第四十六話
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──所変わって、対面式。
夏音は、物珍しげな表情をしているものの、空気を読んで辺りを見回すなんて事はしない。
夏音は、自分が思っているほどに空気が読めないというわけではない。
そして、彼女はそれに見合った行動もできる。
狐と狸の化かし合いだの、腹のさぐりあいだの、頭脳戦、はたまた心理戦は苦手だが。
そして、その隣で涼しげな顔をしている海斗は、周りの装飾品を気にしているような素振りすら無かった。
ともすれば冷酷にも見えてしまうような表情だが、それはただ単に装飾品に興味がないだけなのだということを、夏音は知っている。
やはり、女の子である自分の方が、こういうものに興味があるものらしい。
それをちらりと一瞥した彼女は、意味もなく若干首を傾げながら、思案した。
……。そっか、美形が無表情だと冷たい印象を与えるのか。
たしかに、今の海斗にはなんとなく話しかけづらい…と思う。
──そういえば、と、夏音は数年前の記憶を手繰り寄せた。
因みに、他人から見れば何の脈絡もない思考だが、彼女にとっては一応頭の中で繋がっている。
──そういえば。
…小学生の頃、学校や家での海斗は、こんな表情をしていたっけ。
現在とは違って、本当に感情のない、冷たい瞳をしていたけれど。
それでも──小学生、中学生、高校生……となるにつれ、次第に微笑や笑顔を浮かべるようになっていった。
それをみた当時の夏音は、ようやく両親が亡くなった時にできた心の傷が癒されてきたのかと、安堵したものだった。
あの頃の自分はなにもできなかったから、過ぎゆく時間が彼の心を癒してくれるようにと、そう願うしかなかったのだ。
ほんの数年前の『昔』を思い出しつつ、夏音は目の前の相手に軽い会釈をした。
「(ここは玉座の間というよりは、どちらかというと会議室なんだろうなー)」
そんなに高価そうな壺や宝石が飾られていないから。
…そーいや、魔界はそういうのあまり無いんだよね。そんなに質素というわけでもないけど。
廊下に傷一つ無い甲冑がズラリとあるくらいだから、お金をかけるところにはかけているんだと思うけどね。
あ、もちろん家宝(=国宝)とかは大切にしてますよー?
この場にいるのは、相手国の王族(王様と王妃様と王子様とお姫様)とその護衛、此方の国の王族(海斗と私)だ。
此方側の護衛がいないのは、まぁ……大人の事情ってやつらしい。
詳しく説明をしたいんだけど、私も良くは知らないんだよね。そこは事前通達されているみたいで。
私もここにくる直前にそう聞いただけだからなー。
「(あの時はスルーしたけど…『大人の事情』?)」
今更になって、すごく気になってきた。
あれか。魔界にいるから、妖しげな術をを使えるだろうとでも思われているのか?
そうだとしたら、海斗はいわゆる『魔王』であるから、魔術師よりも強い術を使うと思われていて、護衛なんて要らないだろうと考えられたのか…?
まるっきり、自分のことが頭にない夏音であった。
どうも、自分自身が恐れられているとは考えが及ばないらしい。
「(というか、その論でいくと海斗は大人に入るのか…)」
まぁ、彼は立派に一国を担っている人だから、大人に分類されてもおかしくない…というよりむしろ普通なのだろうけど。
そっかぁ、日本の年齢的にはまだ未成年だけど、こちらでは大人として換算されるのか。
心の中で、納得した夏音は、頭の中でしきりに頷いた。
なるほど。海斗はやはりすごいから警戒されるのか。
そりゃあそうだよ。大人と言われても差し支えない頭脳と判断力とその他諸々に加え、魔王として皆の上に立つに相応しい人間性とカリスマ性とメンタルの強さとその他諸々を兼ね備えた、私の自慢の双子の兄だもの。
「──……お初にお目にかかります。王の西倉海斗と申します。隣にいるのは同じく王女で私の妹である、西倉夏音です」
「…初めまして」
目線で挨拶をするように促されて、夏音はそう言葉を発した。
とある理由で一拍後れて挨拶をしてしまったが、不信には思われない範囲であるはずだ。
「(こんな場での礼儀作法なんて知らないから、これで合っているのか甚だ疑問だけど…。とりあえずは、なめてかかられないように凛とした姿勢を保っておこうっと。……こんなんでオーケーかな?)」
いまさら駄目だと言われても困るけど。
夏音が、脳内で自らの行動を顧みていると、相手側の王が口を開いた。
「──よくぞ来られました。私は、このアステル国王であるレミリアール・セリュシュタインと申します」
そう述べるのは、見た目の齢三十後半の、この国の王だった。
西洋人は実際の年齢よりも若干大人びいた容姿をしているらしいので、実際はそれより若いのかもしれないが、そこらへんは夏音には分からなかった。
髪は、海斗よりも色素が薄い、金髪。さらさらと流れる髪は、綺麗に整えられていた。
「(……あれ? 以外と若い?)」
声が、思ったより渋くない。想像していた感じと違う。
かといって若者というほどでもないが、と、夏音は内心でしきりに首を傾げた。
ついでに言っておくと。
すでに夏音は、つい今ほど教えられた、実に長い名字を覚えるのを早々に放棄している。
紹介されたはいいが、名前だけ覚えるので精一杯だ。名字なんて覚えていられない。
…いざという時は、王様と呼ぼう。
「そして、これが妻のセリア。隣に居るのは、私の息子ウォルトと娘マリアナです」
「(! 王様より文字数が少ない!)」
やった、と内心で歓喜の声を上げた夏音は、次いで彼女たちの容姿と名前を一致させる脳内作業に取り組み始める。
美しく長い銀髪を綺麗に結い上げているのは王妃、セリア。瞳の色は藤の花の色。
その胸のあたりに背があるのがウォルトで、父と同じ群青色の瞳に銀髪。……うん、齢九つ(仮)としておこう。みた感じ、そのくらいだ。
さらにそれより小さいのが、王女のマリアナ。母親譲りの藤色の瞳に、柔らかそうな金色の髪。まさにお姫様。年齢(仮)は七つくらい。
王家だからか何なのか、大変に見目麗しい一家である。
…仮の年齢は日本人の夏音から見てだから、実際はそれより幼いのかもしれない。
不審に思われない程度に彼らをちら見しつつ容姿を頭にインプットした夏音は、王様同士の会話に再度耳を傾ける。
と、
「──では、今日は顔合わせということで」
「(……いつの間に!?)」
驚愕。いつの間にか顔合わせが終わっていたらしい。
失礼の無いように王族(特に王様と王妃様)に目礼をした夏音は、ぼろが出ないようにその場を後にしたのだった。




