2話「ブレーメンの精霊隊」
ヴェルと翠緑の竜は早速、戦闘技術の習得をする為にヴェルの戦闘スタイルを相談する事にした。
「ふむ……我は勇者がいつ来ても良い様に数多の必殺技を考えていたのだが、その身体ではどれも使えんな」
「必殺技って例えばどんなのよ?」
「よくぞ、聞いてくれた! ずばり!! ○○ストラッシュ!! や、○○キィィィクッ!! 更には○○バスター!! だな」
「あれ、おかしいわね……どこか聞き覚えのある様な技名ばかりだわ……」
「ともあれ必殺技が使えない以上、頼れるのは精霊魔法だけか……」
「精霊魔法?」
「そうだ。勇者は8大元素、火、水、土、風、木、氷、光、闇の精霊を使役する事が出来る」
「それってそんなに凄いわけ?」
「あぁ、もちろんだとも。これは勇者にしか扱う事の出来ない特殊な精霊達だ」
「ふ~ん、それを覚えたら具体的に何が出来るのよ?」
「それは凄いぞ! どれだけ凄いかと言うと……使いこなせれば我に匹敵する程の力になろうぞ!」
この竜の言う事っていまいち信用出来ないのよね……。
さっきのやり取りを見てる感じだとめっちゃ弱そうなイメージしか無いし……。
「まぁ、良いわ。どうやれば良いの?」
「まずは水の精霊から呼び出してみるか」
翠緑の竜から水の精霊の詠唱を教えてもらうと私は泉の前に立って唱えた。
「水上に君臨せし絢爛豪華な宮殿の暴君よ。ヴェルデの名によりて命ずる! 出でよ、ヴォルター!」
そして詠唱に応じて現れたのは1匹の……ボルゾイ犬!?
「……私を呼んだのは誰だ?」
「よくぞ来たな、ヴォルターよ」
「はっ! お久しゅうございます。翠緑様」
ヴォルターは頭を下げると、尻尾を振りながら翠緑の竜に挨拶をした。
「頭を上げるが良い。実は新しい勇者を召喚してな。そちらに居るヴェルが新しい勇者だ。今後は彼女に仕えるが良かろう」
ヴォルターは私の方をチラっと見ると、不満がある様に翠緑の竜に向き直った。
「お言葉ですが翠緑様。私はもう翠緑様以外に仕える気は御座いません」
あれ? いきなり嫌われてるんだけど? この犬、大丈夫なのかしら。
「そう言うでない。お前が人間を嫌って召喚する者を手当たり次第に殺戮する物だから、歴代の勇者達から初見殺しなんて名で呼ばれているのじゃぞ? これが神々に知れれば……」
え? ちょっと待って? 勇者にしか扱えない精霊なんですよね? 既に欠陥だらけな気がするんですけど?
「……仕方が有りません。翠緑様がそこまでおっしゃるのならば、今回は人の勇者では無いようですし、やってみましょう」
「よくぞ決意したヴォルターよ。神々に認められる立派な精霊になるのだぞ」
「はっ! 必ずや翠緑様の期待に応えて見せましょう!」
「それでは、早速ヴェルに使い方を教えてやってくれ」
そう、言うとヴォルターはこちらに向き直った。
「おい、小娘。勘違いするなよ? 私は翠緑様の命でお前に力を貸してやるだけだ」
「別に何だって良いわよ。私は最低限生きて行く力があればそれで良いわ。で、どうすれば良いの?」
「我々精霊の力を使うには、基本的に言葉によって命令するだけで良い。イメージを具現化する力に慣れれば精霊を召喚しなくても精霊の力を扱う事が出来るがな」
「思ったよりも簡単なのね? それじゃ……この泉の水に対流を起こせって命令すれば出来るわけ?」
「お安い御用だ」
ヴォルターはそう言うと、泉の泉をかき混ぜる様に波を起こし、渦を作り出した。
「更に命令式を組み込む事によって、水中で動いている生物を狙って攻撃する事も出来るぞ。例えばこの様にするとだな」
翠緑の竜は魚を釣る様に手を少し上げると、1匹の魚が水流で飛ばされてこちらへ落ちてきた。
「魚じゃない!?」
「む? ヴェルは魚が好物なのか?」
「まぁね。この泉にも魚が棲んでいるとは思わなかったわ」
愛想は悪いけど、水の精霊は意外と使えるわね……。
「基本的な使い方はこんな感じだ。では、私は戻るぞ」
そう言うとヴォルターはさっさと消えて行ったが、お腹が空いていた私は早速、その魚を食べる事にした。
「そうか、お腹が減っておったのか。最初に水の精霊を呼び出したのは正解だったようだな」
こうして、私は魚を食べながら翠緑の竜から8属性の精霊を呼び出す詠唱を一通り教えてもらった。
「ふぅ~、ここの魚は意外といけるわね」
1匹の魚を平らげると、満腹でお腹が膨れ上がった。
「ヴェルよ。先程のヴォルターの事だがな……」
「何よ? 急に改まって」
翠緑の竜は気難しそうな顔をして答えた。
「態度が悪いが、どうか仲良くしてやってくれまいか?」
「そういえば聞こうと思ってたんだけど、何で勇者が使える特別な水の精霊があの犬なのよ?」
「それには色々な理由がある……、だが力は確かだ! 我が保証しよう!」
「ふ~ん、人間を嫌う精霊をねぇ……」
「……ヴォルターは生前、人間達に酷い事をされ人間を憎んでいる。その他の7属性の精霊も同様にだ」
「その他の7属性も……?」
ということはまさか全て……?
「彼らはこれまで人間が嫌いなせいで精霊の本分を全うできなかった。このままでは神々から不必要な存在として消されてしまうのだ」
精霊ってもっと神秘的な存在だと思ってたけど、色々な種類がいるのね。
つまり私が精霊達の気持ちを理解出来るかもしれない唯一の勇者って事か……。
「んん……まぁ……気持ちは分からなくもないけど……魔王も居ないみたいだし?」
「おぉ! 真か! さすがは我の召喚せし勇者だ! 扱いづらい奴等ではあるが、必ずやお主の力になろうぞ!」
翠緑の竜は安心したのか嬉しそうな表情を浮かべて、私の頭をポンポンと叩いた。
「では我は召喚の儀で少し疲れたので眠りに就く。まずは、光の精霊を呼び出して色々と聞くが良かろう」
そういうと翠緑の竜は地に降りて眠りに就いた。
「光の精霊ねぇ……確か……」
私は、先程教えてもらった詠唱を思い出す様に唱えた。
「慈愛と献身に満ちたり聖なる乙女よ。ヴェルデの名において命ずる! 出でよ、ヴィマプアーナ!」
私の召喚に応じて現れた精霊は……ブタであった。
あれ? 聖なる乙女って?
「初めましてね! 私はメスブタのヴィマプアーナよ。よろしくね!」
このブタさん自分でメスブタって言い切ったけど、大丈夫なのかしら……
「よ、よろしく。早速だけど貴方達の事を教えて貰っても良いかしら?」
「良いわよ。分かりあう為にはまず相手の事を知らなければならないものね」
ヴィマプアーナはそう言うと8大元素の精霊達について語り始めた。
「私達は元々、人間と一緒に暮らしていた普通の動物だったわ。でも、何かしらの理由で裏切られて命を落とした者の魂なの」
「裏切られた?」
「そう、信頼していた者から裏切られた時の苦痛は計り知れないわ……そして、そう言った魂は強い念をその場に残して呪縛霊となるの」
「聞いてて一つ疑問があるのだけれど、それで、何で貴方が光の精霊なるの?」
「それぞれの精霊は何かの属性と因果する場所で命を落としているの。私が光の精霊に選ばれたのは最後に命を落とした場所が教会だったからかもしれないわね……」
哀しそうな表情を浮かべるヴィマプアーナを見て私は胸が痛くなるのを感じた。
私だってあの男の子に裏切られて命を落としたとしたら、どんな気持ちになっていたのだろうか?
同じ様に成仏する事も無く、その場に留まり続けて恨み続けるのだろうか?
「あ、貴方達、可哀相な目に遭ったのね」
私の目からは涙が溢れていた。
「ちょ、ちょっとヴェルちゃん! 泣かないでよ! 私まで哀しくなっちゃうじゃないの……」
「ご、ごめんなさい……よし、分かったわ!」
「え?」
私は涙を拭うと、一つの決心をした。
「私が必ず貴方達を立派な精霊にしてあげる! だから私に力を貸してちょうだい!」
「ありがとう、ヴェルちゃん!」
しかし、魔王も居ないこの時代で一体何をすれば良いのか?
まずはこの世界の事を知る必要がありそうだ。
「ヴィマプアーナ、ちょっと外へ出てみない?」
「え? 外はまだ危ないと思うけど……」
「大丈夫よ! 私は何たって勇者なんだから!」
こうして私達は精霊の泉を抜け出して外の世界へと向かった。
そこにはきっと希望に満ち溢れた新しい世界が待っていると信じて。