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感動を与えた歌声 ~わずか10人の合唱部~

作者: 楠木 翡翠

 2011年3月11日。

 この日は大好きだった先輩達の卒業式の日。


 私、白井(しらい) ゆきなはもちろん、合唱部全員はその日がくることが嫌だった。


 「卒業生、入場」というアナウンスが流れる。

 それと同時に吹奏楽部が演奏する「G線上のアリア」に合わせて3年生が入場。


 そして、順調に式が進み、最後に3年生と歌う最後の校歌。

 いつもならはっきり歌えるのに今日は溢れ出す涙と鼻を啜りながらだと思うけど、上手く歌えなかった。



 ♪



 卒業式が無事に終わり、私は同級生と後輩達と一緒に先輩達の教室前の廊下で彼らを待っている。

 なぜなら、私は合唱部の部長として伝えたいことがいくつかあるし、言い出しっぺでもあるから。

 私が各クラスに散った先輩達を呼び出すと、時間差でぞろぞろと廊下に出てきた。


「ゆきなちゃん、どうしたの?」

「白井、何か言いたいことがあるんだよな? 言ってみな?」

「そうだよ」

「言ってごらん」


 彼らが先を急がせるように促してくる。

 私は1回深呼吸をした。


「先輩、またいつでも顔を出してください! 私達は待っていますので!」


 他にも言いたいことがあったけど、これが1番言いたかったのかもしれない。


「うん。この部のイベントは絶対に遊びに行くよ」

「ゆきなちゃん、大丈夫!」

「白井、また全国学校音楽コンクールにいけるといいな」

「だから、ゆきなちゃんを始め、みんなで頑張ってね!」


などと先輩達が優しく頭を撫でて言ってくれた。


「先輩、今までありがとうございました!」

「「ありがとうございました!」」


 その時、私はあることを決意した。

 先輩達が抜けたメンバー25名は4月に入部する新入生と一緒に全国合唱コンクールに行くことを――。



 ♪



 その日は急遽、珍しく部活が休みになった。

 私は家に着くと制服から部屋着に着替える。

 家には誰もいないので、通学用の鞄から部活のために作ってもらったお弁当を取り出し、食べた。


「……暇だなぁ……」


 家にいても何もやることがない。


「そうだ、まずはリビングの掃除をやろうかな」


 やることは意外とあった。

 掃除の他に洗濯物を取り込んだり、お風呂を洗ったりしなければならない。

 そうすれば、お母さんも仕事から帰ってきたらいろいろと助かるだろうし。


「さて、始めますかぁ!」


 私は掃除機を取り出し、コンセントを入れ、電源を入れたやさき……。


 ガタガタッと揺れ始めた。

 いつもなら、数秒くらい揺れて終わったけど、この日はそれで終わりではなかった。

 揺れはどんどん大きくなり、目眩(めまい)がするくらいなり、私は床にしゃがみ込む。

 そして、今まで電源が入っていた掃除機は気づいたら止まっていた。

 私はいたるところのコンセントを抜いたり、ガスの元栓を切ったりする。

 その時、なんか騒がしいと思い、スクールコートを着て、外に出た。

 普段は使われない防災無線による避難を呼びかけるアナウンスが何回も流れる。


「早く外に出て!」

「津波がくるぞ!」

「急げー!」


 えっ!? 何!? 津波!?

 私は状況が分からずに、近所の人達と一緒に近くの高台まで走って逃げた。



 ♪



 私達はなんとか高台に着くと、おじさん達がハァハァと息をあげている。


「おじさん、声をかけてくれてありがとうございました」

「いやいや、いいんだよ。お嬢ちゃんが無事でよかったよ」

「ゆきなちゃん、見てごらん」

「えっ?」

「あれが津波だよ」


 私はおばさんが指を指した方を見ると、ゴォォ……という音とともに、いつも見慣れた街並みが一変してした。


 それによって流された住宅地。

 私達のあとから追って高台に駆けつけようとしている人。

 家の屋根に登っている人……。


 みんな、着のみ着のままでとにかく必死に助けを求めている。



 ♪



 だんだん空が暗くなる中、私はおじさん達と大きな揺れに警戒しながら避難所に向かう。


 信号はもちろん電気は停電状態。

 あちこちで携帯電話を取り出して連絡を取ろうとしている人がいるが、全く繋がらないようだ。

 それを見て、寒くて借りた毛布にくるまっていた私は家族が無事かどうかが気になって仕方なかった。

 だって、今まで携帯電話自体持ったことがなかったから。


「ゆきな?」


 聞き覚えのある声が私の耳に入ってきた。


「お兄ちゃん!」

「お父さん達に一応、電話かけたんだけどね……。全然繋がらなくて……って、オイ!」


 お兄ちゃんが話しているのを遮り、私は彼を抱きしめた。


「お兄ちゃん、生きててくれてありがとう……」

「えっ!? あぁ、こちらこそ、無事でよかった」


 お兄ちゃんだけでも無事でよかった。


「明日あたり、お父さん達に会えるかな?」

「どこかの避難所か職場に泊まってくるだろう」

「そうだといいけどね」

「だな。ところで、ゆきなは部活は?」

「今日は急遽、休みになったから家にいたの」

「そうか……。(うち)に1人だったから怖かっただろ?」

「うん。暗いし寒いから今でも怖いもん。あと、みんなが無事かどうか心配」

「大丈夫。保証はできないけど、お父さん達もきっと、無事だと思う。そう願おう?」

「うん」


 お兄ちゃんの携帯電話で19時を回り、一応、非常食が配布されたが、私は食べる気になれなかった。

 それはいろいろなことを考えすぎたことによるストレスかなぁと思う。

 そのため、私はペットボトルの水を数口飲み、眠りについた。



 ♪



 翌日。

 私は誰が無事だった調べるため、あちこちの避難所に脚を運ぶことにした。

 携帯電話は昨日に引き続き繋がらない。

 安否情報も得にくい中、私は非常食の朝ご飯を食べて出発した。


 最初に私が住んでいた家へ行ってみたが、津波によって跡形もなく流されていた。

 嬉しい時や悲しい時などの思い出がたくさん詰まった我が家。

 まさか、流されたとは思わなかった。


 あちこちの避難所を回ってみて、津波によって行方不明になったり、命を落としたりした人がたくさんいたのだ。

 卒業生も何人か犠牲になり、合唱部の部員25名中15名がそれらに入っていたので、無事だったのは私を含めて10名。


 こんなにあっさりと安否を確認できてしまったことがショックだった。



 ♪



 私が避難所に到着すると、お父さんとお母さんがきていた。


「お父さん、お母さん!」

「ゆきな、無事だったんだな!」

「ゆきなは近所のおじさん達と一緒にここにきたんだよね?」

「うん。おじさん達がいなかったら私、いなかったよ」

「とにかく、家は流されてしまったが、白井家が無事でよかった!」


 家は流されて今まで一緒に過ごしてきた部員や卒業生が犠牲になってしまったが、家族が揃ったことだけでも幸せだった。



 ♪



 あれから1ヶ月が経ち、ライフラインは少しずつ回復されつつあるが、避難所生活が続いた。

 長期にわたるその生活によって体調を崩したり、命を落とす人がいた。


 私達は今まで通っていた中学校は避難所となっていたため、別の中学校の空き教室を借りての再開だった。


 その借りている中学校の音楽室は1つしかなく、私達の吹奏楽部は体育館、合唱部は理科室で練習させてもらっている。

 メトロノームつきのキーボードがあればよかったけど、吹奏楽部に譲ってしまったため、私達はメトロノームだけで練習することになった。


「発声練習を始めまーす!」

「「ハイ!」」


 私はメトロノームのネジを回らないくらいまで回す。


「まずは音階ロングトーン、行きまーす! いっち、にっ!」


 テンポを60(1分間に60打つ速さ)に合わせると、カチカチと動き出す。


「「マー……」」


 私の学校の合唱前のウォーミングアップ及び発声練習はほとんどが「マー」、「ヤー」、「ルー」とメロディーを奏でる。


 今日の音階ロングトーンはいつもより少し低めだった。

 レからミに移る時、


「みんな、どうしたの?」


とおそらくそれを聞いた合唱部顧問の荻原(おぎわら)先生が理科室に入ってきた。

 先生に問いかけられているのに私達は何も答えられなかった。

 その時もメトロノームは孤独に一定のリズムを刻む……。


「確かにみんなショックだったと思うよ。だって、こんなことになるなんて思ってなかったもん」


 彼女は私達の心を読み取ったかのように口を開く。


「ホントはみんなで歌いたかったんでしょ? 去年に引き続き全国合唱コンクールに出たいんでしょ?」


 その言葉に私達はハッとした。

 私達はあの震災が起きてからずっと合唱部としての活動を停止していたので、歌うことができなかった。

 みんなで歌うことは楽しいのに、今日は歌うどころか音階ロングトーンの段階でできなかった。


「「ハイ!」」


 私達は返事をする。

 その時、私はあの時を一時的に忘れてもらいたいと思った。


「ならば、みんなで頑張らないとね!」

「そうですね」

「じゃあ、今、みんなでできることは何かないかな? 話し合ってみよう」

「分かりました!」


 わずか10人となった合唱部の私達に今できることってなんだろう?


「何かありませんか?」

「「…………」」


 残りの部員達は黙ったまま。


「……みんな、この震災で家族や今まで出会ってきた人が命を落としたり、思い出が詰まった家が流されたりして、辛かったと思うんだ?」


 私はこれまでのことを口にすると、


「辛かったです」

「うん」

「そうだね」


相槌(あいづち)を打つ。


「それで少しでも辛いことを忘れて楽しんでもらうことが大切じゃないのかなと私は思うの」


 私は最後にそうつけ加えた。

 それを聞いた部員達は涙ながら聞いていた。


「音楽を通して楽しんでもらうことだね」

「そうそう」

「なんか楽しそうですね!」

「コンサートみたいなのやってみましょうよ」

「決定でいいかな?」

「「ハイ!」」

「じゃあ、最初から音階ロングトーンを始めまーす!」


 私達は被災者のためにミニコンサートを企画した。

 歌う曲は今年の全国合唱コンクールの課題曲である「証」と小さい子供でも歌えるアニメソング2曲、「ふるさと」の全部で4曲。

 合唱の声でアニメソングはおかしいという意見があったので、地声でいくことにした。


 最初はあの震災のあと、歌うことに抵抗があったけど、避難所生活を送っている人のために私達は本番まで毎日、確実に練習をしていった。



 ♪



 そして、迎えた本番。

 私達は避難所として使われているある小学校の体育館のステージの上におり、幕が上がる。


「みなさん、こんにちは。中橋中学校合唱部です」


 観客席にいる避難している人達が拍手を送っている。


「なぜ、私達がこの小学校にきているのかと言いますと、みんな、この震災で家族や今まで出会ってきた人が命を落としたり、思い出が詰まった家が流されたりして、辛かったと思います。それで少しでも辛いことを忘れて楽しんでもらうことを目的にミニコンサートを企画しました。是非、楽しんでいってください。まず、1曲目は「証」です」


 私はマイクの電源を切ると、みんながいるところへ向かう。

 萩原先生が指揮棒を構えると、私達は息を吸い、ピアノの伴奏が流れる。


 1曲目が終わり、次はアニメソング2曲。

 その2曲は子供達をステージに上がってもらい、一緒に歌った。


 そして、最後の「ふるさと」。

 この曲のイントロ部分だけ流れただけなのに、すでに目には涙を浮かべていた人がいた。

 きっと、この曲には今まで過ごしてきた土地や出会ってきた人達のことを思い浮かべているだろうか。

 私達も涙を堪えながら歌っている。


 あの震災のあとは辛くて歌いたくても歌えなかった。


 しかし、音楽によって支えになってくれる人がいるだけで、凄く嬉しいから……。


 私達は歌う。

 誰かの支えになれたら嬉しいから。



 ♪



 すべての曲が歌い終わり、観客席からは盛大な拍手。


「ありがとう!」

「凄く感動したよ!」

「おにーちゃん、おねーちゃん、楽しかったよ!」

「ボクも!」

「わたしも!」

「歌っていいね」

「感動をありがとう!」


 観客からの声が私達の耳に飛び込んでくる。

 私達の歌が被災者の心に届いたと思う。


 そして、感動とともに――。

最後まで読んでいただきありがとうございました。

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