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第三十六話


 ──その夜、自室にて。

 夏音は、二日後の準備をしていた。



「…持って行くものは、数日分の服と入浴用のタオルと、あとお金を少々…」


 人間あっちのひとたちがどんな扱いをしてくるか分からないから、とりあえず思いつくだけ用意して持ってくことにした。


 どっかの国みたいに、敵対している国の人だからって人権無視した扱いを受けるかもしれないじゃないか。

 私は仲良くしたいと思うけど、相手は人間だからなんともできないね。国家vs国家だから、対応には利害関係も絡んでくるだろうし。


 …あと、修学旅行では何持っていったっけ?


「パスポートとカメラとお菓子と櫛とヘアゴムと絆創膏にティッシュ、ハンカチ…あと、保険証もだったね」


 パスポートと保険証は要らないし、カメラは魔界にない。

 常備薬はないし、酔い止めも多分要らないはずだ。どうやって目的地まで行くのかは知らないけど。馬車かな? それとも、魔界らしく魔法陣? 希望としては魔法陣だね。馬車だと酔う可能性があるし、せっかくの魔界なのだから、魔法陣くらいは体験したい!(箒にて空を飛ぶのは無理だろうと言われたので)


「会議中に一人で待ってるときのための読書本よし、っと。エルも魔術師として会議に参加するかもしれないからねぇ…」


あぁ、もしかして魔術師としての意見を求められたりとかするのかな。ドンマイ。私は助けられません。

 そしたら自力で頑張れ、と夏音は遠い目をする。


 人の多いところでの発言は不得手です。苦手中の苦手なんです。

 夏音は、苦々しげな表情で、誰に言い訳するでもなくそう呟いた。人前でものを言うのは苦手だと繰り返す。

 スピーチはおろか、自己紹介も本当はしたくない。

 あの、シン…とした雰囲気が苦手なのだ。そして、みなが一斉に向けてくる二対の瞳も。

 嗚呼本当に、私がその場に出なくて良いことを願おうじゃないか。

 もし私がそんな場面になったら、必死に仮病でも何でも使って絶対に取り止めさせてやる! そんなのはお偉いさんに任せとけば良いんだよ。どうせ宰相さん方も行くんだろうし。


 ──それはそうと。

 夏音は、いそいそと図書館から拝借してきた(あとで返すけど)文庫本の大きさほどの本を入れたのを確認した。

 そこに記されているのは、この国に伝わる物語だ。十話ほどで一冊、それが五、六冊ある。

 それらのシリーズは、この間の本の整理をしていたときに見つけたものだった。


 本の種類を調査している時に、この本が目に留まったのだった。

 表紙の色はベージュのようなクリーム色のようなほんわりとした色使いで、肌触りは何かの動物の皮革。本物の皮なのか人工物なのかは、夏音には判別できない。


 国中の物語をまとめたというこの本に興味を持ち、どんな内容なのかと思ってパラパラとページをめくったみると、思いのほか、その内容が面白そうだった。

 それなら今度時間のあるときに読んでみようと思っていたから、ちょうどよかった。



「それと、かばんは使用人さんが用意してくれたものを使うとして…」


 夏音は、傍らにある大きなかばんへと視線を移す。

 色はワインレッド。かばんの布と一体化している金色の金属には、王宮の模様──ドラゴンが彫ってある。

 言わずもがな、海斗だ。

 夏音は、女の子が持つかばんには似合わないこの模様を、存外気に入っていた。

 龍は雄々しくてかっこいいと思う。しかも、この龍は(おそらく)海斗をモチーフにしたもの。

 それを、どうして夏音が嫌がるわけがあろうか!


 とっての部分には上品な色合いのリボンが付けられていて、その黒いリボンには、小さな輝く石が散りばめられてもいる。

 なんとも女の子らしいかばんだ。


「(私、日本ではシンプルな物しか買わなかったから、こういうの新鮮だなー)」


 だって、大きなぬいぐるみや装飾品が付けられていても邪魔なだけだし。


「(使用人さんに感謝だね!)」


 私だったら、こういう大人可愛いやつなんて用意しませんでしたよ。

 ナイスチョイス。

 ここの使用人さんたちは皆さん気が利きますね。細部まで、気配りが凄いです。

 ちなみに、ここ数日間それを身の回りで行われた夏音は、洗練された旅館の人みたいだなーと思うのだった。



「えぇっと他には……」


 ──たいして持っていくものもないのに、二日前から荷造りを始めるだなんて、早すぎると自分でも思う。


 だけどさ、ほら、不慮の事態が起こるかもしれな…いや、本当は楽しみで居ても立ってもいられないってだけなんだけどね。

 学校の修学旅行は、こんなにそわそわしなかったのになぁ。


「(…まぁ、国の代表としての観光及び視察を、学校の修学旅行と比べるのはどうかとも思うんだけどね)」




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