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前世≠現世

元国王の告白

作者: aaa_rabit

短編「元女官長の独白」の続きです。

元国王視点。

 僕には生前の、否、それよりも前の、つまり前世というものがある。身分は同じだが今よりもずっと軽んじられた、偶々王の種を植え付けられた侍女上がりの妾の子、略して王子であった。辛うじて後宮の一室を与えられてはいたが、その生活は王都の市民にすら劣る、王都でもそれなりに裕福な商人の出であった母が耐えられなかったのも当然だった。産まれて間も無く母親を失った僕は、そのまま処分されてもおかしくなかったが、不幸中の幸いか母の許嫁であったという国王付きの侍従に助けられ、雇い入れられた乳母に育てられる事になった。乳母、ハンナには乳兄弟であるレアンの他にもう一人、三つ年上のイリヤがいて、僕にとっては三人が世界の全てだった。


 子供でいられた幸せな時に終わりを告げたのは、母親代わりだったハンナの死だ。


 僕は知らなかったんだ。自分の身の回りがいかに危険だったのか。イリヤが何時も笑っている裏でどんな仕打ちを受けていたのかも。全てを知ったのはハンナを失い、イリヤをも失いかけた頃だ。

隣国から嫁いできた王妃は、後宮にも付き添いを許されている、信任厚い国王の侍従に懸想していたらしい。だがその侍従が愛していたのは、よりにもよって他の女だったのだ。誘いを掛けたにも関わらず、自分を歯牙にもかけない侍従に憤り、王妃は一計を案じた。そして、企みは王妃の思うままに成功したのだ。好色な王は、相手が信頼する侍従の婚約者とも知らずに手を付けたのだ。王の手が一度でも付けば後宮に囚われる。その後も一時の寵愛を受けた母だが、王の足が遠のけば妃達のように実家の後ろ盾もなく、産後の肥立ち悪く死んだ、というのが建前で、実際は食事に仕込まれていた毒によって殺されたのだ。そして母だけでなく、僕もずっと狙われ続けていた。


 そう教えてくれたのが、王妃の愛人であり、僕の後見人でもあった侍従だった。王妃の宮から瀕死のイリヤを連れてきた彼は、全ての顛末を僕に話し、去っていった。


 僕は決意した。もう二度と、僕の大事なモノを奪わせはしないと。


 侍従を利用して馬鹿な王に取り入るのは簡単だった。侍従の望みは王妃への復讐だったから、代わりに王に王妃への不信を植え付けて反逆罪を着せてやった。


 腐りきった玉座など興味の欠片もなかった僕は、王の覚えめでたい為に、僕を目の上のたんこぶにしていた兄妹達の思惑に乗って、決して豊かではない土地の領主に収まった。


 王宮の贅沢な暮らしからは雲泥の差だったが、いつ足元を掬われるか分からない生活から解放され、また、常にイリヤが傍らにある田舎暮らしは僕にとって至福の時だったのだ。だが、穏やかな生活も長くは続かない。北部の方で広がりつつあった恐ろしい病が、夏の到来を告げる嵐と共に国内全土へと猛威を奮い始めたのだ。体の弱い子供や老人達が真っ先に犠牲になり、ある程度病が収束した秋には死者は総人口の1/3に達していた。更に、夏に充分な収穫が出来なかった為に地方では餓死や凍死による被害が多発し、翌年には半数以下の国民しか助からなかった。


 この時程無力を嘆いた事はない。僕はこの病が確実にやって来ることを予期し、またその事を国に報せていたのだ。過去の文献から似たような症例を見つけ、それを参考にして事前に対策を施し、予防を徹底させたお陰で、領内は殆ど被害を受けることはなかった。だが国は何もしなかった。僕がもっと声を大にして危険性を訴えていればまた違っただろうと言う人もいた。だが、僕は自分の手がそれ程大きくないことを理解していた。迅速に動けたのも馴れた自領だったからで、他領ではそうもいかなかったろう。あの時はそれが僕にとっての最善だった。


 とはいえ、自分が王になるとは流石の僕も思わなかった。日頃の養生が祟ったのか国王や高官達の大多数が病に倒れたが 、それでも後宮には王の血筋が残っている。王族の籍こそ外れていないが、大した血統もなく既に一地方に封土された僕は兄弟達の中でも王冠からは程遠い部類に入るはずだ。再三に亘る召喚状を突っぱねていた僕の所へ、ある日記憶にあるよりも窶れた侍従が訪ねてきた。要約すると、相当厳しい国の現状を鑑みれば誰も玉座に座りたくないということらしい。これまで熾烈な王位争いをしていた者達は軒並み死亡し、残っているのはまだ幼いか、国政も分からぬ者達だけで、誰に玉座を押し付けるかの末に白羽の矢が立ったのが僕だったと。


 数ある派閥の中には僕を王にと推す一派も昔からあったらしいが、今回の働きが大々的に広まった事で少数の官僚だけでなく国民からも望む声が大きくなっているのだとか。


 僕は直感的にこの男が裏で煽動したのだろうと悟った。何かと目を掛けてくれたのも、このいつかを夢見ていたのだろうか。だが生憎と僕は猫の額ほども王になりたいとは思わない。今の生活で十分満足だ。そんな僕の思いすらも見透かしたかのように、侍従の申し出は魅力的だった。僕はイリヤが好きだ。愛している。彼女を妻にしたいという気持ちはあったが、身分差が婚姻の邪魔していた。末端とはいえ王族の僕が伴侶とするには、最低でも貴族である事が求められる。騎士の娘であるイリヤでは釣り合わないのだ。精々愛人止まりで、それだけは絶対に認められない。王となれば尚更だが、この侍従は引き換えにイリヤを自分の養女ーーー伯爵令嬢にしてやると持ち出したのだ。僕は悪魔の甘言に乗った。

 僕は王になった。イリヤは伯爵の養女になった。イリヤは変わらず傍にいてくれる。女官長として。一方、国内の視察を終えて帰ってみると認知した覚えのない妻が大量に出来ていた。その多くが身寄りを無くした貴族の者達で、イリヤの必死の説得もありそのままにするしかなかった。おかしい。僕が結婚したいのはイリヤだけなのに。朝に夕に愛を囁けば返事をしてくれるのに、それ以外では他の女の事ばかりだ。悶々としながら形ばかりの妻になった女達にその心内を吐露する日々が続いた。


 未だに人手不足は続いているが、流石に王の周りから近衛が消えることはない。突然馬上に現れた裸の女はすぐさま捕えられた。が、その女が珍しい髪色をしていること、また話す内容に興味を惹かれて連れ帰る事にした。後にコレが王妃になるとは誰も思うまい。変な動きをするならば処分するだけだと言い聞かせ、イリヤの負担を減らすためにエマを僕付きの侍女にした。エマは僕の良き情報提供者であったが、密偵としてはまるで役立たずだった。イリヤの一日の行動くらいは把握しておいてくれなければ困る。あれでイリヤはガードが相当手強いのだ。そのお陰で僕の一日も隠蔽されているので、割と自由に行動出来るのだが、今回は裏目に出た。その日がイリヤの結婚式だと誰が想像しただろう。翌日になって直接報告された僕は、暫く傷心の旅に出た。




 僕が自分の過ちに気付いた時にはもう何もかも手遅れだった。手を繋ぐだけでは、花を贈るだけでは伝わらないことだってあるのだと僕は学んだ。


「君が望まなくても僕は何度でも愛を告げよう。想いが伝わるまで口付けをしよう。ああ、安心して欲しい。君のことはその道の玄人にいつでも見張らせているからね」


 今度こそ君を手に入れる。


後世は優れた王様、実際はただのへたれです。

黒幕は侍従。

次回、ありもしない(これからあるかもしれない)元王妃様視点。

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