002
○大学院・研究室・昼
パソコンの前に、俯せで寝いている成香(24)。
伊東武志(55)は、成香の背後に立つ。
武志「おい、起きろ」
成香の頭にチョップ。
成香「ふえ……」
思わず起きる成香。
白衣を着た成香は、涎を垂らしながら寝ぼけ眼でいる。
武志「取り敢えず涎を拭け、加藤」
成香「……ん」
成香は、口元の涎を白衣で拭う。
教授は、前に移動する。
武志「寝ていて聞いていない馬鹿の為に、もう 一度言うぞ。ゲーム会社から将棋のゲーム開発を依頼された」
成香「えっ!」
椅子から飛び上がるようにその場に立つ成香。
武志「座れ、加藤」
成香「はい」
ゆっくりと、着席する成香。
武志「そこで、そのプロジェクトを――」
成香「はい、はいはいはい」
成香は、元気よく手を挙げる。
周囲の視線が集まる。
教授は、頭をポリポリと掻き、一つ深い溜め息を付く。
武志「製作期間は、四月一杯まで。五月の頭からコンピューター将棋の選手権がある。そこで、最低限の結果を残せるものを、とのことだ」
成香「製作期間、たったの二ヶ月……」
成香は、小さな声で呟く。
武志「あと、万が一優勝するようなことがあれば、そのコンピューター将棋とプロとの対局の権利も得られるらしい」
成香「プロと……対局」
成香は、小声で呟く。
脳裏に、棋聖を思い浮かべる。
武志「頼めるか、加藤?」
成香「はい、やります。やらせて下さい」
武志「志水、森家、渡邊。少し大変かもしれないが、加藤を精一杯フォローしてやってくれ」
一同「分かりました」
× × ×
ホワイトボードの前で、書きながら説明をする成香。
その話を聞く渡邊彰(25)、志水一与(25)、森家敏行(26)。
成香「まず、コンピューター将棋の基礎理論として、コンピューターチェスの理論を応用しています」
彰「コンピューターチェス?」
成香「はい。コンピュータチェスの方がコンピューター将棋より開発の歴史が長いんです。事実、コンピューターチェスは、既に世界チャンピオンに勝っています」
敏行「コンピューターが人間に?」
成香「はい」
一与「逆に言えば、将棋はチェスと違って、複雑なルールだから、勝つには至っていない、と。面白そうね」
成香「でしょ!」
成香は、興奮気味に目を輝かせ、ハッとしてコホンと一つ咳払いする。
成香「すいません。大凡の基になる将棋プログラムは完成しています」
彰 「え、出来てんの?」
成香「あくまで基礎の基礎です。将棋としての動きが出来るだけで、将棋と呼ぶには程遠い状態です。なので、皆さんには三つの作業をお願いします。一つ目は、全幅検索のプログラム構築です」
成香は、人差し指を立てる。
敏行「全幅ってことは、その局で指し得る全ての指し手を、プログラムに起こせば良いんだな」
成香「ただ指せれば良いと言うわけではありません。数手先を読み、尚且つその局における最善の一手を指させる必要があります。それに、将棋では詰みの局面以外での優劣を表すのが難しいんです」
彰「確かに、局面ごとの優劣をつけるとなると、難しいな」
成香「そこで必要になってくるのが、二つ目の評価関数です」
成香は、中指も立てる。
一与「なるほど。状況の良し悪しを数値化して、最善の一手を指せると言うことね」
成香「その通りです。これをゲーム木を探索すると言います。これも、コンピューターチェスの応用なんです」
敏行「コンピューターチェスは、大分進んでるんだな」
成香「それだけでなく、王を含む複数の駒との位置関係でも評価させます。そして、三つ目は詰将棋です」
成香は、薬指も立てる。
成香「詰将棋のルーチンが無いと、詰める局面でも、他の将棋の駒を取ろうとしてしまうんです」
一与「コンピューターらしいわね」
成香「以上が、皆さんにお願いしたいことです」