劣等生と夜の遭遇
月日って経つのが早い、と感じる今日、この頃です。
では、どうぞ!!
なんてことない平和な日常が続き、7月に行われる“夏の校内戦”まで一ヶ月を切ったある日の事。午後の魔法実技の授業が、本校最大の広さを持つアリーナ場で行われていた。
そこには1年D組以外の生徒達も見受けれる。
如月高等学園は“校内戦”などのクラス移動のチャンスがある行事の一ヶ月前はこの様に学年ごとに場所が指定され、午後の授業は自習になるのが恒例だ。この学園は一クラスが10人と少人数の為、アリーナ場に全員が入れる。
弥嗣は隅っこのベンチに座り、同級生達が懸命に励む姿を観察していた。
「よっ!!」
アリーナ場の中心辺りから、弥嗣に近寄って来たのは義哉。
「あぁ、義哉か。良いのか。自習しなくて」
弥嗣がそう問うが、義哉は弥嗣の座るベンチに腰を下ろして口を開いた。
「いいんだ。もう充分だし」
そうして弥嗣と同じように練習に励む同級生たちに視線をむける。
そうして、授業の終わりを告げる鐘の音が鳴り響く。義哉はベンチから立ち上がって伸びをすると、振り返った。
「行こうぜ、弥嗣」
「あぁ」
弥嗣も立ち上がり、義哉と共に歩き出す。だが、その先に立ちふさがる影があった。
「おい、ちょっと待てよ劣等生」
弥嗣と義哉の前に立ち、そんな言葉を投げ掛けたのは1年A組に所属する男子生徒だ。
この学園はB~D組の生徒は一つでも上のクラスに上がりたいが為に“劣等生”や、能力が下の者に構っている暇はない。だが、上のA組は違う。
自らが一番上のA組に所属している事で天狗になり、こうやって突っ掛かってくる者がいるのだ。一部の生徒だけだが。
特に魔方陣の構築すらできない弥嗣はある意味、有名だ。その為、こうして言い寄ってくる者が集中している。
変わらず眠たそうな弥嗣に対して、義哉は眼を細め男子生徒を睨み付ける。だが、それに気づかない男子生徒は言葉を続けた。
「お前、強制的に棄権なんだってな!?ハハッ!!劣等生にはお似合いだ」
友人を落とすような言葉に義哉は拳を握りしめ、口を開こうとした。
「ハイハイ、良かったな。義哉、行こうか。もう放課後だしな」
義哉が口を開くのを遮ったのは弥嗣だった。まるで、こんなやつの言葉に怒るな、と言っているかのように義哉は感じた。
その言葉に義哉はふぅ、と息を吐いて怒りを静める。
「行こうぜ、弥嗣」
そうして、弥嗣と義哉は突っ掛かって来た男子生徒を相手にせず、去る。その後ろ姿を悔しそうに見ていた。
その日の夜。弥嗣は夜のバイト用の黒ずくめの服に身を包み、街を歩いていた。その手に刀はない。隠しているからだ。人通りが疎らな中、弥嗣は進めていた足を止める。
弥嗣の数十メートル先に見えたのは制服姿の義哉だった。しかも、義哉一人ではない。二十代前半ぐらいのスーツに身を包んだ、強気そうな女性と喋っている。
弥嗣はそれを見て一瞬で判断する。そして、夜の顔である無表情を眠たそうな顔へと変化させた。それを見ていた者がいるならまず、我が眼を疑うだろう。それほどに別人のように見えたのだ。
その表情で弥嗣は歩を進めた。当然、義哉は弥嗣に気づき、大きく手を振る。
「おおーい、弥嗣ー」
弥嗣はそれに気づいた振りをして、返すように手を小さく振った。
義哉が弥嗣に駆け寄る。
「こんなとこで会うなんて、奇遇だな。どうしたんだ?」
学園以外で会った事が無いので、義哉はかなり驚いたようだ。
「あぁ、夕飯の食材がなくなったから買いにきた」
ありきたりな嘘を並べる。
ふーん、と呟く義哉に弥嗣が口を開いた。
「義哉は用事でもあったのか?」
「まぁな。俺は街を―――」
義哉の声を遮ったのはいつの間にか、義哉の隣に駆け寄って来ていたスーツを纏った女性の言葉だった。
「義哉、どうした?その者は誰なんだ?」
高い声ながら、強気そうな印象を受ける女性だ。
「あぁ、紹介するよ。俺の親友でクラスメイトの五月雨弥嗣だ」
義哉の紹介に弥嗣は軽く会釈する。
「そうだったのか。私は一条美琴。義哉とは仕事仲間みたいなものだ。よろしく」
彼女――美琴の差し出してきた手を握り返し、弥嗣はこちらこそ、と言葉を返す。
仕事仲間、という言葉に弥嗣は僅かな疑問を感じたが、問うのはやめた。
本当ならA組だって入れる義哉にはもう、自分に関わって欲しくなかったからだ。
「義哉、そろそろ行くよ。一条さんも、また会えるといいですね」
そう告げる弥嗣。弥嗣の言葉に一条美琴は頷いた。
「そうだな。また会えるといいな」
「弥嗣、また学園でな!!」
そうして弥嗣は二人と別れた。
数メートル進んで足を止め、振り返る。もう二人の背中は遠くなっていた。その事を確認すると弥嗣は大通りから、街灯の光か差し込まない細い路地裏に入る。
闇夜に紛れ、夜の街を弥嗣は駆ける。――――ただ、目的の為に。