第三十八話
「──…だからあいつは嫌なのよ」
ゼノム・クレトンと別れてから大浴場へ行く道中、エルの愚痴が途切れることはなかった。
誰の愚痴かって、もちろんクレトンさんの愚痴だ。
「……(そーいやぁ、エルが愚痴を言うだなんて珍しい)」
女魔術師の時は、相手にしてない…というか、始終冷たい態度だったというのに。
興味がなさそうだった、とも言うけど。
──並んで歩いているうちに、いつの間にやら大浴場は目の前だった。
まさかの引き戸をガラリと滑らせ、脱衣場へと入る。
服を入れるための竹籠もどきは全て空だ。
このことから、どうやら今の時間に、私たち以外に入っている人はいないみたいだ。
私は別にいても構わないのだけど、エルとの今の会話が聞かれたら、またごたごたを起こしかねないので、いなくて助かった。
もう絡まれるのは遠慮したい。
それにしても、
「(さすがに…お風呂の中でも愚痴大会になるのは避けたいなぁ)」
相づちを打つのも意外と大変なんだよね。だから、そろそろ愚痴はフェードアウトしてもらいたい。
そういう意志を込めて、さり気なく話題変換を試みることにした。
「ねえ、エル。彼が近衛隊隊長なのは分かったけど、具体的にどんな人なの?」
「え? ……そうね、どんな人って言われても…」
エルは、どう答えるべきかと眉根を寄せる。
ややあってから溜め息を吐き、
「…剣の腕はおそらく世界屈指だと思うわ。王宮近衛隊の長になるくらいなのだから」
「ふむ」
「元々、運動神経が良いのもあるんじゃないかしら。…もちろん血のにじむような努力はしてたから、断じて、才能だけであそこまで上り詰めたわけじゃないわよ」
「……」
もしかしたら彼女の話を遮る原因になりそうだったので、相づちは首を縦に動かすだけにした。
話している彼女へと顔を向けつつ、手早く入浴の準備をする。
…だって一日ぶりのお風呂なんだよ? あぁ、早く入りたいです。
「──実を言うと、ゼノムは魔術師のほうが向いているのだけど」
「……ん?」
え、どうしてそうなった?
今まで、騎士であるクレトンさんを誉めてなかったっけ…?
急に話が飛んだのでついていけないのですが……。
疑問符を頭に浮かべて小首を傾げる夏音に、エルはさらりと暴露した。
「ゼノムは、魔族の中でも魔術の扱いに秀でている種族──エルフよ」
……。
「…………は?」
「あら。言ってなかったかしら?」
大きな目をぱちくりとさせるエルに、私も呆気にとられた表情を向けた。
「…初耳なんですが」
衝撃的なカミングアウトです。




