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あのね



 シャツについた歯みがき粉をぬぐいながら腰のあたりに視線を下ろす。

 右耳の近くが、ちょん、とはねたおかっぱ頭はさっきからずっとおちつかなさげにゆれている。

「あのね」

 くりかえされる、それ。

 起きてからも朝ごはんのあいだも、びたあってくっついてはチラチラこっちを見てくるのにつづきを言わない。

「うん」

 ゆうべは遅くて。そのまえも、つか今週はずっとこんなか。寝顔と朝のわずかな時間しかふれあえていない。新年度め。シミ、目立つな。水色だもんな。

「あのね」

「うん」

 ひざをついて彼女の顔をのぞきこんだ。

 あ。ブラウスのボタン、かけまちがえてる。くつしたも似てるけど左右ちがう。

 ひとつのことにとらわれるとほかのことはあとまわし。こころ、ここに在らずかな。

 学校でもこの調子でまわりについていけてるのかどうか。

 髪をといて、ボタンなおして、くつしたはき替えといで。

 そう言いたいけど、がまん。

 いま気をほかに向けたら彼女のなかの言いたい言葉が遠のいてしまう。大事なことなんだろう言葉が。

「あのね」

「うん」

 ひらいた口をまた閉じて。あごに力を入れて。

「ママの、お誕生日」

 ようやく出てきた。

 ん? ああ、そういや今日か。

 ちいさな手で大切そうに持ってたのは、バースデーカード? クレヨンで書かれた “おめでとう” の文字が踊ってる。

 にぎりしめてたからかちょっとよれてしまって。そっか。

「ケーキ買って帰るよ」

 ぱあって、満面のほころび。

 いやいや。こちらこそです。助かりました、ほんと。娘。グッジョブ。

 台所から今日の主役の雄叫び。

「ていや! おぬし、卵のくせにこしゃくなっ」

 最近はゲームのなんとか男子に影響されてか、家庭内でちょくちょくいくさがはじまる。

 こちらの密談がバレていないことをふたりで確認しつつ。

「フルーツが、いっぱいのね」

 娘よ。重ね重ね、グッジョブ。

「タルトのヤツな。了解」

「ママにはナイショね」

 さしだされた小指に自分の小指をあわせる。

「ゆびきりげんまん!」

「びっくりさせてやろう」

「うんっ」

 はしゃぐハネっ毛を手ですいてやる。

 胸に抱えたカードがまたよれた。

 はやく言えばいいのに。

 毎日いろんな発見を彼女は持って帰ってくる。

 ──あのね。

 ──タンポポが咲いてた。

 ──てんとう虫がね、ママのくつにおりてきたよ。

 ちいさなキミの、ちいさなヒミツ。

 言えないよな。

 帰りの遅い俺を気づかって。

 いいよ。そのままで。いいよ。うまくやれなくたって。

 その手のなかにあるものを大切にしたらいい。

 ひと仕事を終えた、右側がはねたママさん。

「今朝の戦果はいかがでしたか」

「うむ。苦しい戦況であった。だが、勝ったぞ」

 どうやら今日の卵焼きは炭化せずにすんだらしい。

「パパぁ、もうなんで水色のときにかぎって歯みがき粉つけるかなぁ」

「うん。面目ない」

「実加もボタンかけまちがってるよ! ああ、くつしたも」

「めんぼくない」

 まんまる目がニヤリと見上げてくる。俺も笑う。

「なによふたりして」

 口をとがらせた妻君にいっそうこみあげる。

「ナイショ!」

 ケーキにワインもつけようか。今週の詫びと。感謝をそえて。

 てことは。今日はなにがなんでもはやく帰らないと。よし。

 待てるか。待てないか。

 前者でありたいとは思う。

 子育ては親育て。

 だれが言ったんだっけ。

 歯みがき粉のシミをベストでかくしながら。

 髪をとく。くつしたをはく。ふたりの唄を聞きながら。

 あとどれくらい。キミのヒミツをわけてもらえるかな。

 あとなんど。キミとナイショのゆびきりができるだろう。

「パパぁ、ゴミおねがい」

「了解」

「パパっ実加っ、ハンカチ」

「もった」

「もったぁ」

「ママも実加も、はねてるよ」

「えー!」

「おそろいだな」

「おそろいだよ」

 

 



 

 

 

 




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