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男気に芋ようかん



 早く押して欲しい。

「曲がってね?」

 またか。

「大丈夫」

「ストライプのが良かったかなぁ」

「水玉、似合ってるよ」

「似合う似合わないの話じゃなくて、この場合どう見えるかが問題なんだよ」

 うん、七五三だね。良くて成人式。 ……本当に言ったらキレるだろうなぁ。実年齢より幼く見えること、影でむっちゃ気にしてるから。

「やっぱ酒だったかなぁ」

「いいじゃん、芋ようかん」

 お酒だとお母さんは飲めないからって、二人が好物のものにしたんでしょ。

「芋ようかんってさぁ、ポジション的にどうなの?」

「ポジション?」

 そんなのあるの。

「和菓子界的に。いやこの際、手土産界的に」

 手土産界って。

「俺にとってのトップオブ和菓子はおはぎなんだよ」

 わたしはわらび餅かな。でも一番はシュークリーム。

「おはぎは絶対つぶあんな。ここは譲れない」

 どっちでもいいよ。彼は落ち着きなく襟もとをいじってる。その行為もおそらくさっきからの和菓子考察も、すべてはいきすぎた緊張のせい。 ……ああ、お腹すいた。

 夕べは遅くまでリハーサルにつき合わされて、今朝も早くから買い物に支度……眠い。本気で眠い。そんなこと隣の彼には、今日の彼には口がさけても言えないけど。はう。あ。欠伸でちゃった。

「ずいぶん余裕ですね、舞さん」

 やば、バレてた。

 ジト目で睨まれる。今日限定のキッチリヘアーのおかげでいつもより額があらわになってるから威力倍増。 ……七五三に睨まれたって怖くないし。

「いいよなそっちは楽勝だったから」

 また始まった。最近なにかっていうとすぐこれなんだから。小さいことをグチグチ、グチグチ。

「あのね。わたしだって緊張しました」

「あんなの緊張に入っかよ」

 カチン。

「母さんは昔っから舞びいきだし。親父もタマもやたらデレデレしやがるし」

 しょうがないじゃん。ちなみにタマはわたしがおやつ持って来てたからまとわりついてただけ。

 高校生のときに始めたバイト先にパートとして勤めていたのがトオルのお母さんで、卒業するまでなにかとお世話になった。その息子さんであるトオルとまさかつき合うようになるなんて。縁って不思議。

 結婚の報告のときも終始なごやか歓迎ムードだったから、それをトオルはうらやましがって……妬んでるとも言えるのかな。

 知り合いが身内になる、というのもそれはそれでけっこう恥ずかしいものなのですよ?

「会うの初めてじゃないんだから、そこま」

「今までと今日とは全然違う!」

 ……さようでございますか。フォローしようとしただけなのに。もうめんどくさい。

「なぁ曲がってね?」

「押すね」

「待ったっ」

 インターホンに伸ばした手は慌てた彼の手によって止められる。だいたいわたしにとっては実家なんだからインターホン押す必要もないんだけど。

「ネクタイなんてだれも見てないから」

 玄関前まで来といて心の準備がどうとか、どんだけヘタレなんですか。 ……らしいといえばらしいのか。はやまったかな、わたし。

 ため息まじりの悪態に待てども反撃がこない。隣を見ればトオルは目を閉じて深呼吸をしていた。いつになく本気な横顔になにも言えなくなる。

「舞」

 握られたままの手が少し震えてる。

「俺の男気、見てろよ」

 ゆっくりと目を開けたトオルはそう宣言したあとで、自信ありげに笑ってみせた。

 ――ピンポーン。

「ああ! なんで勝手に押すんだよっ」

「手、空いてないみたいから押してあげた」

 トオルの左手はわたしと、右手には芋ようかん。完全にパニくって悲鳴をあげたトオルには悪いけど、こっちもいろいろ限界なので。

 だって少し前、おはぎがどうとか言ってた辺りから、リビングのカーテンめくってウチのお母さんとおばあちゃんがこっち覗いてる。インターホン鳴らしたら逃げたけど。

 いつまでも入ってこないわたしたちが悪いのはわかってる。でも、ただひたすらに、恥ずかしすぎる。

 こんにちは……今日は大事な……。ブツブツ繰り返してるトオルを横目に、わたしは満面な笑顔を浮かべた。

 見てるよ。隣でずっと。

 返事の代わりにトオルの手を力強く握りしめた。




 

 

 

 


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