第四十四話
…起きて、よそ行き用のドレスに着替えて、それから……。
──思い出すのも目眩がするほどの準備に追われていた夏音が気が付いたときには、時計はもう九時を過ぎていた。
予定通りの出発時間だ。
「(それにしても、けっこう朝早く起きたというのに…っ!)」
夏音は心の中でうなだれた。
なんたって、五時だよ!? 五時!
学校行ってるときでも、こんな早くに起きたことなかったというのに。
それにしても…あぁ、眠い。
「ふぁあ……」
思わずあくびを一つこぼすと、隣にいる海斗が「寝ていて良いよ」と微笑んでくれた。
「んーや、遠慮しとく。…流石に、寝起きで人間たちに会うのはいけないと思うよ?」
「そこは気にしなくていいよ。多分気が付かないと思うから」
「(ナチュラルに相手を貶してませんか、お兄様!?)」
さて。
そう言う海斗の服装は、腕の所に金色で繊細な刺繍が施されている白いシャツを召していて、その上には黒いマントを羽織っている。
ズボンは黒めの(微妙に)縦ストライプが入っているもので、すらりとした海斗によく似合っている。というか、ますます海斗の格好良さを引き立てている。
マントの下…裾?のところにドラゴンが刺繍されている。
ちなみに、表は黒色だけれども裏は落ち着いた色合いの…若干暗めの赤色で、王家の気品を伺えるオーダーメイド品となっている。
あ、断っておくと、このマントは『王族の正装』らしい。…間違っても海斗の趣味とかじゃないから!
「(……初めて見たとき驚いたなぁ)」
朝、馬車で合流したとき。
その格好は一体どうしたのかと、海斗に訊ねたら、どうもこれが王家の正装らしいと答えられた。
…さいですか。
いつの間にか、裁縫屋さんを呼んで採寸していたらしい。ああ、個人個人で体の大きさとか勝手が違うからねぇ。
ついでに言っておくと、服のデザインは王代々でほとんど変わらないようだ。
もしかしたら、これも伝統なのかもしれない。
細かいところは、王によって細かく異なるようだけれど…。
「(……。それでも似合っているとか、イヤミか!)」
基本、地球にいた時からそうだったのだが──海斗は何を着ても似合う。
それこそ、モデル顔負けに着こなしている事もある。
…もういっそのことモデルになってしまえと思うのだが、それを前に本人に聞いたところ、全力で拒否されたという過去がある。
案外、目立つのが好きではないのかもしれない。
「……かいとー」
「ん?」
「暇だから、お話しようよ」
「話って…本当に寝なくていいの?」
「寝ないー。どうせあと二時間もせずに着くんだろうから、寝ない」
さっすが魔術、というか魔族。
人間の馬車なら半日はかかる距離をたったの二時間で走るんだから、魔界産の馬は凄い。それに耐える馬車も凄い。
この馬車を作ってくれた方と馬三頭を提供してくれた方に感謝だ。
…馬は王宮のやつなのかもしれないけど。それなら、世話係さんに感謝だ。
「あ、そうだ。海斗の今日の予定は?」
「今日は王族同士の顔合わせだけだよ。それが終わったら部屋に通されるから、そこでのんびりしていようかなと思う」
「その顔合わせって、私も行くべき?」
「そうだね。けど、あまり話さなくて良いよ。夏音は必要最低限の受け答えだけでかまわないからね」
「そう? じゃあお言葉に甘えて、そうさせてもらうよ。ありがとうね」
あんまり人と話すの得意じゃないんだよ…。
海斗はこの事を知っているから、その点を考慮してくれたんだろうね。ほんとに感謝だよ。
「(……これを、知らない人に逐一説明するのも面倒くさいからね)」
他人に一から説明するくらいなら、何にもないように振る舞った方がマシだとすら思う。
…そりゃあ、初対面といえども、当たり障りのないくらいには会話が成り立つけどさ。
それでもやっぱり緊張してしまうんだよね。
…自分でも、この人見知りを治さないといけないのは分かってるんだけどね。
「そういう夏音は? 今日明日の予定はもう決まっているの?」
「エルと、明日に『視察』しようって予定をたてたから、今日は暇になるんだよねぇ。べつにしたいこともないし……部屋で寝てようかなー」
不用意に王宮内を探索したいのは山々だけど、それはいけないだろうからしないよ。
敵対行為だと見なされないためにね。
ほら、お城の内部を見て回るって事は、お城の構造を知るってことでしょう? そうすると侵略行為をするときに有利になるかもしれないわけですよ。そうなると困るから、恐らく彼らは容認しないと思う。容認したとしても、護衛という名の監視役が付くんだろうなー、と思う。監視役(名目上は護衛だけど)と一緒にお城を回るのは全然楽しくないから、却下。
好きなところに行けないからね。…武器庫を探索したりとかしたいけど、他意はなくても大問題になるだろうから、しないよ。
国の間で戦争にまで発展するかもしれない。それは嫌だからね。
日本は、私の生まれた頃には戦争をしない国になっていたから、その経験はない。これからも戦争なんて経験したくないから、火種になりそうなものは出来るだけ避けようと思うんだよ。
…これでも思考を巡らせました。
「あ。部屋って個人割り当て?」
「そうだよ」
「そっか…。ちなみに、部屋の配置は?」
「たしか、夏音と僕は隣部屋だったよ。エルは、夏音の隣、僕とは反対の部屋だったと思うよ」
「クレトンさんはー?」
王宮近衛隊隊長さんも多分王族に近い部屋なんだろうな、とは予想つくけど。
「僕の部屋の隣だよ。…それに関して、夏音に質問があるんだけど良いかな?」
「ん? 海斗が私に質問だなんて、珍しいね。ほとんど何でも知っているのに」
「いや、そんな全知全能じゃないからね? ……それで。クレトンって、ゼノム・クレトンだよね?」
「うん、そうだよー。王宮近衛隊隊長さん」
「どこで知り合ったの?」
「えっと、昨日か一昨日。大浴場に行く途中で会ってね、少し話したんだよ。
その時ね、エルと偶然…クレトンさんと話している途中で合流したんだ! 彼女もお風呂に行く途中だったみたいで、グッドタイミングだったよ。
そうそう。それでね、楽しかったんだよー。お風呂の中でエルといっぱいお喋りしてね! エルから、クレトンさんの事も聞いたよ(主に愚痴で)」
「…そう」
「? (なんか、海斗の様子が少しおかしい気がする)」
元気がないっていうか、何かを思案しているというか…。どうしたんだろう?
「かいとー?」
「……うん?」
反応が薄い。というか返答するまでに間が空くというか……言葉には言い表せないけど、なんかおかしいような…。
よくは分からないんだけどね。深く突っ込めるほど察してるってわけじゃないから、気づかないふりをしておこうかな。
「──なんとなんと、クレトンさんはエルと婚約者の関係なんだよ!」
「…………え?」
私の暴露話に、呆気にとられた表情でそう聞き返してくる海斗。
良いリアクションをありがとう! そして私の内心と同じ反応だったね、さすが双子の兄!
「……あの二人、婚約者だったの?」
「うん、クレトンさんがそう言ってた。エルは否定してたけど、あれは照れ隠しだと思うよー。婚約者って発言を全否定してなかったからね」
そっか、海斗も気が付かなかったんだ、あの二人の関係。まぁ、あんまり二人で居るところを見ていないから何とも言えないけど。
いいね、秘密の恋って感じで!
「それにね──(……あっれ?)」
話している途中でふと気が付くと、海斗の先ほどまでの変な雰囲気は無くなっていた。
…やっぱり気のせいだったのかな?




