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醒めないで



「でねでね、新曲がこれまた絶品で」

 いつもより一オクターブは高い、少し早口なしゃべり方。互いの姿が見えないのをいいことに忍び笑う。当然ながら彼女はそれに気づかない。

「振り付けがあると全然ちがうんだよね、耳からだけだった“音”を目でも聞くっていうのかな、身体ぜんぶで感じるの。すごいよね、音楽が見えるんだよ?」

 これこそ、興奮さめやらぬ、か。

「息づかいとか歌い方とか拍手とか今夜だけなんてもったいないよ。それが生の良いとこだけど。ぜーんぶきれいにラッピングして持って帰りたかった!」

 よっぽどだったんだな。数ヶ月まえから楽しみにしてたコンサートは期待を裏切らなかったよう。

 けどまぁそんなに慌ててしゃべんなくても。次に会うときだっていいのに彼女はどうしても今夜、話たいようで。

 あれもこれも。どれほど素晴らしかったかはもちろん、ジャケットの色やら髪型とか、歌とは関係ないような細部にいたるまで。まぁそういうとこを楽しめてこそファンってもんなんでしょうかね。

「またあの曲の間奏のとこで泣いたんだろ」

「うん。すっごいしびれた。今日はとくに良かった」

 彼女が心酔する歌い手は、歌うたびに自己最高を更新するらしい。

「三回は、ぜぇったい目が合ったよ」

 苦笑いがあっちにバレないようにこらえるのも結構ツライ。腹いてぇ。

「よかったな」

「うんっ」

 普段もこれくらい素直だといいんだけどね。

 照れ屋な彼女のちょっと意外な一面を見られるから善しとしときましょうか。

「もうめちゃくちゃカッコ良かったぁ」

 ハイハイ。

「あんなカッコイイひとなかなかいないよ」

 歌がウマイのは認めますけど。はっきり言わせてもらいますけど。イイ男はここにもいるから。

「明日、早いんだろ。興奮しすぎて寝坊しないように」

「うん」

 おや、珍しい。いつもならまだ現実に戻りたくなぁい、とか駄々こねるのに。

「慎ちゃん」

「ん?」

「ありがと」

「……なに急に」

 びっくりした。びっくりして反応が遅れた。

「慎ちゃんがね、居てくれるから、コンサート楽しかったんだと思う。 ……一緒に行くとかって意味じゃなくって。楽しいないいなって、感じられる気持ちをね、慎ちゃんからもらってると思うから」

 ――やられた。

 照れ笑いを聞きながら不意打ちをくらった心臓を落ち着かせる。

 ああ。うっかりしてた。彼女のこういう、きれいで真っすぐなところに俺は惚れたんだった。

 そう、いつも。計算なしの、掛値なしの心をぶつけてくるところに。

 情けない顔を見られなくていいかわりに相手の顔も見えない。電話って便利なようで……。

「次は一緒に行こうな」

「ぜったいね」




 

 


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