第四十二話
「──とは言ったものの…」
現在午前九時。
王宮図書館にてパラパラと幾冊もの本を同時にめくる黒髪の少女は、一人ごちた。
「『できない人は詠唱をしてみると良い』…だから、詠唱したくないんだっての。これ、最終手段にしようっと」
恥ずかしくない詠唱ならしてみたんだけどな、と魔導書を漁り、探す。
「『出来ない人は其れ即ち出来損ないか、魔族に非ず』」
……随分と辛辣だね。
「私が魔族なのは確かだから、そうなると『出来損ない』に分類されるということなのかな…?」
けどさ、言うに事欠いて『出来損ない』って。
たしかに、魔族なのに魔術を使えないというのは問題なんだろうけど……それにしたって、もっと言いようがあると思うんだよね。
この本の筆者に猛抗議してやろうか。
…この魔導書が書かれたのは今から二百年ほど前だから、この筆者である彼女は生きてないだろうけど。
「……」
さすがにめげる。面と向かって『落ちこぼれ』って酷い。
「(ここでも私は平均以下なのか…)」
目を細めた夏音は、口許にうっすらと自嘲の笑みを浮かべた。
前は『ただの学生』だったから、まだそれでも良かったけど──今は『王女』だから、皆が付いてきてくれるような人にならないといけないのだろう。
…海斗は完璧だけど、それに甘えてばかりもいられないからね。
嗚呼、大変だ。
「うーん……それにしても、ろくな本がない」
魔導書のほとんどには詠唱呪文や魔術のやり方だけが載っていて、原因解明には使えないし。
かといって、解明するのに役立ちそうな事が書いてあるものは毒舌だし。
…心の傷を抉ろうとしているとしか思えないんだけど、これ。
「……はぁ…」
やっぱ、詠唱しないといけないみたいだね…仕方ない、腹をくくるか。
「……これでも出来なかったら、私たぶん部屋に閉じこもるよ?」
ま、そんなに心配しなくても、すぐに復活するだろうけどね。
せいぜい籠もって一週間弱じゃないかな。それ以上部屋にいても、暇なだけだしね。
…暇は、人類にとって最大の敵なんだよねぇ。すごく忙しいのも辛いけど、すごく暇なのも辛い。
ほら、校長先生とかお偉い人の長ったらしい挨拶とか、中身のない話を聞いているときって、苛々するでしょ? それと同じだよ、たぶん。
ようやくお目当ての呪文を探し当てた夏音は、落ち込んだ声で低く呪文を呟いた。
「……『風よ吹け』、? …ずいぶんと簡単過ぎやしな──」
突然、図書館内に突風が発生した。
縦横無尽に吹き荒れる風は、夏音の長い黒髪をかき乱していく。
突然の事で目を瞑った夏音だったが、ようやく、そろそろと片目を開け、叫んだ。
「止め──!!」
途端に弱まる風。
夏音はそれを肌で感じつつ、辺りをぐるりと見回した。
──図鑑などの重い本は無事だが、文庫本の大きさの本などの軽いものは殆どが床に落下してしまっている。
幸い、本の頁は閉じられたままに床へと落下しているものが殆どだったから、まだ良かったけど……。
「……。もうやだ」
さすがの夏音も、これには絶句、弱音を吐いた。
床に落ちてしまった本は、図鑑を除いた全体の七、八割。
…これら全てを、また元通りに揃えて棚に戻す作業をしなければいけなくなってしまった。
これからの作業を想像した夏音は、頭を垂れ、重たい溜め息を吐いたのだった。




