序章「輪廻転生」
2作目の作品となります。
前回の経験を生かして今回の作品は長期作品を目指したいと思いますので宜しくお願いします!
4/19 冒頭追加しました。
私は勇者ヴェルデ=プリューネルである。
何故、只の猫である私が勇者になったのか?
まずはそこから話せばなるまい。
それは思い返せば神様の悪戯だったのか、或いは運命だったのかもしれないとさえ思えてくる。
そしてここに私の軌跡を記そう。私の生涯の全てを……。
(序章)「輪廻転生」
「おかあちゃんどこ~?」
まだ生まれてから数日しか経っていない白い毛並みに瞳が翠緑の子猫は、お母さん猫を探してコンクリートで造られた道を彷徨っていました。
「ここから動いちゃ駄目よ」
お母さん猫はそう言って狩りに出かけたきり、何日経っても帰って来なかったからです。
「ねぇ……どこにいったの?」
子猫は何日もお母さん猫の母乳を吸っていなかったので精神的にも体力的にも限界でした。
「あぁ。ここ何だかフサフサして気持ち良い……少しここで休もう……」
子猫はある白い家の庭に彷徨いこむと、草むらに抱かれて遂に力尽きてしまいました。
「ん? あれは……? お母さん~!」
この家に住んでいる小さな男の子は庭に倒れている白い子猫を見つけると急いでお母さんを呼び動物病院に子猫を連れて行きます。
「これは栄養失調ですね……。ミルクをしっかり飲ませてあげて下さい」
子猫は動物病院で栄養剤の入った点滴を受けると、家に連れて帰り母親は子猫を抱きあげてミルクを飲ませました。
男の子はその光景を見て、次は自分がやると言いだすと子猫を抱えてミルクを飲ませてあげました。
数日は子猫もぐったりしていましたが、1週間もすると体力も戻り、元気に男の子と遊ぶ様になりました。
「そういえばこの子、名前どうするの?」
「名前? んー……あっ! みるく!」
「みるく?」
「うん! ミルクみたいに真っ白だからみるく!」
「ふふっ、みるくちゃんね」
白い子猫はみるくと命名されるとニャーと鳴きました。
それからみるくは、我が子の様にその家族達に愛されて育ち、5年の歳月が過ぎました。
そんなある日の事、小学5年生になった男の子は昼過ぎになると、お母さんの誕生日ケーキを買いにこっそり家から出掛けます。
お母さんを喜ばせる為に内緒で、美味しいと評判のケーキ屋さんに行ったのです。
ケーキ屋さんの前は長い列が出来ていましたが、男の子は気にせず並びます。
そして1時間経ってやっと男の子の番が来ると、小さな財布からなけなしの小銭をカウンターの上に出しました。
しかし、男の子が思っていたよりもこのお店のケーキは値段が高く、お金が足りない事に気付きます。
「あら、あと100円足りないわね……」
男の子はせっかくお母さんを驚かせようと思ったのに落胆しました。
「んー、仕方がない! 今回はお姉さんがマケといてあげるわ!」
「え、良いんですか?」
「良いわよ。その代わりまたお母さんとケーキ買いに来てね」
そう言うとカウンターのお姉さんは笑顔でショートケーキを出してくれた。
「ありがとう、おばさん! また絶対来ます!」
「お、お姉さんね」
男の子はケーキを入れた箱を貰うと、大事そうにそれを抱えて家に持ち帰りました。
ショートケーキはお母さんの一番好きなケーキだったので男の子も渡すのが楽しみでした。
「お母さん~?」
男の子は家に帰ると居ても経っても居られず、お母さんを探して台所へ走りました。
「あれ? お母さんどこ~?」
しかし台所にはお母さんが居なかったので、男の子はショートケーキが入った箱を台所のテーブルに置くとお母さんを探しに行きました。
「ふわぁぁ~……良く寝た……」
学校が休みで昼寝をしていた1つ年上の姉は台所に、立派な包装がしてある箱が置かれている事に気付きました。
その鮮やかな色彩に魅かれて、思わずその箱を開けました。
「これ……美味しいって評判のお店のケーキじゃない!?」
姉は唾を呑みこみました。
「……少しだけなら良いよね?」
そう呟くと先っぽの方を摘み取って食べました。
「んん~! 美味しい!?」
姉はショートケーキの甘すぎず丁度良くて上品な美味しさに舌鼓を打ちました。
「お姉ちゃん~! ちょっと来て~!」
「ん? は~い」
呼ばれた姉はケーキをテーブルの上に置いたまま男の子の所へと向かいました。
(クンクン……苺の良い香りがするわ!)
みるくは新鮮な苺の匂いに誘われて台所までトコトコと歩いてきました。
匂いの発信源があるテーブルの上に飛び上がると、ショートケーキの上に乗ってある苺を嗅ぎます。
(やっぱり苺の匂いは良いわね~。癒されるわ~)
室内飼いのみるくにとって外の世界の香りはいつ嗅いでも新鮮でウキウキさせてくれました。
(いつか外の世界にも行ってみたいわね……)
「みるく、何やってるの?」
男の子はお母さんを連れて帰ってくるとショートケーキを見せようとしました。しかし――
「あ! みるく食べちゃったの!? 駄目じゃないか!」
(え!? 私は何も食べてないわよ!)
しかし、みるくの言葉は男の子には届きません。
「せっかくお母さんの為に買ってきたのに……みるくは今日の晩御飯のモンペチ抜きだからね!」
みるくは濡れ衣を被せられた上、いつも楽しみにしているモンペチまで取り上げられて、とてもショックを受けました。
(これほど、言葉が通じないのが煩わしいとは……もう男の子なんて知らない! こんな家、出て行ってやる!)
みるくは怒ると、庭に続く窓から外へ飛び出して行きました。
「あ、みるく!」
男の子は止めようとしましたが、みるくはあっと言う間に消えて行きました。
「みるくなんて……もう知らないよ」
男の子は食べられたショートケーキを見るとまた怒りが沸いて来るのを感じます。
「お母さんなら気にしないわ。みるくちゃん探してきてあげたら?」
「良いんだよ! あんな奴!」
母親は男の子を説得しようとしますが男の子は意地を張ると、そのまま自分の部屋に閉じ籠ってしまいました。
しかし、母親はみるくが外に行った事をとても心配していました。
(事故に遭わなければ良いけど……)
家を飛び出したみるくは行く当ても無く、ただ街の中を彷徨っていました。
(もうなんなのよ……苺の匂いを嗅いでただけじゃないの……)
「へい! そこの麗しい彼女! 君、あの白い家の猫だよね?」
突然、茶トラの猫に話しかけられた、みるくは面倒臭そうに振り向くと。
「何よ? 私、いま機嫌が悪いんだけど……」
「いや、そっちは別の猫の縄張りだから忠告しておこうと思ってね」
今、みるくがちょうど立っている場所に目をやると、そこは十字路になっていた。
「縄張り?」
「そうだよ。野良の掟で街の縄張りはそれぞれ決まっているのさ」
「ふ~ん、じゃあどうしたら良いのよ?」
「右の道なら僕の縄張りだから大丈夫だよ」
「ん? あんたの縄張りは平気なわけ?」
「あぁ、僕の縄張りに住んでいる猫とは仲良くする事にしているのさ。もし今度良かったら家で貰える御馳走を僕にも分けてくれよ」
「……私、もう家には戻らないから」
みるくはプイっと右の道へ向きを変えて歩き始めた。
「え? どうして? 野良より家で飼われた方が楽じゃないか?」
「そんな事ないわよ。野良の方が誰にも何にも言われなくて済むもの」
「そうかなぁ? 野良は野良で縄張り争いや、食べ物の確保をしたり……あと車にも気を付けないといけないからね」
野良には野良なりの苦労があるのだろう。しかし、みるくは野良生活を殆どした事が無いので漠然としかイメージが出来なかった。
「あっ、あんた。この辺で私の様な白い猫を見た事がない?」
「え? う~ん、数年前まで1匹だけ白い猫が居た様な気がするなぁ」
茶トラの猫は少し考えるとそう答えた。
(お母さんは今どこで何をしているのかしら。逢いたいわ……)
「今、その猫がどうなったか知らない? お母さんかもしれないの」
「確かその猫は……あー、あぁ。遠くで元気にやってるって知り合いの猫から聞いた事があるよ」
その誤魔化した様な言い方にみるくは疑問を抱いた。
「なんか、誤魔化さなかった?」
「いやいや! そんな事ないよ!」
「……ふ~ん、まぁ良いわ。知らないなら自分で探すから」
「いや! 止めといた方が良いよ! 随分遠くに行ったって聞いたからね」
必死に止めて来ようとする茶トラが更に怪しく感じた。
しかし、探そうと思ってもそう簡単に見つかるとはみるくにも思わなかった。
仕方がなくみるくは、前方に見えている公園のベンチで休憩をする事にした。
公園の中では子供たちがボールを投げ合って遊んでいる。
「……悪い事は言わないよ。大人しく家に帰った方が利口ってもんだ」
茶トラは横に座って説得する様に話しかけてくる。
みるくはそれを無言で聞きながら、子供達の遊んでいる姿を眺めていた。
ふと、子供達の姿が家の男の子と被って見えた。
(何だか、急にあの膝が恋しくなってきたわね……)
みるくはこれまであの家で過ごしてきた光景を思い出していた。
いつも一緒に家族でご飯を食べて、男の子の布団の中で一緒に眠る。
朝は一緒に起きて洗面台へまで付いて行き、朝ご飯を毎日一緒に食べた。
それは単調な毎日だったかもしれないが、思い返してみればいつも幸せだった。
「そうね……あんたの言う通り……かもしれないわ」
「そうだよ! さぁ、暗くなる前に帰ろうよ」
気が付けば日は傾き、空は夕焼けに染まっている。
2匹はベンチを降りて公園の横断歩道がある方へ歩き始めた。
「ん、あれは?」
「ん、どうしたの?」
茶トラが見つめている先を見ると横断歩道の向こう側の道から、男の子が息を切らして走っている姿が見えた。
「どうやらお迎えが来たようだね」
「えぇ、今日は付き合ってくれてありがとうね。また今度、御馳走を持ってきてあげるわ」
「ありがとう。期待して待ってるよ」
みるくは茶トラに別れの挨拶を告げると男の子の方へ向かった。
「あ、みるく!」
男の子はみるくを見つけるや否や、急いで走って来ようとした。
しかし、みるくは何か大きな物が近寄ってくる音を感じて一瞬、立ち止まった。
(この音は……)
「いけない! 車がくる!」
茶トラが叫んだ。しかし、男の子は横断歩道が赤信号なのもお構いなしに、みるくの所へ走ってこようとしていた。
(来ちゃ駄目!)
みるくは急いで男の子の所へと走った。自分の小さな身体で何が出来るか分からない。
でも、男の子の顔の前に飛び込めば、驚いて後ろに飛び下がってくれるかもしれない。
そうすれば道路までは――
「おい! 無茶だ!」
茶トラの制止も聞かずにみるくは更に加速していくが、男の子も道路に足を踏み入れようとしていた。
(間に合え!!)
みるくは男の子の顔に思いっきり飛び込んだ。それと同時に耳が痛くなる様なクラクションに急ブレーキの音が続いた。
激しい衝撃が身体を襲い、視界が宙を舞った……。しばらくすると、救急車のサイレンが聞こえる音がした。
――結局、男の子とみるくは一緒に車へ轢かれてしまい、それぞれ別の病院に搬送される事になった。
「大丈夫!?」
お母さんは心配して男の子を抱きしめた。
「うん、僕は大丈夫。それよりもみるくは?」
男の子は幸い、みるくが顔へ飛び込んできたお陰で足の打撲だけで済んでいた。
「お父さんに聞いたんだけど、まだ手術中みたいで分からないみたいなの。家で待ってる?」
「いや、僕も行く!」
外へ出るとすっかり辺りは暗くなって夜になっている。
男の子と母親は急いで、みるくが搬送された動物病院へ行くと手術は既に終わっており、他の部屋に移動した後だった。
みるくが運ばれた部屋に行くと酸素を送る緑色のマスクを付けられてベッドに寝かされていた。
体中には包帯が巻かれているが、赤い血が包帯に染み付いて見るも無残な姿になっている。
「そ、そんな……」
男の子にとってその光景はあまりにも酷であった。
みるくが出て行った後でケーキを食べた犯人が、みるくでは無く姉だった事が判明した。
よく考えてみれば、みるくがケーキの箱なんて開けられるはずが無いのだ。
(それなのに僕はみるくを疑って、怒鳴り散らしてしまった。僕のせいでこんな事に……)
男の子は酷く自分を責めた。しかし、いくら責めても自分を許せずには居られなかった。
「非常に衰弱しているそうだが、何とか一命は取り留めた様だ」
「そう……良かったわ」
男の子の両親はホッと安心した様子で話していた。
その日は時間も遅かったので、病院の人に任せて家へ帰ったが、男の子は毎日みるくのお見舞いへ行った。
衛生上、部屋の中までは入れないが、ドアに取り付けられている窓からみるくを見守る日々が続いた。
しかし、みるくの容態は一行に良くなる事は無く、容態は悪化して行くばかりであった。
「このレントゲン写真を見て下さい。傷口から肉芽腫が発症しているのが分かりますか?」
「肉芽腫?」
男の子の父親は首を傾げて尋ね返した。
「肉芽腫とは体の中に入った異物を免疫機構でうまく処理出来なかった場合、貪食細胞などが炎症部位に集まって炎症が広がらないようにする時に出来る細胞の塊の事なのですが、みるくちゃんの傷口が広いせいで、既に身体の半分以上が肉芽腫に蝕まれています」
「そんな!? 先生どうにかならないんですか?」
「最善は尽くしました……ですが、薬を投与しても効果が全く見られないのです。恐らく、体力の消耗が激しすぎる為でしょう。そこで提案なのですが……」
男の子は子供ながらも先生の言っている事が明らかに悪い方向へ進んでいる事を理解した。
「安楽死!? みるくを見捨てろと言うんですか!?」
「いえ、そうは言ってません。ですがこれ以上、苦しい思いをするくらいならば、いっそ楽にしてあげた方が……みるくちゃんの為なのではないでしょうか?」
先生の言い分に父親は黙って考えた。母親は既に目を真っ赤にして泣いている。
「安楽死って何?」
男の子は母親にその言葉の意味について尋ねた。しかし、母親はただ涙を流して泣くだけで何も答えてくれない。
だが、男の子も内心その意味はなんとなく理解していた。ただ、その真実を受け入れられなかったのだ。
それを真正面から男の子が受け止めるには、とても心が耐えられない事であった。
「……1日だけ考える時間を頂けませんか?」
「貴方!!」
「分かりました。それでは後日またお待ちしております……」
先生と話を終えて家に帰えると、父親と母親はみるくの安楽死について相談していた。
「そんな、安楽死だなんて……まだ死ぬと決まったわけじゃないんでしょ? もしかしたらって事もあるかもしれないじゃない!」
「俺だって同じ気持ちさ。だが、みるくの苦しそうな姿を見ていると、楽にしてあげた方が良いんじゃないかとも思うんだ……」
「……私だってそんな事は分かってるわ! でも理屈じゃ無いのよ……」
黙って話を聞いていた男の子は両親に思っている事を聞いた。
「ねぇ、どうしたらみるくは助けられるの? 僕に何かできる事はないの?」
しかし両親は何も答えない。母親は耐えきれなくなって泣きながら部屋を出て行ってしまった。
男の子は両親の態度で自分には何も出来る事も無ければ、助ける方法が無いのだと悟った。
翌日、両親達はよく話し合った結果、みるくを安楽死させる事で決着した。
「ごめんね、みるくちゃん……」
母親は苦しそうに呼吸をして生きようとしている、みるくの頭を撫でながら泣いている。泣く所を見せた事が無いあの父親さえその時だけは泣いていた。
「私があの時、ケーキを摘み食いしなければ……」
姉も自分が犯した罪を責めて泣いていた。ただ、男の子だけは泣くのをずっと堪えて、みるくの手を握っていた。
(何でみんな泣いているの?)
みるくは薄っすらとした意識の中でその光景を見ていた。そして先生がみるくに注射を射した痛みで一瞬、意識が覚醒した。
(これは何……? 身体の感覚が消えて行く……)
男の子はみるくの瞼が段々閉じて行き、呼吸が落ち着いて行く様子を見て、遂に我慢していた涙が目から溢れ出した。
そして自分の行動と何も出来ない無力に嘆き悔やんだ。
(そうか、私は死ぬんだな。ずっと1人で寂しかった……出来れば最後にもう一度、君の膝の上で眠りたかったな……)
みるくは自分の死を悟った。そして意識が遠のいて行く感覚に抗う事が出来ず瞼を閉じた。
(最後まで一緒に居られなくてごめんね……)
みるくが心の中でそう呟くと心拍計のピーと言う音が室内に木霊した。
「ご臨終です……」
先生はそれだけ言い残すと静かに部屋から出て行き、後に残るのは家族の嘆き悲しむ声だけであった。
ただ男の子は溢れ出る涙を拭う事もせずにみるくの手を握ってひたすら祈りました
(もし、生まれ変わってまた出逢う事が出来たならば今度こそ……)
そしてみるくの魂は何かの背に導かれるように天へと昇って行きます。
しかし導いてくれている背中に、みるくは見覚えがありました。
「……お母さん……なの?」」
お母さんは振り向くと、黙ったままみるくに頭を下げた。
「そうか、お母さん。そうゆう事だったんだね……。私、ずっと捨てられたのだと思ってた……」
あの日、食べ物を探しに行って帰って来なかった母親の身に、何が起きたのかみるくは全て理解した。
そしてずっとみるくを見守り続けていた事も……。みるくは母親の暖かい愛に包まれると一緒に天高くへと昇って行きました。
それから世界は何千年という気が遠くなる様な月日を刻みました。
次にみるくが目を開けた時、そこは穏やかな朝日が差し込む神秘的な泉の縁に自分が立っている事に気付きました。
「ここは……天国……?」
そう思える程その泉は綺麗で、キラキラ光る粒子の様な物が幻想的な空間を作り出していました。
主人公である白猫は実際に家で飼っていた猫をモデルにしています。
亡くなった時の事を思うと、今も涙が溢れてきて書くのが辛かったのですが、そのせいか思ったよりも序章が長くなってしまいました(汗)
ですが辛い話も終わり、次からいよいよファンタジーの世界へ突入します。
笑いあり、涙ありの群像劇にする予定なので生暖かく見守って下さればと思います(笑)