1話「翠緑の竜と女神様」
「ここはどこ……?」
私は見渡す限りに広がる緑豊かな光景を見て言葉を失った。
こんなに木々が豊かに生い茂る場所に来たこと事なんて無かったからだ。
「おぉ! 成功したか!」
声がする方に振り向くと、そこには額に紅い宝石が埋め込まれており、緑色の大きな身体をしたリスの様な生き物が居た。
背中には小さな翼が生えており、パタパタと浮いている。
「あ、あんた誰?」
「我は世界の摂理を守護する者、翠緑の竜なり!」
バンッと胸を張って誇らしげに話してくるリスに私は呆れて言葉も言えなかった。
「竜? 竜ってあの竜だわよね? あんたどう見てもリスじゃない!」
「フハハハッ! これは汝が怯えない様に姿を変えてやっているのだ! 我は気も回る竜なのだよ」
「ふ~ん、で、ここは何処なの?」
「ここは、精霊の泉だ。今は我の棲家となっているがな」
精霊の泉? 天国にはそんな場所もあるのか。思ったよりも居心地が良さそうな所じゃないか。
「それから先に言っておくがここは汝達の言う天国と呼ばれる場所では無いぞ」
「へぇ~……え?」
「よく、召喚されてきた勇者がここは天国ですか? と聞くものだからな……」
ここが天国では無い? それじゃここは一体何だというのだ?
「では、ここが一体何なのか? 耳をかっぽじってよく聞くが良いぃ! 汝はこの世界を救う為に召喚された勇者なのだ!」
この翠緑の竜と名乗る奴は、どんどん突拍子もない事を言い始める。私が勇者だって? この私が? 正気なのだろうか。
「どうだ? 驚いて声も出ないであろう。分かるぞ。男の子なら一度は夢見る職業だからな」
「いやいや! ちょっと待て! 私は女だし、ついでに言わせてもらえば猫なんだけど!?」
「猫? あぁ、そちらの世界ではそう言うのだな。ふむ……?」
翠緑の竜は私を観察する様に見回す。
「おや?」
翠緑の竜も不自然な事にやっと気付いたのか、慌てふためいた様子で問い掛けてきた。
「ど、どうゆう事だ! 何故、汝がここに居る!?」
「いや! あんたが召喚したんでしょ!?」
翠緑の竜の発言に、私がどうゆう事なのか説明して貰いたい位であった。
「まさか、この我が失敗……? いやいや! そんなはずはあるまい!」
そう自分に言い聞かせるようにまた私を見つめてくる翠緑の竜。
「汝に一つ聞きたい事がある……。人という種族はその様な成りだったであろうか?」
「………」
「汝よ! 素直に言ってくれ! 我はもしかして失敗したのか……?」
「明らかにそうでしょ!? あんた馬鹿なの!?」
「な、なんと……、魔王が復活するよりも少し早く召喚しようとしたのが失敗であったか……」
「ま、魔王!? もしかして私、そいつと戦わないといけないの!?」
まさか、こんなか弱い乙女に人類の命運を託すとか、言わないか心配になってきたわ……。
「いや、いま暫くは大丈夫だ。魔王が復活するまであと100年は掛かる」
「100年!? どう考えても魔王復活する前に勇者朽ち果ててますけど!?」
私は悟った。この竜はとんでもなく馬鹿なのだ。この竜に世界を守らせていて大丈夫なのかしら。
「ふむ……しかし困った物だな。ヴァナディアス様から勇者召喚の儀を受け継いだばかりだと言うのに、いきなりこの様な大失態を犯すとは……」
「ヴァナディアス様?」
「女神ヴァナディアス様だ。元々、勇者召喚の儀はヴァナディアス様が行われていた物だった」
「それがどうして急にあんたに変わったのよ?」
「いや……それがだな、ヴァナディアス様がめんど――」
翠緑の竜が喋り終わる前に、いきなり激しい落雷が彼竜を襲った。
「ふんぎゃぎゃぎゃ!?」
落雷が落ちた跡には黒い丸焦げの竜が横たわっている。
「翡緑? 余計なお喋りは慎みなさい。私は他にも沢山しなくてはならない仕事があるのです」
どこからともなく女性の声が聞こえてくる。
「え? いやでも確かにめん――」
更にもう一発の落雷が、翡緑の竜に目掛けて落とされた。
「分かりましたね?」
ヴァナディアスは翠緑の竜の前に突然、姿を現すと念を押す様に言った。
(この女神様、おっかないわ……)
「それから翠緑よ、分かっているとは思いますが、勇者は1人しか召喚する事はできません。その者に戦い方を教えなさい」
「し、しかしヴァナディアス様! この者は明らかに人ではありません! これでは魔王も――」
反論する翠緑の竜だったが、女神様は顔を豹変させると。
「あぁん? うっせぇんだよ! てめぇのミスで召喚したんだろう? ならてめぇが責任取るしかねぇだろうが!」
あれ、女神様ってこんな感じでしたっけ? 竜より女神様の方が怖いんですけど?
「それによぉ、おめぇ、人の寿命がどれくらいか分かってんのか? 100年間も魔王が居ない世界に勇者召喚して何するつもりだよ!?」
「い、いや。それは確実に魔王を倒す為に力を付けて頂こうかと……」
「はぁ……、お前は何も分かってねぇ。あぁ、分かってねぇよ! だから勇者がブラック企業だなんて言われんだぞ!? あぁん!?」
もはや、この女神がブラックだ。女神の皮を被った悪魔だ!
「も、申し訳ありませんでした! つい、張り切り過ぎてしまいまして……」
「はぁ!? 張り切り過ぎただと? お前今年で何才だ!? 自分の歳を考えて物を言えよ?」
「それを言うならばヴァナディアス様も年甲斐にも無く、神様に恋文を送ってますよね? あれ迷惑がって――」
ヴァナディアスの会心の一撃が翠緑の竜に決まり、近くにあった大木に殴り飛ばした。
「迷惑だと!? あの野郎……私の竜達を送り込んで今すぐ宮殿事破壊してやろうか!!」
「止めて下さい。そんな性格だからすぐ神様達も逃げちゃうんですよ?」
「やかましい! てめぇから消してやろうか!?」
この女神様、勇者を召喚して世界を守る立場なのに、明らかに魔王サイドの発言だ……。
「はっ! こんな事をしている場合じゃなかったわ。翠緑よ、今から私はお兄様と大事な会合があります。決して邪魔をせぬように!」
「相変わらずブラコンな所は変わっていませんね、ヴァナディアス様」
その後、女神様は翠緑の竜を地面にめりこむほど殴り倒すと、そそくさと天へと帰って行きました。
「……ゴホンッ! さて勇者よ。まだ名を聞いていなかったな。名は何と申す?」
「名前? ……前の世界ではみるくと呼ばれていたわ」
「勇者みるく……。うーむ、いまいちインパクトに欠けるな」
翠緑の竜は腕を組みながら思考を巡らせた。
「実は一つ決めていた事があってな……」
「ん、何よ突然?」
「あぁ……男の子ならキングエンペラーX、女の子ならインペリアルクイーンZと名付けようとずっと思っていてな」
「あんた、どこのお父さんお母さんなの!? しかもネーミングセンスが想像以上に糞すぎだわ!」
「しかし、これは人間に付ける予定の名前だったのだ。汝の場合は……」
人間だろうが、そんな名前を付けられるとか迷惑極まり無い行為だわ。
そんな私の気持ちも余所に翠緑の竜はずっと私の目を見て考えているようだけど……。
「汝。綺麗な目をしているな。まるで我の身体の様に美しい翠緑の瞳だ」
「分かる? あんたの身体はともかく、この瞳は私も気に入っているのよ」
翠緑の竜は暫く考えに耽っていると突然、閃いた様に飛び上がった。
「来た! きたぞ!!」
「良い名前が浮かんだの?」
「……ヴェルデ=プリューネルというのはどうだ!?」
「ヴェルデ=プリューネル?」
「あぁ! 古代に使われていた言葉で緑色の瞳という意味だ」
「ふ~ん、まぁさっきのよりは良いんじゃない?」
「そうであろう? では、我はこれから汝の事を勇者ヴェルと呼ぶ事にいたそう!」
この世界に新しく転生した白猫みるくが勇者ヴェルとして生まれ変わった瞬間であった。