第四十九話
「起きてください」
「……んー?」
起こすタイミングが悪かったのか意識の覚醒が上手くいかない。スッキリと起きられないのだ。
夏音は、寝起きで回らない頭でそう原因を特定しつつ、なんとか「おはようございます…」と返した。
気分は最悪だ。
さっき特定した原因に加え、起こしに来たのは自分の知らない侍女だったから。
昨日紹介された中に居たような気がしなくもないが、会って半日も経ってない間柄を「知っている」とは言わないだろう。しかも、昨日会話すらしてない。互いに名前と簡単な紹介のみだった。
──まず、そもそも何故、部屋で寝ている本人の許可を得ずに入ってきているのか。
少しはこちらの心情も考慮して欲しいものだ。相手が魔族ならまだしも、彼女は人間界の者。この国が敵か味方かも分からない状況だから、よけいに寝首をかかれたようなかんじがして、大変に気分が悪くなる。
幸いなことに、この国の王族の名前は覚えていることができた。そのことにこっそりと胸をなで下ろす。まぁ、顔はうろ覚えだがどうにかなるだろう。
本当に覚えるのが苦手なんだよ、と一人ごちる夏音に、夏音の身の回りの世話を担当することになったその侍女は震えた。
機嫌を損ねてしまったのかしら。
仮にも彼女たちも王族だから、私のような下の者にこれくらいで手を上げる事なんてしないはずだけど……。
でも、私は魔族のことをよく知らない。あぁ、私が思っている以上に野蛮なのかもしれない。だって、ただ起こしに来ただけなのに不機嫌になっているのだから!
──そんな侍女の考えなどつゆ知らない夏音は、ベッドから抜け出ると部屋を出て行こうとした。
それを、慌てた侍女に止められる。
「どちらへ行かれる気ですか!?」
「(煩い)……どこって、海斗のところだけど」
「あ、朝っぱらから異性の部屋に潜り込むなど、女性として恥ずかしくないんですか!?」
「いや、異性って…」
呆れた表情で、夏音はため息を一つこぼした。
「海斗と私は双子なんだってば。前は一緒の部屋で寝る事なんて普通だったし、お互いがお互いをそういう風に異性だと意識したことはないよ」
「とか何とか言って誤魔化して、ふしだらな行為をするつもりなんでしょう!」
「……人の話聞いてた? じゃあ逆に聞くけど、あんたは実の兄弟と、」
「お生憎さまです! 私は姉妹なので、そんな気持ち分かりませんから!」
「私たちのことを何も知らないのに、よくそんなことが言えるね。名誉毀損で訴えても良い?」
「すぐそうやって誰かに泣きつこうったって、そうはいきませんよ! 泣いて憐憫を誘おうってハラですか? 女の涙で何でも解決できると思ったら、大間違いですから!」
「……誰も泣くとは言ってな、」
「この期に及んで嘘をつくつもりですか!? とんだ悪女ですね!」
「…………」
夏音の目が座った。
「反論できないからって、今度は黙りを決め込むんですか!? これだから魔族は…」
「──出ていけ。不当に貶められるいわれは無い」
魔族という単語に目を細めた夏音は、半無意識のうちにぎりぎりと拳を握り締めた。
そうでもしていないと、あまりの怒りで我を失いそうだったからだ。
ここでキレて飛びかかってしまっては、海斗の立場が一気に悪くなってしまう。そうしたら、海斗はもちろんエルやクレトンさんにも迷惑が掛かる。その連鎖は、やがて魔界全体の不利に転じるだろう。
私の一時の癇癪で、そんな事にさせたくない。
これでも私は王女、魔界を担う者の片割れだ。私が我慢すれば、この場はとりあえず収まるはず。
……だから、ここは辛抱せねば。
「私は正論を述べただけです。不当に貶めただなんて、あんまりです! どこまでも嘘をつくんですね、貴女は!」
夏音は更にきつく拳を握り締めた。
きちんと切りそろえられ手入れされた爪が、皮膚の柔らかい手のひらへと食い込む。
「……」
こんなに殺意が芽生えたのは何年ぶりだろう。
殺したい、なんて生易しいものじゃない。
「──きえてしまえ」
標的は目の前の侍女。彼女が消えるのであれば何でも良い。この場から転移しようと、いっそこの世から存在ごと消えようと、どうでも良い。
──目障りだとしか思えなかった。
激情に呑み込まれた夏音は、そう、呟いた。




