表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/47

理由



 最近、彼といると困ったことがおこる。

 時と場所と都合もお構いなしに。そのたびにわたしは必死でごまかす羽目になる。うつむくとこぼしてしまうから斜め上に顔をそむけたり。ゴミが入ったと言ったり。無理に欠伸をしたりとか。

 どうしようもないときは彼の胸元に頭をあずけて隠してたけど、これはふたりきりのときだけっていう条件がいる。

 なんて。いろいろやったって結局はバレてしまうのだけど。

 息をするのも忘れてしまうような綺麗な風景を見たわけじゃない。流行りのラブソングを最前列で聞いたわけでもない。誰かに負けてくやしいとか、ひどい言葉を投げられてかなしいとも違う。

 涙は、どこからくるのだろう。


 今日もダメだった。

 洗い物をしている彼の背中を見ていたら鼻の奥がつーんときて。こっちへ振り返った彼がわたしを見てぎょっと驚いた。けれどそれは一瞬だけ。

 最初の頃こそ泣き出すわたしを見て焦ったり、具合が悪いのかと慌てていた彼も今では慣れたもの。手を引かれ座ったソファーで抱き寄せられ。とんとん。背中を叩くリズムと彼の心音が心地よくて。この間はこのままふたりして寝ちゃったっけ。

「……志信さん、なんか愉しそう」

 言うと、頬越しに震えが伝わってきた。面倒がるところだと思うけど。わたしだってコントロールできない自分を持て余してるのに。

 あなたを見つめているだけ。ただそれだけのことで泣きたくなるのはなぜだろう。

 そばにいるときはいつも笑顔でいたい。わたしも穏やかな表情の彼を見ると安心するから、同じように思って欲しい。そう思うのに。

 一緒にいると胸がいっぱいになる。

 言葉で説明できるのはこれだけ。自分でもはっきりしない気持ちを、わかってもらえるかわからない。

 だって志信さんには言えない。本当はすこしこわいのだと。

 優しい声音で話されても、荒々しさを巧妙に消していても。背中を囲う固い腕、大きな手が、その気になればわたしなんて簡単に自由にできると告げている。

 力を使わなくたって、彼が白だと言えばたとえ他の人が黒だと笑ってもわたしは白と叫ぶだろう。それは絶対的な。 ……依存してるとも言えるのかな。曖昧すぎて境界線を引くことすらもうできない。

 自分以上に、自分に影響を与える人。それはとてもこわくて。

「俺のせいだろ」

 言われたことがわからなくて胸元から顔を上げた。

「灯《あかり》が、そうなるのは」

 そんなことが。

「愉しい、の?」

「ひどいな俺は」

 振動で震える。笑うあなたが、わたしを揺さぶる。

「志信さんの、せい」

 ソファーに横になる彼に覆いかぶさりながらつぶやいた。流れる涙はセーターに吸いこまれて。

「責任はとる」

 力が増すとすき間がなくなって、体温も呼吸もどこまでが自分のものかわからない。

 かなしくて。

 うれしい。

 こわくて。

 いとおしい。

「洗い物、とちゅう」

 ぐるぐるまざって。涙ごと。

「あとでいい」

 抱きしめる。





 

 


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ