いただきます
「あ!」
「――どした?」
わたしの声に反応した慎ちゃんが台所へ入って来た。
「刺されたぁ」
「ああ……。こりゃまた見事な」
妙な感心をする彼と一気に不機嫌になったわたしの視線の先には、真っ赤にぷっくり膨れた吸血の跡。
「かぁゆぅいい!」
「待て待て」
片手でわたしの手を掴みながら、もう一方は冷蔵庫からなにやら取り出した。
「ひゃ!」
肩に近い二の腕に氷があてられる。小さな悲鳴に彼は笑いつつ、しばらく我慢しろとその場から離れた。
冷たさのおかげで痒みは弱くなってきたけど、外から戻ってきたばかりの身体はまだ熱く、氷は見る間に溶けていく。
途中だった残りの荷物を冷蔵庫へ押しこめ、ぶり返してくる前に二つ目の氷をあてた。
「虫刺され、氷、痒み止め。正しい夏の風物詩だな」
エアコンが効き始めたリビングのソファに座り、呑気なことを言いながら手招きする人物に軽い殺意を覚えかけた。
それを感じとった訳ではないだろうけど、隣に腰かけたわたしの腕を取って、タオルで水気を拭ってから薬を塗られた。
ん〜。独特なスースー感。確かに夏が来たってカンジ。悔しいから口にはしないけど。
「慎ちゃんは腕出してたのに、ズルイ」
一緒に出かけていた半袖シャツの彼は無傷で、Tシャツに日焼け防止のアームカバーをしてたわたしだけが刺されるなんて。
「男より女の子のが、柔らかくて刺しやすいんだろ」
む。どうせ二の腕ぷにぷにしてますよ。
「痒くしないんだったら、分けてあげなくもないのに」
「いつの間にか吸われてんの? 気味悪いぞ、それ」
それもそっか。
「なんかわたしばっか刺されてる気がする」
「旨そうなんだよ。モテるなぁ、美和」
「蚊にモテても嬉しくない!」
そんな好評価、欲しくないし。
と、立ち上がったはずが腕を引かれて。
「いただきます」
慎ちゃんはそう言うとわたしの、蚊に刺されていないほうの二の腕に口づけてきた。
「やぁっ」
ビックリしすぎて動けないわたしをいいことに、味わうように食まれたあと、強く吸いつかれる。 ――ちゅう。
「……結構なお味でした」
「バカっ!!」
ニヤッと上目使いの慎ちゃんに、思いっきり罵声を浴びせ掛ける。当の本人は笑うばっかりでちっとも堪えた様子がない。
「ほら、旨そうだから」
「バカっバカっ、バカ!」
「男のことを虫に例えるのもわかるな」
わかるか!
側にあったクッションで叩いても意に介さない虫に苛立ちながら、明日は強力な虫避けスプレーを買ってきてやると誓った。
ちなみに。
虫刺されの痕は処置が早かったためかすぐに消えた。でも、小憎らしい虫がつけたほうの痕はなかなか消えなくて。おかげでしばらく袖の長い服しか着れなかった。
了