プロローグ ー 千年前の約束 ー
プロローグ部分の書き直しになります。
「なぁ、アル」
「……なんだ、ウィルヘルム」
薄暗い洞窟の中、壁面に埋まっている輝石から溢れる淡い光が、二つの影を地に落とす。
二つの影は、コツコツと足音を響かせながら、薄暗い洞窟をまっすぐと進んで行く。
「……やっぱり、なんでもない」
豪華な衣服に身を包み、貴族風の装飾品を身に纏った青年――ウィルヘルムは、頭を振るとやや俯き、そう言葉を紡ぐ。
壁から発せられる淡い光が、まるで彼の心情を表しているかのように彼の顔に影を落とす。
「……そうか」
暗闇の中でも目立つほどの、腰まで垂らした綺麗な銀髪を携え歩く黒コートに身を包んだ青年
――アルバートは、短く言葉を返す。
このやり取りを飽きもせずに、洞窟に入ってから、かれこれ10回程繰り返している。
「なぁ、アル……」
「なんだ、ウィルヘルム。……いい加減にしないと、その綺麗に飾ってある首を斬り落すぞ」
アルが腰に掛けている長剣に手を掛けると、いい加減うんざりしたような顔でウィルヘルムへと振り向く。
「ぶっそうな事言うなよぅ……なぁ、やっぱり考え直さないか?人間達が交渉の席に着くためにだした条件は、貴族級の吸血鬼の封印だ。何もお前が封印されなくても……」
なにも、お前が封印されなくても、他にも貴族級の吸血鬼は居る。
そう続けようとしたウィルヘルムの言葉は、アルバートによって目の前に突き出された長剣の切っ先により、強制的に飲み込まされた。
「……ウィルヘルム。忘れてないよな? 親人間派は少数だ。貴族級の吸血鬼ともなれば、親人間派はほとんどいないと言っていいだろう。」
アルの鋭い目線が、ウィルヘルムに突き刺さる。ついでに剣の切っ先も鼻っ柱に刺さる。
ウィルヘルムは今にも泣きそうだ。
「……わざわざ人間との会談の席の為に、封印されてくれるような貴族級の吸血鬼が他に居ると本気で思ってるなら……ハハッ、面白い冗談だ」
アルは剣を下すと、そのまま鞘へと納め、肩を竦める。
「……わかってるさ、そんなこと。でも、それでも、僕は……」
「ウィルヘルム」
俯いたウィルヘルムに、まっすぐに視線を向けて、言葉を投げかける。
「お前がこれからやろうとしていることは、十字をその身に刻み、心の臓に杭を打ち付けることすら生ぬるい。そんな茨の道だ」
「ッ……」
「吸血鬼と人間の共存。そんな事、今まで誰もやろうとは、いや、考えつきすらしなかった。……お前がこれからやろうとしていること、それを、俺は立派なことだと、今まで誰も成しえなかった偉業だと、そう思ってる」
アルバートの一言一言に、ウィルヘルムの肩が震える。俯いてその表情は見えないが、頬にきらりと光るものが流れた。
「正直に言えば、お前に協力している俺でも、あまり人間に対していい感情は持っていない。……それほどまでに、吸血鬼と、人間との確執は深い。これを取り除けるのは、それこそ神か悪魔だろう。―――それでも」
ふっ…と、今まで硬かったアルバートの表情が柔らかくなる。その声音も、無機質なモノから柔らかみを帯びたモノへと変わる。
「それでも俺は、お前ならばそれができると信じている。まだ五十にも満たないあの頃に、お前が語った夢物語。それは、酷く夢見がちな話で、他の奴らが聞けば、聞くに堪えない夢想だったかもしれない。でも、それを語っていたお前の瞳は、とても輝いていた。俺にはそれが、酷く眩しく見えた。」
そんなお前が、羨ましかった。そんな世界を夢見れるお前が、羨ましかったんだ。それがアルバートの紛れもない本音。
でも、それは言葉には出さない。出してやるもんかと、アルバートは言葉を紡ぐ。
「だから、そんな顔するな。何時もみたいに、笑って夢を語ってくれ。俺に、それを手伝わせてくれ……俺達、親友だろ?」
「ア゛ル゛ぅ……」
「おいおい、だからそんな顔するなって……それに、なにも俺は自己犠牲の精神だけで封印されてやるわけじゃないんだぞ?」
「……?」
ウィルヘルムが、涙目でよくわからないといった表情をする。そんなウィルヘルムが可笑しくて、アルバートはクツクツと笑う
「見てみたいんだ、お前が作った吸血鬼と人とが共存している世界を。……俺たち吸血鬼の寿命は大体400年、今からじゃあどう頑張っても300年後の未来しか見れない。だけど、封印されれば……俺は、1000年後の世界を見れる。」
「アル……」
「お前が、吸血鬼と人が共存する世界を創り上げると信じている。だから、俺に夢を見せたまま眠らせてくれ。」
この日、人と吸血鬼が存在する世界、異世界クロースで一人の強大な吸血鬼が千年の眠りについた。
ウィルヘルムがこの後無事に人と吸血鬼の共存する世界を創り上げるのだが……それはまた別のお話。
―――物語は、千年後から始まる。