003
彰 「加藤は、何をするんだ?」
成香「私は、プロ棋士の棋譜をデータに起こして、評価関数のパロメーターを自動生成出来るようにします」
成香は、深呼吸する。
成香「これは、私にとって子供の頃からの夢でもあるんです」
彰 「子供の頃からの夢? その頃から将棋馬鹿だったのか」
彰は、笑ってそう言う。
成香「子供の頃に約束したんです。最強のコンピューターを作って、どっちが先に名人になれるか勝負しようって」
笑みを溢す成香。
一与「夢があるわね」
敏行「ちなみに、その相手は今でも将棋を続けてんの?」
成香「はい。と言うか、プロ棋士です」
敏行「へえ、ちなみに何て言うの?」
成香「知ってるか分からないですけど、天野棋聖って言います」
彰 「えっ? 天野棋聖って、史上最年少でプロ棋士になったって言うあの天才棋士、天野棋聖か?」
驚きを隠せない彰。
成香「はい、そうです。ちなみに、最年少タイトル挑戦、最年少タイトル保持、最年少タイトル防衛に加えて、最年少タイトル失冠も棋聖の最年少記録です」
○東京将棋会館・対局場・昼
対局中の棋聖(24)。
静まり返る対局場。
棋聖「はくしゅん」
思わずくしゃみをする棋聖。
対局相手に睨まれ、恐縮する棋聖。
棋聖「失礼しました」
鼻を摩りながら、謝る棋聖。
○大学院・研究室・昼
敏行「と言うことは、俺達はあの天野棋聖よりも強いコンピューターを作ろうとしてるってことかよ。何か燃えてきたな」
ガッツポーズをする敏行。
一与「確かに、相手にとって不足は無いわね」
微笑する一与。
成香「では、時間があまり無いので、それぞれ分担して作業を始めましょう。渡邊さんは、全幅検索のプログラムをお願いします」
彰「了解」
成香「志水さんは、評価関数の数値化をお願いします」
一与「分かったわ」
成香「森家さんは、詰将棋のデータを集められるだけ集めて、データ化をお願いします」
敏行「おっけー、任せろ」
成香の指示に一同は、各々のパソコン机へと向かった。
× × ×
パソコン机から誰も動かず、キーボードを叩く手だけが動き続ける。
窓の外の景色は、朝昼夕夜と景色がぐるぐるとまわり続ける。
○大学院・全景・朝
しんしんと降り積もる雪。
付近には、人っ子一人いない。
○大学院・研究室・朝
成香のパソコン机の前に集まる一同。
成香が最終チェックをする。
軽やかにパソコンのエンターボタンを中指で弾く。
成香「出来た……」
彰「出来たな」
敏行「ああ、出来たな」
一与「出来たわね」
一同「やったああああ!」
両の腕を天に突き上げ、喜ぶ。
彰「早速、対局して見ろよ加藤」
成香「え、私が一番最初に対局しても良いんですか?」
敏行「当たり前だろ、と言うよりお前以上に将棋の強い奴は、ここには居ないからな。遠慮しないでやれよ」
一与は、成香の肩に手を置く。
一与「何より、一番頑張ったでしょ」
一与は、微笑む。
笑みを溢す成香。
成香「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて、本番と同じ設定で」
成香は、対局ボタンを押し、手合いを平手、持ち時間を二十五分とし、先手成香で、対局画面が映し出される。
成香、7六歩を指す。
× × ×
研究室は、張り詰めたようにしんと静まり返っている。
三人は、成香の後ろからパソコン画面を覗き込む。
彰「今、どっちが勝ってるんだ?」
敏行「形勢評価グラフを見るに、後手の方が優勢みたいだな」
一与「みたい、じゃないわよ。圧倒的に後手の優勢よ」
× × ×
対局が終了する。
成香は、椅子の背もたれに脱力するようにもたれ掛る。
三人がパソコンを覗き込むと勝者先手と表示されている。
彰「おい加藤。もしかして、コンピューターに勝っちゃったのか?」
成香「いや、違います。将棋の内容では圧倒的な大差で私の負けです」
敏行「でも、勝者先手って出てるけど」
一与「ルールに救われたわね」
成香「はい、その通りです。実際にやってみて初めて分かったことがあります。このコンピューターには、致命的とも言える大きな欠点が有ります」
彰 「致命的な欠点?」
彰は、怪訝そうな表情を見せる。