001
○ (回想)矢倉中学校・教室・夕
教室の窓際、将棋盤の前に加藤成香(14)と天野棋聖(14)。
風でそよぐカーテン。
棋聖のパチンと将棋を指す音。
音に耳を傾ける成香。
棋聖は目を瞑り、背筋をピンと伸ばし正座している。
その様子を暫し見つめ、盤上へ目を落とす。
成香「あれ?」
棋聖「うん、王手」
棋聖はゆっくりと目を開け、笑みを見せる。
成香は、両手でくしゃくしゃと髪を掻き上げる。
成香「あーもう、また負けた」
成香、後ろへ大の字で寝そべる。
棋聖「僕が強いんじゃなくて、成香が弱過ぎるんだよ。流石に、全部の駒で突っ込んで来れば、僕じゃなくても勝てるよ」
そう言い、棋聖は手を差し出す。
成香「どうせ、私は突っ込むしか能がありませんよ」
そう言い、棋聖の手を取る成香。
棋聖「また、いつもと同じこと言ってる。下段の香に力ありって言う格言があって、田楽刺しとか、王将の逃げ道を無くしたり、飛車を取ったり出来るんだよ」
成香「それは、上手い人がやるから出来るの。私は精々、二歩とか打ち歩詰めを避けるくらいですよーだ」
棋聖「成香、よく二歩やるけどね」
成香「五月蝿い」
校内にチャイムが鳴り響く。
棋聖「そろそろ、片付けて帰ろうか」
成香「そうだね」
二人で駒を片付け始める。
成香「ねえ、どうやったら棋聖に勝てるようになるかな」
棋聖「取り敢えず、ちゃんと将棋の勉強をすれば、良いんじゃないかな」
成香「じゃあ、全部の定跡を覚えてて、どんな状況にも対応出来て、常に最善の一手を打てば、棋聖にも勝てるんだね?」
棋聖「そうかもしれないけど、そんな完璧な人はいないよ。もしそんな人がいたら、将棋のタイトル7つ全部取って、ずっとその椅子に座り続けちゃうよ」
成香「そんな人は居ない……か。じゃあ」
将棋盤に手を突き、前のめりになる成香。
その勢いに一歩後ずさる棋聖。
成香「もし、相手がコンピューターだったら?」
棋聖、ずれた眼鏡を直す。
棋聖「それでも、僕は人間の方が強いと思うよ」
態勢を整える棋聖。
成香「だったら」
成香、その場で勢いよく立ち上がる。
成香「私と勝負しよ」
成香は、棋聖を人差し指で差す。
棋聖「勝負?」
成香「そう。私は、最強のコンピューターを作る。そして、棋聖に勝つ」
棋聖「勝負かあ。面白そうだね。どうせなら、どっちが先に名人になれるか勝負しよう。同じ道を目指していれば、いずれ対局することになるでしょ?」
成香「そうだね。じゃあ、決まり。約束だよ」
棋聖「うん、約束」
成香「でも、まず棋聖がプロになれるかどうかだね」
笑いながら言う成香。
棋聖「ちょ、ちょっと」
そう言い、笑みを浮かべる棋聖。
○東京将棋会館・二階道場・昼
報道陣に囲まれる棋聖。
米内義男(69)と向き合っている。
米内「夙に将棋に、丹念にして、研鑚を積み、練達に長たけたるを認め、茲に四段を允許す」
米内から四段免状を受け取る棋聖。
その様子を写真に収める報道陣。
○成香自宅・昼
将棋雑誌を手に笑みを溢す成香。
成香「よし、よしよしよし」
思わず飛び跳ねる成香。
成香「私も頑張るぞ」
成香は、大きく伸びをして、ベッドに雑誌を放り、パソコン机へと向かう。投げられた雑誌の開かれたページの見出しには、プロ棋士史上最年少記録の文字。
そして、米内から免状を受け取る棋聖の写真。
椅子に座り、机の上にあるコンピューターや将棋関連の書籍を端に寄せ、パソコンと向かい合う成香。
× × ×
成香は、次第に頭が低くなっていき、終いにはキーボードの上に俯せる形で、眠りについてしまう。(回想終わり)