第五十二話
「…………くたばってしまえば良いのに、あんな奴なんか」
「…物騒ねぇ」
そうは言っても咎める気配のないエルに、夏音は怒濤の勢いで愚痴った。
「だってさ、エル! さっきも言ったけどね、あいつの言ってることほとんど意味不明だったんだよ!? 海斗が居るから満足に反論できなかったし。……いや、海斗が居てくれたからあれ以上大事にならずに済んだってのもあるんだけど…。──海斗はともかくあの女ぁ…!」
「(カノンは純粋ね…)まぁ、とにかく少しは落ち着きなさい──ほら、今はこっちを楽しむべきでしょう?」
「…………うん」
不承不承ながらも頷いた夏音に、エルは内心胸をなで下ろした。
「(カノンは気が付いていないだろうけど、けっこう目立っているのよね…)」
一目で貴族、それも上流の者だと分かる衣装を身にまとっているというだけでも注目を浴びるものだ。
それに加え、(誇張な表現ではなく)美少女な二人だから、すれ違う人たちのほとんどが振り向く。
そうして二人を見ては顔を赤らめたりぽーっとする。…気持ちは分からないでもないのだけれど。
ただ単に振り向くだけの人の中には、貴族の娘二人が護衛も付けずにこんな街中を歩いていることに不信感を抱いている者もいるみたいだ。もっとも、こちらに直接訊ねるような人はいないのは幸いだが。
取り繕うのも面倒だし、言い訳を考えるのも大変なのだ。
──そんなエルの内心を知ってか知らずか、夏音は自分で納得するようにもう一度頷くと、エルに向かって笑顔を浮かべた。
「そうだよね。…念願の街巡りなんだからっ」
一気に機嫌が上昇した夏音は、目を輝かせて辺りの店を物色し始める。
「エル、あのお店行きたい。楽しそうじゃない?」
「あのお店って、小物店のこと?」
「そうそう。民芸品みたいなのがたくさん売ってるとこ。あ、あれ何?」
「あれは、北の地方に生息している鳥の卵の殻を使って作られているのよ。色とりどりの着色は、草花から作った着色料を使用しているの」
「へぇー」
次から次へと目にとまったものについて訊いてくる夏音は、まるで子供のようだ。
エルはそんな夏音に苦笑を浮かべつつも、それらに丁寧に返答する。
「あの、もわもわしたやつは?」
「…もわもわ?」
「うん。もしゃもしゃでも良いけど。何かの動物だよね? これ」
「(もしゃもしゃ?)……それはコルコットよ」
触ってみたら綿のようにふかふかしていて、夏音は笑顔を浮かべた。
「こるこっと?」
「えぇ。手触りが良いでしょう? …赤ん坊のための人形よ。舐めても大丈夫なように、覆っている毛は抜けにくい加工がされているの」
「あぁ、赤ん坊用のなんだ……」
「身内に赤ん坊が生まれたときには、それを贈るのが習わしなのよ。…使われている動物の毛の種類によって込められている願いは違うけれど、女の子なら小動物、男の子なら体が大きかったり力が強い動物の毛で作られたものを贈るのが定番ね」
「へぇー」
夏音が、獅子とか虎もかっこいいしリスも兎もかわいい、と手にとって確かめていると、それまで遠目に見ていた店員の一人(女)が二人へと近寄ってきた。
エルはそれに気付いて不快げに眉を顰めた一方で、夏音は我関せずといった風情でしきりに商品を眺めている。…この場合、夏音が気付いていないという可能性が大なのだけれど。
「何か、お気に召された物でもございましたか?」
質問自体は店員として妥当だし、日本では(・・・・)店員がこうして声をかけてくるのは普通のことだから、夏音は特別気にもかけなかった。
だから、普通に受け答えをする。
「これとかは興味あります。──すみませんが、もう少し自由に店内を見ても良いですか?」
「…かしこまりました」
店員の承諾を得た夏音は、また新たなターゲットを見つけ、そこに隣にいるエルの腕を引っ張っていく。
「これはメモかな?」
「えぇ。持ってない?」
「…(魔界の)部屋にあったような無かったような。この赤いの買おうかなぁ。可愛い」
夏音が気に入ったのは、赤い生地に、黒い猫のシルエットが入っているメモ帳だった。
夏音がそれを手にとったのを見て、エルが不思議そうな表情をする。
「あら、意外と質素なのを選ぶのね」
「シンプル・イズ・ザ・ベスト──素朴が一番良いんだよー」
その純粋な疑問に答えつつ、夏音はレジへと向かった。




