バイト
今日の投稿分、最後の話です。
駄目人間ですが、今年もよろしくお願いいたします。
「ハァ~」
力を抜くように息を深く吐いて、椅子に凭れる義哉。今日の授業は終わり、これから放課後だ。
義哉は昼と同じように弥嗣の前の椅子に座り、さっきの授業を思い返す。
「弥嗣、今日もダメだったな。本当に何で出来ないんだろう?」
上から言っているように聞こえるかもしれないが、義哉は弥嗣の事を思いやっていた。
知り合ってまだ日は浅いかもしれないが、友達になって魔法の授業で弥嗣が魔方陣構築が出来ないのを目の当たりにしていた。何度も。
何故、魔方陣が構築出来ないのか。この世界において魔方陣の構築が出来る事はかなり辛い。
だからこそ、弥嗣が魔方陣構築を出来るようにサポートしたい、というのが義哉の思いだ。
「あぁ、まぁな」
言葉を返しながらも弥嗣は立ち上がり、鞄を手に取る。それに気づいた義哉は口を開く。
「もうバイトの時間か。頑張れよ」
「あぁ、じゃあな」
義哉と教室で別れた弥嗣は学園を出た。
あるマンションの一室。そこに弥嗣は扉を開け、入った。中にはベッドが隅に置かれていた。生活感が全くないこの部屋は弥嗣の家だ。
弥嗣は鞄を置くと、押し入れから服を取りだし、着替える。
制服から黒いコートに身を包む。
「――――悪いな、義哉」
その言葉は義哉に向けられたものだったのだろうか。
弥嗣は押し入れの奥に置いてあった、装飾も何もされてない黒い刀を手に取り、部屋を去った。
街灯もない、裏路地を一人の男が駆けていた。ハァハァと息を荒く吐き出しているのに対し、その表情は笑顔だった。
「アハハハ、たまんねぇなぁ!」
走りながらも声をあげる男。その手は赤い紅い血で染まっていた。
「殺す時のあの表情、たまんねぇな!いつまでたっても飽きねぇ」
そう声をあげる男の前にある一人の影が踊り出る。足を止め、怪訝そうに視線を向けた。
「あぁ、誰だ。てめぇ」
黒いコート、黒の靴、身に纏う全てのものが漆黒だった。まるで闇に紛れるかのように。
月明かりに照らされたその影の顔を見て、男は口を開く。
「なんだ、餓鬼か。警戒して損したぜ」
そう、その影の正体は五月雨弥嗣だったのだ。学園では眠たそうな顔が今は無表情で男を見据えている。そして唐突に口を開いた。
「山中れんじ。快楽殺人を毎日行っている快楽殺人鬼だな」
そう、弥嗣の言葉通り、この男は快楽殺人だ。快楽を得る為に人を殺している。
「俺の事知ってんのか。有名になったもんだな」
呑気に話す男を余所に弥嗣は手に持っていた刀を鞘から抜いた。月明かりを反射するその刀に再び警戒を見せる男。だが、もう遅かった。
前にいた弥嗣が消えたかと思うと、男の目の前に現れた。
反応するまでもなく、漆黒の刀は男の胸、しかも心臓を一突きされる。
「――ぁ」
か細い声を上げる男。弥嗣は刀を抜いた。力無く倒れた男はもう、息をしていなかった。
弥嗣は刀を払って血を払い、鞘に納めた。そして、もう一度男の死体を一瞥し、立ち去った。
月明かりに照らされた、その漆黒の姿はまるで悲しそうに思える。
これが弥嗣のバイト。この世に蔓延る犯罪者を殺すのが仕事だ。
弥嗣はふと、空を見上げた。空には月が顔を出し、弥嗣や街を照らす。
弥嗣が無意識に呟いた。
「悪い、義哉。俺はこれしか、方法がない。――――だから、もう俺に踏み込まないでくれ……」
その呟きは悲しく、辛そうに感じる。誰の耳に届く事無く、それは消えた。突然に強風が吹く。その服が翻り、弥嗣の鎖骨の下、心臓辺りにチラッと黒い痣のようなものが見えた。それは茨が円を描き、中央にその茨を伸ばしているような痣。それは拳一つぐらいの大きさだけど、不気味で異様な存在感を放っていた…………。