第五十五話
そうして探すことわずか十分。
先ほどまでの苦労は何だったのかというくらいにすんなりと、目的のお店を探すことが出来た。
ここらへんは、流石は表通りだと言うべき所なのだろうか。
「(でも、人が多すぎるのが欠点だよね。東京より多いんじゃないかなぁ…? 人口密度は東京の方が断然高いけど)」
…王都が繁盛している、賑わっている、などといったプラスの表現は出てこないらしい。
「──で、何が食べたいの?」
「辛くないものなら何でも!」
「……。じゃあ、これとこれを」
ウエイトレスに、メニューを指差してそう注文するエル。
開いているページが定食メニューである事から、どうやら、私の分も選択してくれたようだった。
「(…そういえば、この国の文字は魔界と同じなのかな?)」
その動作をぼんやりと見ていたら、そんな疑問が不意に浮かんできた。
どうしても気になったので、エルが閉じようとしていたメニューを覗き見てみた。
「(…あ、同じだ)」
魔界と同じだとは言っても日本語じゃないから、読めていること自体、未だに奇妙な感覚を伴うのだけども。
まぁ、本を読むことに集中し始めれば、そんなの気にならなくなるんだけどね。
「……カノン、どうかしたの?」
ほんのチラリと見ただけだったが、エルが気付いて首を傾げてきた。…鋭いなぁ。
一瞬、「何でもない」と誤魔化そうかとも思ったが、あらぬ方向に誤解されても困るので(どんな誤解を生むのかは不明だが)、疑問も兼ねてエルに説明することにした。
「図書館にある本は読めるけど、これはどうなのかと思って見てみたんだよ」
どうして読めるの?と首を傾げると、エルが小さく肩をすくめた。
「そりゃあ読めるわよ。だって、同じ言語だもの」
「なるほど」
ということは、この大陸は…というより、この世界は統一言語なのかな?
「外に出るのも勉強になるね。新鮮! さーて、帰ったら海斗にも教えてあげようっと」
「(陛下は知っているだろうとは思うけれど)……そうね」
まだ三時間以上も帰るまで時間があるというのに、既に彼への報告が楽しみらしい。
夏音の気持ちを(普段の兄妹の様子から)安易に察することが出来たエルは、あえてそれを口には出さずに静かに頷いた。
「喜んでくれると良いなぁ…あ、帰りにお土産買っていきたいっ」
「ええ、構わないわよ」
「やった! ……ああ、でも、あんまり豪華なものは無理だよね…」
主に、海斗の好みと金額の面で。
私もあまりきらきらしたものは好きじゃない。
ならばどんなのが良いかと思案するために俯いた夏音に、エルが提案する。
「お揃いの物は?」
「前は持ってたよ。…今はもう無いけど、色違いだったんだ」
夏音が言っている『お揃いの物』とはケータイのことだ。機種が同じで色違いの物だった。
正確に言うと、「今はもう無い」というより「魔界に持ってきていないから無い」というのが正しいのだが、それを訂正する者はこの場所には居ない。
「それに似たようなものは?」
「(技術的に)絶対に無いと思うよ。……そう考えると、結構貴重なものだったんだなぁ」
けっこう雑に扱っていたことを思い出し、夏音はそう一人ごちた。
…もう帰れないだろうから、持って来ることも出来ないだろうしなぁ。いや、そんなに欲しいとも思わないけど。だってケータイ使わない(使えない)し。
それに、正直、別に帰れなくても問題ないんだけどね。
だって、海斗がこっちにいるからさ。
父さん母さんが生きていたなら帰りたいと思うだろうけど。
…まあ、仮に二人が生きていたとしても、各自で自由に魔界に来れるんだろうから、そんなに思わないかもしれない。
それに、両親の形見というべきものなら魔界の方が断然多いし。
……ぶっちゃけ、今の海斗と私は、父さんと母さんの形見でフルコーディネートされてるようなものなんだよね。
究極なことを言えば、この身体だって両親の遺伝子が元なわけだから、これも形見と言えるのかもしれないし。性格云々は違うけど。
──……あ。なんか、すっごい深みにハマっている気がする。
地球で一番四人の思い出が詰まっているのは、強いて言えば家本体かなぁ。こんなの持ってこれるわけ無いから却下。持ってこれたとしても何か違和感あるから却下。
…そもそも、あれが魔界にあったら思い出の意味がないと思う。あの家は日本のあの場所に在るからこそ、思い出が詰まっていると言えるのだから。
「(それに、親戚達は私が行方不明になって喜んでるだろうし)」
海斗まで行方不明になっているのは大きな損害なんだろうけど、そんなの知ったこっちゃ無い。むしろざまぁみろ。
…保険金とか賭けられていたのかな? ていうか、そもそも、行方不明って保険金が降りるんだっけ? そこら辺は弁護士さんのお仕事なのだろうか、よく知らないから何とも言えないなぁ。
というか、行方不明なのを良いことに家を荒らされていないと良いけど。
「(魔術で家の様子を見ることは出来ないのかな? 出来るのなら確認したい)」
あとでエルに聞いてみようっと。
──そう思考が一段落着いたところで、タイミング良く料理が運ばれてきた。
魚介類てんこ盛りのパスタ(もどき)と海老のピラフ(もどき)だ。
出来立てらしい、美味しそうな香りと、ほくほくとした湯気が上がっている料理がテーブルに置かれる。
「おいしそーっ」
料理を初めて見た(実際に初めてなのだが)子供のようにきらきらと瞳を輝かせ、「早く食べようよ!」と催促する夏音に、エルは微苦笑をもらしたのだった。




