7話「死に魅入られし者達」
ライオットが街の中を走り抜けると十字路の道が見えてきた。
(あそこを左に曲がれば、べりオール卿の屋敷は目前だ!)
しかし、それは十字路を曲がる前に、断念する事になる。
(この気配は……)
ベリオール卿の屋敷の門前に、複数の怪しい気配を感じ取ったからだ。
ライオットは足を止めて、建物の陰からこっそりと門の方を確認した。
(武装した人間が10人程度……)
1人1人の実力は大したこと無さそうだが、あんな所で騒ぎを起こしては自警団に連行され兼ねない。
そうなっては依頼を達成する所では無いだろう。
「ニャー」
「ん? どうしたんだ?」
白いヌコはライオットに向かって鳴くと、違う方向へと走りだした。
「こっちへ来いって言ってるのか?」
ライオットは今までの行動から、白いヌコを信じて付いて行く事にした。
「げっ……こんな所を通るのか……」
白いヌコが走って行った道は人が通る様な道では無く、まさにヌコ達が通る様な街の中の獣道であった。
しかし、今は文句など言ってられないだろう。
ライオットは意を決して、握っていたシズナ草をポーチに仕舞いこむと、近隣の住民に気付かれない様にソッと獣道を進んで行った。
獣道はまるで迷路の様に入り組んでおり、細くて狭い道をしばらく進むと急に拓けた場所に出た。
「ここは……ベリオール卿の敷地か!?」
ライオットは住宅街の塀から飛び降りて敷地内の森の中に着地すると、夕日を確認した。
夕日が沈みきるまで残された時間はあと少し。
折角、あのヌコが繋いでくれたチャンスを無下にしない為にも、ここは急がなくてはならない。
「あらあら、不法侵入は犯罪よ? 坊や」
「誰だ?」
声のする方に気を取られた瞬間であった。
別の方向から殺気の様な物を感じ取ったと思ったら小型のナイフがライオットを目掛けて飛んでくる。
ライオットは鞘から剣を抜きだすと、飛んできたナイフを全て弾き落とした。
「お~? ただの坊主かと思っていたが、あの攻撃を避けるとは意外にやるな~?」
また暗闇から男の声がする。気配から察するに、ライオットを取り囲んでいる者は少なくとも4人。
しかも、どの人間も何か特別な訓練を積んだ者達の様だ。
「しかし変わった剣だな……どうやら何かを斬る為の剣では無いらしい……」
しわがれた声が聞こえる。ライオットの剣は、その声の主が言った通り、普通の剣とは特徴が違っていた。
ライオットの剣は両刃が無く、両方ともそれぞれ大きさの違った櫛状の凸凹が付いている。
剣は厚身で普通の剣よりも頑丈そうに見えた。
「まぁ、なんだって良いじゃねぇか……俺はすぐにそいつの身体を紅く染め上げてやりてぇんだ。先に行かせてもらうぜ?」
「ふっ、好きにしろ」
そう言うと、少し興奮染みた声で喋る男は暗闇からライオットに強襲を仕掛けて来た。
(手に持っているのは、30cm程のダガーか……)
ライオットは正確に相手の持っている武器を確認すると、その異様な形をした剣を敵に向けて構えた。
左拳には鉄のガントレットが嵌められており、脇を締める様に構えている。
「あら、変わった構え方をするわね?」
「何をしたってもう俺は止められねぇぜぇえ!?」
興奮している男がライオットの目前に迫った時だった。
「お前……終わったぞ……」
興奮している男はライオットがそう言ったのを確かに聞きとった。
ライオットを見ると顔の表情が先程とは一変し、目が据わっている。そして次の瞬間――。
男がライオットの喉元を狙って繰り出したナイフに合わせて、ライオットは剣の凸凹した櫛状の所にナイフを噛ませると意図も容易くナイフを捻り折った。
「なにっ!?」
そして男の意表を突いたライオットはすぐ様、男の顔面に肘打ちを入れると腕の関節を決めて、腕の骨をへし折った。
「ぐあぁぁあ!!」
「おいおい、なんだありゃ……あんな武術見た事がねぇぞ」
「見た所……あれはソードブレイカーの派生武器の様だな……」
ソードブレイカーとは、武器(刀剣)の一種で普通の刃と櫛状の峰をもつ短剣の事を指す。
主に敵の剣(レイピアやサーベルなどの、比較的細身のもの)を峰の凹凸にかませて折ったり、叩き落としたりする事が出来、盾代わりに利き手では無い方の手に持って使用される。
しかし、この武器はソードブレイカーの特性を更に突き詰めて造られている。
「御名答……この武器はウェポンブレイカー……。殺傷能力は低いですが、大抵の武器なら折れますよ?」
「面白い……相手の命を奪うのではなく、無力化させる事に特化した武術という訳だな……」
「ところで、貴方達は何者ですか? 今取り込み中なのですが……」
「私達はある男から坊やの首を持って来いって言われてるの。どうせここで死ぬのだし、雇い主の名前くらい冥途の土産に教えてあげても良いのだけれど?」
「あ、別に良いです。何となく想像付くんで」
「あら、そう……?」
ライオットはこの状況下に置いても冷静且つ、余裕の表情を浮かべて、暗殺のプロであろう刺客達と対峙していた。
「へっへっへ……。坊主おもしれぇなぁ? 実は俺、この仕事乗り気じゃなかったんだよ……。だってそうだろ? 子供相手に殺しのプロが4人掛かりだぜ?」
暗闇に隠れていた刺客達がライオットの前に現れた。
「プライドが傷付くってもんよ~……だがよぉ? どうやらこの仕事は当たりだったみたいだぜ……、坊主みたいなのと戦えるなんてよぉ」
男は笑いながらナイフを舌で舐めると、他の2人の刺客も、ライオットの背後を取るように移動した。
「悪く思わないでね坊や。これも仕事なの」
「えぇ、別に良いですよ。何人で来ても結果は変わりませんから」
「まったく大したものだ……。我らを前にしてその強気な態度……」
ライオットと3人はその場でまるで時が止まった様に固まった。
相手の息使いをみて次の行動を決めているのだ。
3人は目配せすると、一斉に襲いかかってきた。
ライオットは眼と耳をフルに使って、相手が自分に接触するまでの行動予測時間を読むと、ウェポンブレイカーを構えた。
(まずは背後の女……)
ライオットは背後から来た剣戟を左手のガントレットで捌くと、素早く女の背後に回り込み、首を捕まえて羽交い絞めにした。
「くぅっ!?」
「これで終わりだ小僧!」
だが隙の出来たライオットの側面を突いて、しわがれた声の男が喉元を目掛けて襲って来る。
ライオットは女の首を絞めて気絶させると、前方の男に蹴り飛ばして、側面の男に向かって構えた。
「おおっと!?」
前方の男は女がいきなり飛んできた事に対応しきれず、次の動作が遅れた。
しわがれた声の男はライオットへ先に接近すると、剣をライオットに向けて振り下ろした。
(一般的なロングソード……)
しかし、羽交い絞めにしていた女を蹴り飛ばした事で、両腕がフリーになっていたライオットは、しわがれた声の男の剣戟を見切ると、体を横に逸らして避けた。
「速い!?」
更にライオットは剣を振り下ろして隙の出来た男の腕を掴むと、地面に向かって投げ飛ばした。
「ごはっ!」
「でやぁぁぁあ!!」
続けて前方の男が遅れてやってくる。
(両手で握っているのは長槍か……)
男は槍の間合いに入ると突きの猛攻を繰り出してきた。
ライオットはその突きを身切りながら後方へ避けていると、背中が木に当たってしまい、その場で動きを止めた。
「もう逃げ場は無いぞぉお!」
男の槍がライオット目掛けて突き放たれる。しかし、その槍はライオットを捉える事は出来なかった。
「なに!?」
ライオットは軽業師の様に上空へ高く飛ぶ事で、槍の突きを避けたのだ。
そして男の渾身の突きは見事に木に突き刺さり抜けなくなる。
それはまるで狙われていたかの様に……。
「くそっ! この俺が誘われたというのか!?」
「単純ですね……。プロの暗殺者だからこそ、逆にどこを狙っているのか予測しやすい……」
「どうゆう事だ!?」
男は槍を抜こうとするが、鋭く木に刺さった槍はそう簡単には抜けない。
ライオットはその槍の柄に剣の突起を合わせると、軽々と槍をへし折った。
「うぐっ!?」
「暗殺者は、迅速且つ確実に対象を始末しなければならない……それ故に」
ライオットは男の首を跳ねる様に剣を振り下ろした。
「ぐっ!」
男は眼を閉じて、次に来るであろう衝撃に備えた。
しかし、首元に鋭い風圧の様な物を感じはしたが、予想していた様な衝撃は何も来なかった。
「これで満足ですか?」
「何故止めた……?」
「言ったじゃないですか? 僕は急いでいると……」
そう言い捨てると、ライオットは剣を鞘に納めてベリオール卿の屋敷に向かって走ろうとした。
「おい! スモロフの奴はまたあんたを始末しに来るぜ?」
男は忠告するようにライオットに言ったが、時間が切羽詰まっていたライオットは返事を返す事も無く急いで屋敷へと向かった。
「まったく、大した野郎だぜ……暗殺者4人相手に無傷とはよぉ……」
男は緊張の糸が切れると、その場に寝転がり込んだ。
真っ赤な夕日は間も無く沈もうとしている。