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彼女はカスガイ



「オンナのコにはやさしくしなくちゃダメです。いいですか?」

「はい」

「おっきなこえもダメ。らんぼーなコトバもダメです」

「はい」

「では。もういちど、さいしょから」

「ごめんなさい。僕が悪かったです。どうか帰ってきてください」

「よくできました」

「ありがとうございます」

 背筋を伸ばしたまま深くお辞儀をする。そんな俺の返事に彼女はひとつうなずくとスマートフォンを華麗に操作しだした。

 ここまで長かった。

 鬼軍曹も顔負けな彼女の指導の下、血がにじむような努力を重ねやっとここまで。自分のことを「僕」と呼べるようになるまで一体どれだけのものを捨ててきたことか。

 通話中のそれを、深呼吸してから受け取った。

「はい。 ――あ? それはこっちのセリフだ、ざけんなっ」

「や、さ、し、く!」

 ハッ。彼女の叱責に我にかえった。あの声を耳にしてしまうとつい。落ち着け。汚辱に耐えて数々の試練を乗り越えてきたのはなんのためだ。これからの平和な生活のためだろう。

 にらんでくる彼女に膝を叩かれながら、強張る口もとを必死に動かした。

「…………お、ボクがワルかったデス。帰ってきてクダサイ。 ――だから謝ってんだろうがっ」

「パパ!」

 ああ、スマフォが没収されていく。手を伸ばそうにも、ツインテールの軍曹の厳しい視線に身がすくむ。結びかたが気にくわないとなんどもやり直しさせられた今朝もそうだった。こういうときの迫力はまさに母親ゆずり。

「パパ」

「……はい」

「パパはママにかえってきてほしくないの?」

「帰ってきて欲しいです」

「ママはどうしてかえってこないの?」

「パパが、約束を守らなかったから、です」

 ちょっとタバコ吸っただけじゃん。飲みだって、ちょっとハメ外しただけじゃん。

 そうだよ。わかってる。全面的に俺が悪いです。

「ごめん」

「――ママきこえた? うん。シュンってなってる。ねぇママいつかえってくる? パパのごはん、おいしくないからもうヤダ」

 ガビーン。

 あ。なんか泣けてくるかも。自分の不甲斐なさとか、正座のし過ぎとかその他もろもろ込みで。いやその前に、幼稚園児に正座させられてる時点でどうなんだろ、俺。

「パパないてるよぉ」

 あきれ声の愛娘に頭をなでられ情けなさを倍増させつつも、スマフォからの返答に耳をすました。




 

 

 


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