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第三十五話



「──でも、外に行かないとなると暇なんだよねぇ…。することがなくて」


 さぁて、これから一時間どうしようかな。

 寝る? それとも…



「あ!」


 夏音は何事かを思いつくと、脇に抱えていた地理書を側の机の上に置き、他の本棚へと歩き始めた。

 その他の本にはわき目もふらずに、たった一冊の本──『誰でもできる・初心者のための魔術手解き書』と黒地に赤い字で書かれた本を手にとり、嬉々として、そのページをめくり始めた。


「…『誰でもできる・火種をおこしてみよう』も楽しそうだなー。ここでやったら火事になるけど」


 どうやら、暇つぶしに魔術の練習をしてみようと思ったらしい。


「じゃあ水系統……『誰でもできる・水で形を作って遊んでみよう』『少し難しいかな・水を固めて氷の彫刻を作ってみよう』…。したいけど、ここの周りって、それができるほど水はないんだよね」


 次の項目は『岩』。最初のタイトルは『誰でもできる・鉱山を発掘してみよう』──鉱山も無いっての。


 その次は『土』。大体が園芸や農業のために使うようなものだった。

 『誰でもできる・土を耕してみよう』というのは、土に魔術で働きかけをして、土を柔らかくして掘り起こすものらしい。それは農具でやるべきだと思った。


 次は『闇』。項目名からしておどろおどろしいのでパス。どんなのが書いてあるのか分かったもんじゃない。却下。


 その次は『闇』に対して『光』。『誰でもできる・書物を読むときに光をだしてみよう』。


「──これだっ!」


 いそいそと机に戻り、その本を見ながら実践してみる夏音。


「えーっと『まず、適度に暗い部屋へと入りましょう。この魔術は、この本を見ながらやっても構いません』…はい。


 『次は、以下の方法で試してみましょう。──基本的な光の呪文を唱えましょう。そのときに、光を想像しながら唱えると、成功しやすいです』……基本的な光の呪文?

 『慣れたら、無詠唱に挑戦してみましょう。心の中で唱えてもよし。ちなみに、光に特化している人は、近いうちに想像しただけで出てくるようになります』」


 基本的な光の呪文って何だ、と索引から探す夏音は、すぐに探し当ててそのページを開いた。

 『だれでも分かる・基本的な光の呪文』。


いにしえ客人まろうどに告ぐ、我らに道標みちびきを…………(なんか恥ずかしくなってきたぁ…!)」


 こういうの苦手、なんでだか分からないけど苦手…っ!


「──えぇい、無詠唱っ」


 なんか色々と重要な段階を飛ばしたけど、要は、光をイメージすれば良いんだよね。よーし…。


「蛍を、」

 

 ──ふよふよ。

 大切なのは想像力だと意気込んで、ぎゅっと目をつぶる夏音の頬を撫でる、温かい感覚。

 ん?と不思議に思った夏音は、固く瞑っていた片目をそろりと開き…


「人魂ぁあっ!?」


 叫んだ。

 頬をなでるのは、手のひらほどの大きさの、明るくて丸い球。

 空気を経て伝わってくる温かさから、どうやらこれらは温度を持っているようだ。


 ……夏音は、そんなのを分析できるほど冷静ではなかったが。


「ひ、ひと…っ!」


 なんか恨みでもあるのかこのやろー!と涙目で机に突っ伏す。

 もう駄目だ、ここから顔上げられない。怖すぎて上げられない。つーか上げたくない。心臓止まるかと思った。


「……ナンマンダブツ」


 お願いだから成仏して下さい。恨まれる心当たりはありません。

 …もしかして図書館に入ったから? そうだとしたら、何故今まで出てこなかったんですか!

 …じゃあ、勝手に図書館を掃除したことに怒ったのですか? 配置を変えたら怒るとか、君らはハウルかっ!


「…あの中で一番怖いのは魔法学校の女校長だと思う、いや今関係ないけど!」


 現実逃避でもして気を紛らわせないと保たない。何って心臓と意識が。

 むしろ気を失いたいんですけど。なんの拷問ですかこれ。


「と、弔うのってどうするの? …日本みたいにお線香あげればいいの? 鐘と座布団と蝋燭も付けようか?」

「…誰に聞いてるのよ?」

「それはもちろん火の玉……っわぁあ!?」

「っ…な、何よ……?」


 答えている途中にがばりと顔を上げて悲鳴を上げる夏音に、話しかけた相手もびくついた。


「エル、エル…っ! 来てくれてありがとう本当に。おかげで助かったよ死なずに済んだ!」

「……死ぬ、って?」

「人魂が周りを浮遊してて怖かったんだよう! 心臓止まるかと思った、精神的に死ぬかと思ったぁ…」


 死ぬという単語に臨戦態勢に入ったエルだが、直後の夏音の泣き言でそれを解いた。(夏音はそれに気付いていない。気にかける余裕がない)

 夏音は半泣きだ。


「ヒトダマ? 何よそれ」

「亡くなった人の魂。火の玉となってお墓とかを浮遊するんだよ」


 怖い話は嫌いだと泣きついてくる夏音を慰めつつ、エルは問うた。


「……つまりは、火の玉ってこと?」

「うん」

「…もういないわよ、そのヒトダマってもの」


 私が来たときにはそんなもの居なかったわ、と言うエルに、夏音はうなだれた。


「…居なくなってくれたのは嬉しいけど、成仏したのかは分からないよ。だから、また出てくるかもしれない」


 そしたらもう図書館に来れない。


「そんなに怖いものかしら、火の玉なんて」


 エルは解せない、といった表情だ。

 ただの火の玉じゃないから怖いんだよ。なんたって、人の念が篭もっているんだからね!

 一番怖いのは生きた人だけど、幽霊は死んだだけで人間には違いないんだから、同じだよ!?

 と力説したいけど、必死に訴えたところであの怖さは伝わらないだろうな…。


「……今年の夏に、百物語してあげるよ。夜な夜な」

「なんで夏なのよ? それに、夜じゃないといけないの?」

「怖い話は、日本の夏の風物詩だよ。夜の方が雰囲気出るからね。

 百物語の説明を軽くしておくとね──百本の蝋燭を立てて、一夜毎に一話ずつ、皆で順番に怪談話をしていくっていう日本の伝統的な遊びなんだ。

 それで、百話目を語り終えて蝋燭を消し、真の暗闇が訪れたとき、本物の妖怪が現れる…ってやつ」


 参加者は全員青い衣を纏うとか、参加者が集まる部屋は無灯にしておいて、一話語るごとに語った人が違う部屋にある蝋燭を消しに行くとかいうやり方もあるけど。


「一種の召還術だね」

「…それ、楽しいの?」

「あれ。あんまり怖がってないね、エル」

「だって、妖怪が出たとしても対処できるもの。私たちは魔術師よ?」

「…今に見てろよ! 今年の夏、思いっきり怖がらせてやるんだからね!」


 なんか悔しい。悔しいので、今年の夏は王宮で百物語大会してやろうと思います。ついでに肝試しも行ってやる!


「えぇ。じゃあ楽しみにしておくわ」

「よ、余裕綽々と…っ!」


 決めた。

 日本の遊園地デート定番アトラクションであるお化け屋敷も開催してやる。





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