妥協案
時間は過ぎ、D組ではこのクラスの担任である宮下隆哉がロングホームルームを行っていた。
「お前らも気になっているだろう、次の校内戦の事についてだ」
校内戦――――それは同学年の生徒同士が戦い、力を認められた者が上のクラスに上がる年に4度ある行事だ。つまりはB~D組の生徒が上のクラスに入る為の戦いだと言えるだろう。逆にA組の生徒はA組に残るため、他を圧倒する。
校内戦は魔法のみの戦いであり、体術や剣術などは認められていない。
それが意味するのは――――。
「あぁ、五月雨。お前は必然的に棄権になる。年に2度ある、闘術戦に向けて頑張れ。まぁ、聞いてないだろうが…」
宮下は弥嗣を見て、そう告げた。
魔法陣の構築が出来ない弥嗣は必然的に棄権になる。魔法を使えるどころではないのだ。
弥嗣はいつも通り、机に突っ伏して夢の世界に旅立っているが。
宮下の言った『闘術戦』とは年に2回ある行事で校内戦と同じ様なものなのだが、この闘術戦は武術や体術などが認められている。その為、弥嗣は校内戦には出場出来ないが、闘術戦には出場出来るという事だ。
クラスメイトからの視線が集まっているにも関わらず、熟睡する弥嗣にため息を吐いて宮下は話を進める。
「“夏の校内戦”が7月――――つまり、今から約2ヶ月後に行われる。トーナメント制で魔法のみの戦いだ。対戦相手は同学年で完全ランダムで決められる。A組の生徒と当たる場合もあるが、それも運だ。ルールはこんなものか。質問はあるか?」
一人の生徒が手を上げた。それは嵯峨義哉だ。
「あぁ、嵯峨か。なんだ?」
義哉は手を下げ、宮下に問う。
「棄権する事って出来ますか?」
その言葉に宮下は怪訝そうな表情で義哉をみる。
最低辺のD組に所属する生徒が今まで棄権をしたことは一度もない。A組に上がり、少しでも魔法が上達したいからだ。
一瞬、義哉が視線を向けた方向を見て、合点がいった。その先には熟睡している弥嗣の姿。
つまり、弥嗣がD組にいるから自分もいたい。そう言いたいのだろう。気持ちはわかる。だが――
「棄権は認められていない。だが、降参する事は出来る。自分の力を見極め、判断するのも大切だからな」
気持ちは分かるが、特例以外の棄権は認められていない。その為、宮下は妥協案を口にした。
試合前にする棄権は認められていない。だが、試合開始後にする降参は認められているのだ。
宮下の言葉に義哉はホッと安心したかのように、肩の力を抜く。
その様子を視界におさめてから、宮下は口を開いた。
「今、嵯峨にも言った様に降参は可能だ。それは自分の判断ですればいい。他に質問はあるか?」
今度は誰も手を挙げない。宮下は一つ頷くとそれで話を閉め、教室を去る。
その背中を見送った義哉は呟いた。
「――――ありがとう、宮下先生」
その声は小さく誰にも聞こえない。さっき、教室を出ていった宮下にも。だが、義哉は感謝せずにはいられない。
普通、教師の立場である宮下は堂々と降参が出来ると言ってはいけないのだ。さりげなく降参が出来る、というのがここの教師の常識。
義哉は宮下が去ってから、視線を向けた。その視線の先には熟睡する弥嗣の姿。
クスッ、と笑う。変わらない弥嗣の姿についつい笑ってしまう義哉であった。