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第五十一話



「夏音、説明してくれる?」


 それぞれの説明が終わって一段落ついて、エルとクレトンをひとまず各自の部屋に帰してから──



 海斗が、一体何があったのかと問いただしてきた。

 その視線から逃げるように瞳をさまよわせていると、もう一度名前を呼ばれた。


「……彼女が悪いんだよ」


 ソファーにて寝かせられた侍女を睨みつけつつ、夏音は暗い声音で答えた。


 海斗の無言の圧から逃れるためには何か言葉を発するしかない。

 そうして無意識のうちに出てきた言葉が、これだった。

 …これは言い訳というより、責任転嫁の常套句だろうが。


「……」


 海斗は無言だ。

 兄の視線が私から一瞬も逸れていないのは、顔を上げてわざわざ確かめなくても分かっていた。

 気が付いてはいるけれど、恐くて顔が上げられない。


 兄が、こんなことで手を上げるような人じゃなく、暴言や罵詈雑言を吐くような性格でないのも勿論分かっている。

 どちらか一方の言い分だけじゃなく双方の考えを聞いた上で判断できて、なおかつ公正な判断を下せる人だというのも知っている。

 だから、彼女に言われたことをありのまま述べれば良いだけだ。おそらく海斗は信じてくれる。

 けれど。

 それと同時に、心の奥底では、弁解をしたくないと思う自分もいた。


 言い訳をしてはいけない──それは、幼少時から、引き取られた先でずっと言われていたことだった。

 「私は悪くないのだ」と言っても、その場の誰もが「そんなのは戯れ言だ」と決めつけて、私の必死の言葉を聞いてはくれなかった。

 最初のうちは反論していたけれど、じきにその努力もしなくなった。どれだけ言っても無駄だと思ったし、実際そうだったから。

 ──幼い頃からの洗脳とも言える刷り込みは、彼女が成長しても根付いたままだった。

 治っていたのではなく、ひっそりと息を潜めていただけだったのだ。


 ──アイツが悪いんだ。私じゃない。私は悪くない。なのに、なぜ怒られなければいけないのか。


 口から空気とともに漏れ出た声が、海斗に、届いたのかは分からない。

 確かめる気すら起きなかった。


「夏音」

「っ…」


 海斗は夏音の頭に手を置き、優しく撫でた。


「怖がらなくて良いよ。僕は君に対して怒っているんじゃないから。ね? 夏音」


 柔らかな苦笑と共にかけられた言葉に、夏音がそろそろと頭をもたげる。

 夏音が不安げに此方を窺う。その視線に安心させるために微笑み、双子の兄は更に続けた。


「本当に、夏音に怒っているんじゃないんだよ。…ごめん、怖がらせたね」

「……」


 夏音は、力無く首を横に振った。

 ──再び、静寂が訪れる。

 やがて、夏音は重い口を開いた。


「……貶されたから、キレたんだよ」

「それにしては、夏音の声はそんなに聞こえなかったよ?」

「そりゃあね。あんな朝早くに騒ぐわけにはいかないからね」

「その判断は賢明だね。…さて、夏音。この子が起きたら、この子にも話を聞こうと思うんだけど、」

「嫌だ。まだこいつと話し合えと? 何で?」

「……そんなに嫌い?」


 夏音は勿論だと勢いよく頷いた。


「こういう、人の話を聞かない生物と話が成立するとは思えない。時間の無駄だよ」

「そんなに?」

「そうだよ。こっちの話を聞かないで、勝手な思い込みで言いがかり付けてきたんだよ?」


 夏音は、怒りさめやらぬといった風情で──というか、また怒りが再燃してきたようだったが──愚痴った。

 そういう人種なのだから相手にするだけ無駄だと、頭では理解している。

 だが、それだからといって感情を制御できるほどに彼女は大人ではないのだ。


「ぅ…っ」

「!」


 ソファーに横たわっていた侍女が身じろぎをした。その音で、夏音は既に逃げ腰だ。

 私の発した言葉の全てを、彼女は自分の都合のいいように(というか自分婉曲し、解釈する。

 …だから、恐ろしく厄介なのだ。

 言葉のキャッチボールが出来ないというだけで、あんなにもいらつく。


「っ…話し合うもんか! 誰が話すか、こんな奴と!」


 そう叫んでこの部屋から逃げ出そうとする夏音を、海斗が引き止めた。

 夏音は捕まれた腕を反射的に振り払おうとしたが、掴んでいるのが海斗だと分かって躊躇する。

 その間に、侍女は覚醒したようだった。


「ぅん……? ──あ、破廉恥女!」

「……誰が破廉恥だって?」


 謂われのない蔑称にピクリと反応した夏音は、苛々としつつもそう問う。


「じゃあ、どうしてこの部屋に男の人を呼んでるんですか!? 朝っぱらから! …それに、どうして腕を掴まれているんですか? もしかして、じょう……ふ、不潔な!!」

「ここに海斗がいるのはお前が原因だから」


 夏音は、相手にするのも煩わしい、というような表情でそう答え、ややあってから首を傾げた。


「…不潔って、何が?」


 海斗の事じゃないのは確かだけれど(むしろ海斗と答えたら殺す)、彼女が何を指して「不潔」だと言っているのか分からない。


「人のベッドで何してくれてるんですか!?」

「(人の質問に答えろよ)人のベッドって、これ私が借りてるやつだよね。少なくとも、あんたのじゃあないよね? ……てか、ほんと、さっきから何言ってんの?」


 本気で解せないらしい夏音がほぼ喧嘩腰でそう問うも、侍女からの回答は「馬鹿なんですか?」だった。


「……」


 夏音からしたら、なんの脈絡もなく貶められたのだ。

 だから、怒るのは当然だった。


「馬鹿にしてんじゃ…」


 馬鹿にしてんじゃねーぞ、と言おうとした矢先に、眉をひそめた双子の兄が視界に入って停止する。

 …そうだった。海斗は私の言葉遣いに敏感なんだった。キレると言葉遣いも荒れるみたいだから、気を付けないとなー…。うわ、面倒。

 まあ、でも、海斗がそれを望んでいるのならそうするのもやぶさかではないかな。うん。




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