5話「仮面貴族とポーカーフェイスの錬金術士」
ライオットが経営しているギルド『ペルペトゥオ』も街の便利屋さんとして名が知れ始めたそんなある日の事。
私は、ギルドホームの椅子で丸くなって身体を休めていた。
だけども、そんな平穏をぶち壊すように――奴がやってきた……。
「御免下さい……ここがペルペトゥオか……?」
その日、依頼人らしき眼鏡を掛けた知的な印象を感じさせるお姉さんがペルペトゥオを尋ねてきた。
目は鋭く、珍しい紋章が刻まれているコートを身に羽織っている様は、普通の民間人では無い事を物語っている。
「いらっしゃいませ……貴方は?」
「私はオルフェウス=リースハルト。19才。血液型は――」
「いえ、そこまで言わなくて良いですから……」
「そうか。それは失礼した。実は貴殿に依頼を頼みたくてな」
「僕にですか?」
「あぁ、詳しくは我が主の屋敷で話しを聞いて貰いたいのだが」
我が主の屋敷? この人は依頼人の使いの者なのかしら?
「失礼ですが、その主というのは?」
「あぁ、私とした事が一番大切な事を伝え忘れていたな。この依頼はベリオール卿からの依頼だ」
「ベ、ベリオール卿?」
ライオットはオルフェウスの言う事に対して、如何わしい表情を浮かべた。
ベリオール卿と言えば、この街でも名高い貴族だ。
自分で言うのも何だが、貴族ならばもっと大手のギルドへ行く物ではないだろうか?
「何故、このギルドを指定されたのですか?」
「ベリオール卿は大の動物好きでな、是非一度そこに居る白いヌコをお目に掛かりたいと仰っている。依頼内容はそれほど大した物ではないし、とりあえず話だけでも聞きに来ては貰えないだろうか?」
「はぁ……分かりました」
「無理を言ってすまないな。それじゃ、屋敷で待っているぞ」
オルフェウスはそう言うとギルドホームを出て屋敷へと戻って行った。
「ふむ、ベリオール卿は人徳のあるお方と聞く。上手く依頼をこなして気に入って頂ければ、お得意先になってくれるやもしれませんぞ」
確かに、貴族から依頼を引き受けれるようになれば今までの報酬とは比べ物にならない程の収入が見込める。
これはチャンスでもあった。
「そうだね。とりあえず行ってみるよ」
ライオットが動き始めたのを見計らって私も動き出した。
私達はベリオール卿の屋敷に着くと、まず大きな鉄格子の門が目に入った。
門の先には綺麗に整備された庭と大きな屋敷が見える。
「貴族の家って緊張するな……。作法とかも良く分からないし……」
弱気なライオットとは裏腹に私はグイグイ先へと歩いて行く。
「やぁ、御足労頂いてすまなかったな」
屋敷の前まで来ると、オルフェウスが屋敷から出てきて応対してくれた。
オルフェウスに案内されて屋敷の中に入ると、まず大きくて光り輝くシャンデリアが目に入ってきた。
それから前方には赤い絨毯が敷かれており、壁には有名な画家が描いたと思われる絵画が飾られてある。
まるでシャンデリアの灯りで輝いたこの屋敷は、別世界に迷い込んでしまったと錯覚させる程、神々しい光景であった。
「応接間へご案内致します。どうぞこちらへ」
「あ、はい」
屋敷の中の美に目を奪われていた私達はオルフェウスの言葉で我に返った。
案内されて応接間に入ると中は小奇麗にされており、落ち着いた趣を感じられた。
中ではベリオール卿と思われる男が高貴な服に身を包んで座っている。
「お連れ致しました。べりオール卿」
歳は……20代後半くらいであろうか?
思ったよりは若々しいイメージを受けたが、顔色はあまり良くなかった。
「御苦労だったな。……さぁ客人、どうぞお座りください」
私達はベリオール卿に促されて用意されたソファーに腰を落としたが何だか落ち着かなくてヨソヨソとしていた。
「ほう、噂通りの珍しい毛並みをしたヌコですな。この色は幾らお金を払ってもそう簡単に入手できる毛並みでは無い……」
「ニャー」
「それに、普通のヌコよりも遥かに高い知性を兼ね備えていると聞く。羨ましい限りですな、ライオットさん?」
「あぁ、いえ。それほどでも」
ライオットは社交辞令に頭を下げると、早速話を切り出した。
「それで、今日は一体どう言った用件なのでしょうか?」
「あぁ、その前に私達の事を先に説明しておいた方が良いかな? オルフェウス」
「はい。ベリオール卿」
「彼女は私が雇っている錬金術士でね……」
「錬金術士? 珍しい職業の方なのですね?」
錬金術士とは様々な物質や、人間の肉体や魂をも対象として、それらをより完全な存在に錬成する試みを指す者の総称であるが、錬金術士と呼ばれるにはそれ相応の実力を認められなくて名乗れない。
「あぁ、それにも理由があってね。実は、私は難病に侵されているんだ……」
「難病……ですか?」
難病? そのせいでベリオール卿の顔色が優れないのだろうか?
「リオベール卿の病は深刻でして、余命1年と言われています」
「1年!?」
「それで錬金術士である彼女に難病を治す薬を開発して貰っているのだよ。そして、今回の依頼はその薬の材料を採ってきて欲しいのだ」
「なるほど。事情は分かりました。しかし、その材料とは……?」
「これです」
オルフェウスは秘薬の材料が書かれた紙をライオットの前に持ってきた。
「シズナ草?」
「それほど珍しい薬草では無い。森へ探しに行けばすぐに見つかるだろう」
貴族がわざわざ依頼を出してくるからどんな依頼内容なのかと思ったが、意外と簡単そうだとライオットは安心した。
「依頼内容は御理解頂けましたかな?」
「あ、はい。是非、この依頼を受けさせて下さい」
「ありがとうございます。ライオットさんならそう言って頂けると信じておりました……。それではこちらにサインをお願いしても宜しいですかな?」
「これは?」
「なに、簡単な信頼の証ですよ」
そう言って机の上に出してきたのは1枚の誓約書だ。
「貴族の間では約束事に誓約書を書くのは一般的な事でしてね。何、ここに名前を書いてくれるだけで良い」
「へぇ? ここですね?」
ライオットはベリオール卿の言う通りに名前を書くと誓約書を返した。
「これで契約完了ですね。では依頼の期限は明日の夕刻まで……期待してお待ちしておりますよ」
「はい、お任せ下さい」
ライオットはベリオール卿と握手を交わすと館を後にした。
「シズナ草? 確かに数年前までは只の雑草と思われておったから森に行けば簡単に手に入ったがのう……」
「何かその草に問題でも?」
「……その頃流行った、流行病に効果的な効能がある事を発見されてからは、商人達が森中のシズナ草を刈り尽くしてのう……今では見つける事さえ奇跡に近いと言われておる」
「え? でもそんなに見つけるのは難しくないって……」
「恐らく、べりオール卿はシズナ草が絶滅危惧種だとは知らんかったのじゃろう」
「そんな……」
「残念じゃが、今回の依頼は断ってくるしか無いのう……」
人生そう簡単には行かないか……ライオットは項垂れると、再びベリオール卿の屋敷へと重い足を運んでいた。
「契約を破棄したいですと?」
「はい……とても言い辛い事なのですが、調べた所、シズナ草は絶滅危惧種となっておりまして、今となっては見つけるのも……」
「ライオットさん。ちょっと良いですか?」
「え? あ、はい」
ベリオール卿は溜息を吐くと、急に人が変わった様に机を思いっきり手で叩いた。
「おい、坊主。貴様、何言ってんだ?」
ライオットはまるで別人の様に振る舞うベリオール卿に思わずたじろいだ。
「え、い、いやだからですね」
「だから何言ってんだよ!!」
ベリオール卿はライオットに怒鳴りつけると机を思いっきり蹴り飛ばした。
「貴様、この誓約書にサインしたよな?」
「え、あ、はい」
「と、いうことはだぞ? ライオット。貴様は私に100万ニルクの違約金を払わなくてはならない!!」
「ひゃ、100万ニルク!? そんな無茶な! 家が1つ建つ値段じゃないですか!」
「無茶だと? おいおいおい!? 誓約書の文面にちゃんと目を通したか?」
「誓約書……?」
「ほら! ここだここ! ちゃんと読んでみろ!」
ライオットはベリオール卿が指差した所の文面を音読した。
「私が過失の有無や事由に関わらず本契約を無条件で解約した場合、契約解除違約金として依頼人の求める金額を、1か月以内にニルクにてお支払い致します。これに対し、私は異議申し立てを……一切致しません!?」
「そうだ! やっと分かったか!? この青二才が!」
「で、でも!」
ライオットは反論したかったが出来なかった。誓約書に書かれている事は必ず遵守されなければいけない。
これを破れば、人としての信用を失われるばかりか牢獄に行きになるだろう……。
「まぁ、あの土地を失いたくなければ、シズナ草を入手するしかないだろうがな、ライオットよ?」
「……最初から嵌めるつもりだったんですね……」
「嵌める? おいおい、人聞きの悪い事を言わないでくれ。私は只、社会のルールを知らない青二才に大人の世界の厳しさを教えてやっただけだろう?」
大人の世界……。確かにライオットはまだ17才の若造で頼り無く見えるかもしれない。
実際に周りの大人達からは馬鹿にされているし、虫1匹殺す事が出来ない性格だ。
だが、このまま引き下がる様な教育はゼノンから受けていない!
「……分かりました。そのシズナ草を見つけて来れば良いんですよね?」
「あぁ、その通りだ。『出来れば』の話しだがな」
「やってみせますよ! 約束、忘れないでくださいね?」
ライオットはベリオール卿に言い捨てると屋敷を後にして、シズナ草を見つける為に森へと出掛けて行った。
そのやり取りを見ていた私は考えた。
シズナ草……今となっては残っているかさえ分からない様な薬草だ。
きっとポロンの情報網でも見つけるのは絶望的だろう。
そしてそれはライオット達も同様に……でも私にはまだ方法が残されている。
私は顔を上げると、ベリオール卿の顔をギャフンと言わせる為に、森の中へと走って行った。
踏ん反り返っている薄汚れた大人達からライオットを救う為に。