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爪切り



 ぱちん。

「んなあ」

 ぱちん。

「なあう」

 ぱちん。

「んなあ」

 ぷ。

「おいおい。ひとの爪切りながら笑うなよ、あぶない」

「だって。タイミング良すぎて」

「ああう」

「オレのせいにすんなってよ」

「ごめんね、ミケ。もうちょっと待っててね」

「早ようせい。腹へったにゃ」

「うっさい」

 ぱちん。 ……ぱちん。

 掃き出し窓からの風に前髪がゆれる。手をとめて、耳にかけ直した。彼からのかまって攻撃ネコじゃらしを尻尾であしらいながらミケがあくびをする。彼もあくび。それを見ていたわたしも……。

 青葉の匂いが鼻をかすめた。陽気が眠気をさそう。次々と襲いかかるあくびをかみころしながら気合いを入れなおす。

 大きな足の小さな固い爪。となりの指を傷つけないように用心、用心。

 ぱちん。

 台所の床に座りこんで。日あたり良好。手もとが良く見えるから爪を切るときはいつもここ。

 ふたりで住める部屋を探していたとき、ふたりしてこの明るさが気に入って決めた。部屋の数は少ないけど。お風呂もちょっとせまいけど。荷物を減らせば。掃除がラクだと。思えばちょうどいい。

 ぱちぱち切ったら、一本一本ていねいに研いで。はい、きれいになりました。

 ミケのごはんを用意したら、バトンタッチ。わたしの番。

 越してきてすぐのころ大雨が降った。翌朝、ベランダの室外機のすみで一匹の子猫がびしょぬれでふるえていた。一晩中鳴いていたのか声はほとんど出ず、大きくなってもかすれたまま。

 カリカリ。グルグル。

 食事しながらのど鳴らすって猫は器用だよなぁ。

 彼はわたしの爪を切らずに研いで仕上げていく。ちょっと手間なはずなのにいつもキレイにしてくれる。

 グルグル。グルグル。

 うれしいときの表現。わたしののども鳴ってそう。

 猫はニガテだって言ってたのに。はやく気づいてやれなくてごめんな。いまでも時々そうこぼす。

 わたしとのことだって。押しに弱いというか。懐がデカイというのか。


 なにもない。でも。ぜんぶここにある。


「ミケ。ミケ」

「ああおん」

「ねえ、ミケいやがってるよ。それに、顔、痛くない?」

「愛はときに痛いんだよ」

「んなあう」

「ミケはツンデレだもんな。よしよし」

「デレてるとこ見たことないけど」

「あだだだっ」

「ミケ。血だらけになるまえに降りてあげて」

「うな」

「ってぇ。ミケの爪も切んないとな」

「そのまえにごはんにしよう」

「んなあう」




 

 

 

 

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