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手触り



 なんのためらいもないようにあなたは僕に触れてくる。

 ジャケットを羽織った背中を。シャツの袖からのぞく腕を。テーブルの下で組んだ太股を。

 その指で。手の平で。肩で。ひじで。膝で。髪で。どこもかしこも柔らかいそれでもって、気やすげに。

 でも。どこまでの侵入が許されるのか、こちらの出かたを慎重に伺ってもいる。簡単にはさらけ出さないと知っているからなのか。

「気持ちいい」

 ただ手を繋いで街を歩いているだけ。なのに、特別なことでもしているかのようにあなたははしゃぐ。キツい太陽にさらされた肌は互いに汗ばんで、言うほど気持ちいいはずがない。

 僕より少し低い体温に手の甲を撫でられ。

「……そう」

 首の後ろに電気が走った。苛立ちを吐き出して、ご機嫌そうなあなたを睨みつけた。

 わからない。

 紙のなかの世界に埋没する僕といて、楽しいと笑うあなたが。

 それは、未知との遭遇。今までまわりにいなかったから物珍しいだけ。ある程度までいって満足したら、消えていく。あなたもそうでしょう? ――そう口にした五秒後、頬にいい角度からの平手をくらった。本気でシバかれかかった。泣きながら怒られた。後にも先にもあんな経験はあのとき一度きり。

 そんなことがあったのにもかかわらず、それでも僕を構うあなたがわからない。

 そしてそれ以上に。

 自分のものとは創りの違う小さな柔らかい手を、今もなぜか振りほどけずにいることも不可解で。

「照れてる」

 はぁ?

 のぞきこんでくる丸い黒目が細くなってニヤニヤ。面白そうに。

「照れてない」

「照れてた!」

 憚りもせず口を開けて笑うものだから、跳ねて風に乗る髪が首に触れた。拍子に甘い香りを吸いこんでしまい、息苦しい。

 なにを考えてるのかわかりづらい。表情も。言葉からも。ずっとそう言われてきた。あなたにかかればこの顔は、相当にわかりやすいようだけれど。

 掬いあげ広げてみせるのは、僕自身の知らなかった気持ちだけじゃない。

 残暑と呼べない日差しのなかでも、秋が混じった風が時折ふくようになったのだとか。

 僕の腕を振り回し笑うあなたが、まわりの視線を奪っている、とか。外に出なければわからなかった、見えなかったものばかり。

「痛っ」

 小さな訴えの原因が自分にあると、すぐには気づかなかった。思いのほか強い力で握りしめていたらしい。白い手が僕のなかで赤く変わっていた。

 それは言いようのない、満足感。

 少しだけ歪んだ困り顔も男の興奮材料にしかならないってこと、教えてあげようか?

 長い袖を着た腕を引き寄せて、赤い手形を残してみたい。あなたを押さえつけて、全身の隅々が染まるさまを見下ろしていたい――。

 切り忘れているだけの前髪が僕の願望をあなたから覆い隠す。身体は正直で単純だ。戯れに引っつき合ってもセオリー通りに反応する。心はそれに引きずられるだけ。都合のいい錯覚。それを利用しようか。心と身体。互いに欲しいものを出し合おうか。

 手に負荷がかかって顔を上げた。

「ちょっとは慣れた? わたしに」

 僕を見上げる目は出会ったときからずっとそうだったように、真っ直ぐで揺るがない。人と向き合う姿勢にあなたの気質が表れてる。それに引きかえ僕はといえば。

 まだ慣れない。

 隣にあなたがいることに。触れてしまうたび身体の芯が痛んで苦しくて、慣れそうにない。

 あなたの鏡はとても綺麗に磨かれていて、そこに映し出される僕を僕は直視できない。

 あなたの震えが包まれた手を通して伝わってくる。

 ああ。そうなんだ。

「笑った」

 自覚はあるけど、認めてあげない。

「笑ってない」

「笑ってた!」

 見つめあって言いあって。人の往来が激しい歩道でふたりして、なにしてんだか。


 たぶん。

 口ほどに物を言うのは、目に限ったことじゃない。





 

 


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