第五十話
同時に、ドアの開く音が部屋に鳴り響く。
「…夏音」
肩で息をした海斗が、静かに双子の妹の名を呼んだ。
それまで面倒臭げにドアの方を見ていた夏音の目が、僅かに見開かれる。
目の前の彼女を冷たく睥睨していた瞳が、実兄と目があった瞬間に和らいだ。
「かいと? …なんでここにいるの?」
夏音は、本気で分かっていないらしい。そう察した海斗は、片手で頭を押さえた。
「何でって…。あんな大声出されれば、嫌でも起きるよ」
「……大声?」
海斗の視線の先には、先ほど夏音に暴言を吐いてくれた侍女の姿。
彼女の中ではまだ極悪人判定をされているのか、夏音を睨み付けたままだが──べつにそれはどうでも良い。
「(煩かったのは私じゃなくて、コレって事か)」
海斗の視線から納得する答えを導き出した夏音は、内心で頷いた。
そりゃあ、あんなにヒステリックに叫ばれたら否が応でも起きるだろう。
なんか勝った気分だ。
「カノン、これは一体……?」
「あ、エル。クレトンさんも」
と、そこに、己が絶大なる信頼を寄せている海斗に加え、親友のエルと、確かな味方であるクレトンが姿を現した。そのため、夏音は侍女から目線を外し、彼ら三人の方へと向いた。
いつまでも睨み合いに付き合ってやる義理はない。
走ってきた勢いそのままにドアから入ってきたエルは、迷わずに渦中の侍女を睨み付け、クレトンは部屋の中をちらりと一瞥した後に、怒り冷めやらぬ夏音と侍女をみて眉をひそめた。
場を、静寂が包む。
まだ完全に冷静ではない夏音は、この場にそれほどの人物が集まった理由を考えるまでには到らなかったが、それでも心を落ち着かせることは出来たようだった。
「私が怒っただけ。ごめん、朝早くに騒動起こしちゃって。クレトンさんもすみませんでした」
ぺこりと頭を下げた夏音に若干慌てて首を振るクレトン。
「もう起きている時間でしたから、べつにそこは構いません。…いや、そこではなくて」
「カノン、魔術を使えるようになったの?」
対峙している二人の間に身体を滑り込ませ、エルはこちらに顔を向けてそう訊いた。
クレトンの言葉を受け継いだ形(彼らは視線で会話するという高等技術を使ってくれた)だ。
「……。はい?」
「あら、てっきりそうなのかと思っていたけど、違うの? 防音の結界を張ったうえに、また新しい魔術を使おうとしていたみたいだから、止めに来たのだけど」
「…詳しく説明をお願いします。防音の結界って? 新しい魔術って?」
「この部屋だけに、防音の効果がある結界を作っているじゃないの」
「いや、知らない。真面目に知らない」
「……気が付いてないの?」
「え?」
そもそも張り方を知らない、と言うと、エルは怪訝そうな表情になった。
それに関しては何も疚しいことがないのでエルの瞳を真っ直ぐに見返す。
「…また後で、詳しく教えてあげるわ。魔術の事について。どうして私が釈然としていないか、も」
「うん、そうしてくれると非常にありがたい。…クレトンさんはどうしたんですか? 防音の結界が張ってあったって事は、あの騒動聞こえていないんでしょう?」
「殺気ですよ、王女様」
「……なるほど」
聞けば。
エルは、私の部屋にて魔術(それが防音の結界だというのは、この部屋に入ってから気が付いたようです)が発動した事に気が付いたものの、私が初級魔術を練習しているだけかと思って気にとめなかった。
そうしていると、私の部屋のドアが開く乱暴な音がしたので、気になって来てみた。そしたらこんなんだった。
クレトンさんは、魔術はまだしも私の放った(らしい)殺気に気付いたからだそうだ。殺気を感じたのは少し前からだったのだけれど、それから部下に連絡を取って、彼らには部屋で待機するように命令してから来たので、これほど遅くなったと。
「部下の方々に命令って、それ、しないといけないものだったんですか?」と尋ねたら、「あいつらが心配しないようにですよ」と苦笑された。なんでも、相当敵意を放っていたらしい。……そうだった?
で、二人して部屋の前で鉢合わせ、そのまま私の部屋にinした、と。
──若干要約したけど、こういうような説明だった。
「クレトンさん。人間の軍隊たちは、殺気に気付いていないんですか?」
「どうでしょうかねえ…。五分五分ってとこじゃないですか?」
その答えに納得した夏音は、ふと侍女を見て首を傾げた。
「この人さ、死んでるよね?」
「…勝手に殺しちゃいけないよ、夏音」
「えー? でもほら、床に横たわってるよ」
どこか不満げな夏音に、エルは頭を抱えた。
彼女はどうしてもこの侍女を殺したいのだろうか…。
「死んでないわよ。魔術で眠らせておいただけ」
「床に崩れ落ちたときに打ち所悪くて死んでた、とか」
「ないから!」
「……残念」




