居ないが。何故か目を開けることが出来ず、未だに思考にも靄がかかっている。
身体が酷く冷たい。腕に力を込めてみるが、腕どころか指すらピクリとも動かない。まるで、身体ごと凍らされてしまっているかのような……
「―――て!」
ああ、そうだった。凍らされてしまっているかのような、ではなく、凍らされてしまっていたんだったな。……はて、どうして凍らされているのだったか。
「―――けてよぉ!」
ああ、そうだったそうだった。ウィルヘルムが人族との会談を行うために、人族の王が出した条件が俺の……いや、強力な吸血鬼一体の封印だったか。ということは、もう千年も経ったのか。
「へへ、もう洞窟の一番奥だ。これ以上は逃げられないぜエミリー。安心しな、首輪付きのペットとして生かしてやるからよぉ!」
我が友人は、夢を現へと成しえたのだろうか。……いや、あの友人の事だ、成しえたに違いない。ふふ、今、この封印の外には、この薄暗い洞窟の外にはどんな世界が広がっているのだろうか。
空想に華が咲く。いつまでも気分に浸っていたいところだが、そうもいかない。とりあえず、この封印を破らなくてはならない。
腕に魔力を込める。千年も眠っていたから、回路詰りでも起こしていないかと一瞬心配になったが、魔力は滞りなく魔力回路を流れて腕へと収束する。そのまま、グイと腕に力を籠めれば、ミシミシと氷の棺が音を立ててひび割れてゆく。
(とりあえず、封印を解いたら寝床の確保と情勢把握から始めないとな。これで、和解に失敗してましたなんてぬかしたら過去に戻ってあいつの顔面ぶん殴ってやる)
「誰か、助けて!」
氷の棺に大きな亀裂が入る。瞬間、長年封じられていたモノが流れ出したかのように、氷の棺から魔力の奔流が溢れだしその空間を掌握する。……男が三人に、女が一人。女の方は、足に怪我を負っているようだ。
「ッ探知魔術……!?誰だ!何処に居やがる!」
(さて、まずは手始めに)
氷の棺のあちこちに亀裂が走り、やがて、爆発でもしたかのような衝撃と共に氷の棺が砕け散る。
「無礼にも俺の領域を侵犯する、ゴミ掃除から始めるとするか」
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――冒険者ギルド
そこは、腕自慢の冒険者達が、こぞって割のいい依頼を探したり、一発当てた冒険者が昼間っから飲んだくれている……一言で表すならば、とても危ない雰囲気漂う場所である。
そんな中に一人、異色を放ち、冒険者達の視線を集める人物が居た。
腰まで伸ばした美しい銀色の髪の上に如何にも魔女であるといったとんがり帽子を被り、片手には大きな杖。極め付けには実用性皆無であると主張しているゴスロリをローブの下に着こんでいる少女だ。
しかし、彼女が冒険者達の視線を集めているのは、そんな冒険とはかけ離れた服装をしていることでは無く、彼女の、その可愛らしい容姿であった。
輪郭や目鼻の整った顔立ちに、夜空の星を散りばめたかのような輝きを持つ碧い瞳。陶磁器のように白い肌に少し朱に染まった頬。身長は150㎝くらいと小さく胸もなだらかではあるが、その小柄な体がさらに少女の可愛らしさを引き立てる。
彼女の名はエミリー・エックハルト。魔法使い育成学校を首席で卒業した、超天才魔法少女……別名、箱入り娘である。
魔法使い育成学校を卒業した生徒のうち、進路は大きく分けて二つだ。
そのまま魔法のスペシャリストとして、魔法の研究に携わる道。
おおよそ、成績の良いものはそちらに進むことが多い。
もう一つの道は、魔法使いとして冒険者になることだ。
しかし、こちらは魔法の研究に携われるほどの力量を持たなかったものが多く進む道であり、断じて主席卒業者がなるようなものでもない。
しかし、そんな中でエミリーは、冒険者へとなる道を選んだ。
もちろん周囲は止めに止めたが、彼女曰く……
「立派な冒険者になって、為さねばならぬことがあるのです!」
だそうで、普段からは想像できない、あまりにも鬼気迫る彼女の表情に何も言えなくなってしまったのだ。
さて、そんなエミリーが今どうしているのかというと……
緊張して、カチコチに固まりながら受付へとなんとか歩いて、向かっているのだった。
「あ、あの!ここが受付ですか!」
鈴の音のような、透き通る声だった。上ずっていなければ、その筋の人たちを骨抜きにするような声だ。上ずってさえいなければ。
しかし対応する受付のお姉さんもプロ。緊張で強張っている数多の駆け出し冒険者を導いてきたプロなのだ。
「はい、ここが受付で合っていますよ。ご用件は……冒険者登録でしょうか?」
どんな相手でも笑顔で対応、スマイル0円だとでも言わんばかりの柔らかい笑顔と物腰に惚れてしまう駆け出し冒険者も数知れず。
エミリーもそんな受付のお姉さんの態度に安心感を覚えたのか、やや緊張が解れる。
「は、はい。その、冒険者登録をしたいのですが……」
「では、こちらの書類の必要記入事項に記入をお願いします。文字は書けますか?代筆も承っておりますが」
「あ、大丈夫です。文字は書けます!」
出された一枚の紙に、カウンターに設置されていた羽ペンで名前やパーティーでの希望する役職、戦闘経験の有無やこれまでの簡単な経歴を書いていく。
「では、記入している間に簡単なギルドの説明をいたしますね。」
エミリーがせっせと書いている間に、受付のお姉さんがギルドの説明をしていく。
曰く、ギルドのランクはEからSまで存在していること。曰く、冒険者規定というものが存在していて、破れば罰則があること。曰く、Dランクまではモンスターを倒し、モンスターが体内に蓄える魔力が魔石になった純魔石を売却する事で上げることができるが、Cランク以降はギルドから出される試験があること等々。……書くのに必死なエミリーが覚えられたかどうかは別として。
「以上です、何か質問等はございますか?」
「ひゃい!……いえ、ありません……はい。」
ムムムと書類と睨めっこしている時に声を掛けられたものだから、思わず噛んでしまい……羞恥に頬を染めると、若干俯きながら質問は無い意図を告げる。
「ええと、その、書き終わりました……」
「はい、承りました。では、こちらに血を一滴お願いします。」
受付のお姉さんがカウンターの奥からナイフを取り出すと、血判紙と呼ばれる血を保存する特殊な紙と一緒に差し出してくる。
このナイフで指先を切って、血を垂らしてください。言葉にはされてはいないが、暗に促されているそれに、エミリーはウッと唾を飲み込む。生まれてこの方、自分で自分に傷をつけることなんて無かったエミリーとしては、その行動に若干の抵抗があるからだ。
しかし、この程度で怖気づいていては冒険者になんてなれないと、ナイフを手に取りぐっと握りしめ覚悟を決める。
「ッ痛……」
握りしめたナイフをそっと自分の指に当てると、切れ味がよかったのかそれだけでぷつっと皮膚が裂け、血が零れる。つぅ、と指を流れた血はそのまま吸い込まれるように血判紙へと落ちた。
「はい、以上で登録申請は終了となります。お疲れさまでした。一応犯罪経歴が無いか等を調べて参りますので、近くの席に腰かけてお待ちください」
「は、はい!」
受付のお姉さんが奥に引っ込んでしまったので、言われた通りに席に腰掛ける事にする。ぷらぷらと足を揺らしながら待っていると、何やら遠くで腰に剣を差した男二人と弓を背中に背負っている男がひそひそと何かを話し合っている様子が目に入った。
(あの人たち、パーティーなのかな……いいなぁ、パーティー。私も早く、私と組んでくれる人を探さないとなぁ……)
冒険者、というのは危険な家業である。
モンスターという凶暴な獣と相対する以上、常に命の危険に晒され続ける。
そんな冒険者の死亡率を下げる仕組みが、パーティー制度だ。
複数人の冒険者でパーティーを組み、冒険を行うことで、一人で冒険を行うより危険度をグッと引き下げることができる。
もちろん報酬も頭割りとなってしまうが、冒険者ギルドもそこらへんは配慮しており、多少の補填は行っている。
つまり、冒険者として活動するにはほぼパーティーを組むことが必要事項になり、尚且つエミリーのような後衛は、自分を守ってくれる前衛とパーティーを組むことが必須である。
まだ見ぬパーティーへとエミリーが夢を膨らませていると、小声で話していた先程の三人パーティーのうち、リーダーなのだろう。赤髪の腰に剣を差した男性が声をかけてきた。
「すいません、見た感じ魔法使いの方……ですよね?」
「ふぇ?…あ、はい、そうですけど。」
「良かった!俺たちのパーティー……あ、あっちに居る剣士と弓使いなんだけど、ちょうど魔法使いが脱退してしまったばかりで、魔法使いの方を探していたんだ。よければ、俺たちと一緒にパーティーを組んでくれないか?俺たちはDランクだし、組んで損は無いと思うぜ。」
自分が魔法使いであると告げると、安堵したように自分たちの状況を説明し、パーティーに入らないかと誘いをかけてくる。
遠くでこちらを見ている剣士と弓使いの男たちも、人の好さそうな笑顔でこちらに手を振っている。
駆け出し冒険者であり、知り合いの冒険者なんていないエミリーにとっては、またと無いパーティー参入の絶好の機会だ。
パーティーというのはその性質の都合上、自分の命をパーティーメンバーに預ける必要が多く訪れる。なので、通常パーティーは信用のおける冒険者同士で組むか、実績のあるパーティーが次代の戦力のために面識のある新人を受け入れるかのどちらかで結成される。
もちろん、駆け出し成り立てのエミリーに信用のおける冒険者の仲間など居らず、面識のある実績のあるパーティーなんてものもいない。
であれば、この申し出はエミリーにとってまさに天からの救いの蜘蛛の糸にも等しいものだったのだ。
「ほ、本当ですか!? ぜ、ぜひよろしくお願いいたします!」
思わぬ幸運をつかんだエミリーは、それに二つ返事で返答を返してしまった。
……男たちの、下卑た笑顔に気づくことなく。
ここでもう少し返事を待って、受付のお姉さんにでも彼らがどんな人物であるかを聞いていればきっと運命も変わったのであろう。
しかし、この選択が彼との出会いの始まりだと、まだエミリーは知らない。