第三十一話
「あっさごーはんー…いや、もうお昼だからお昼ご飯かな?」
おーなかすいたー。
自作の奇妙な歌を歌いながら隣を歩く彼女を、召使いの少女はなんとも言えぬ表情で見上げていた。
姿形は人間。
伝達された容姿と彼女の言葉を信じるならば、れっきとした伝統ある王家の人間──しかも王女様だ。
魔族ならば、獣人を嫌悪しない。分け隔てなく接してくれる。
…けれど、噂によれば、当代の王と王女は魔界で生まれたわけではなく、ニホンで生まれ育ったらしい。
ニホンという国だか世界だかがどんなところかは知らないけれど、ともかく彼らは生粋の魔界人ではない。
それならば、獣と人の混ざった獣人を嫌悪するのも道理というもの。
実際。王宮内ではそうだと決めつけて、獣人を彼らの側にいかせないようにした。獣人たちもそう考えていて、姿を現さないように気を付けていた。
姿を現さないの方が、双方のためになる──そう考えた上級階級の方々の考えは理解できるし、それがまともな考えだ。
彼らは気分を害するかもしれないし、その言動で獣人も傷つくかもしれない。
顔を合わせたところで、互いに百害あって一利なしだろうと、そう思われた。
しかし、現実は違った。
意図しなかったことだが、王女様と出会ってしまった。それは、ほんの数分前の出来事だった。
あちらはこっちに気付いていないようだったから、そのまま身を隠すこともできた。猫人であるのだから、人間に気付かれないうちに、気配を隠したり身軽に隠れることなど造作もなかった。
──けれど、自分はそれをしなかった。何故かは分からない。自分でも、どうして話しかけようと思ったのか…。
話しかけて、一回目は反応がなかった。こちらに一度も気を向けていないから、無視をされたのではないとは分かったが。
そうして話していくうちに、彼女は獣人に負の感情など抱いていないと悟った。
あろうことか、好意さえ抱いてくれているようだった。少なくとも、抱きついてくるくらいには。
話を聞いていくと、どうやらニホンという所にも猫や狼などの動物がいたらしい。
獣人に抱きつくの憧れだったんだー、と嬉しげに語る王女様に、意外感を抱くのを禁じ得なかった。
ニホン、引いてはチキュウというのは、魔術師も獣人も龍も存在しないらしい。
「いるかもしれないけど、会ったことはないね。龍は御伽噺の中でならいるし、魔術師も物語にはよく出てくるけどね。…あ、獣人はケータイ小説だね。あとは、獣人とは少し違うけれど『鳥獣戯画』っていう古い巻物には描かれているよ、想像上の者として」と言った王女様は、さらに続けた。
この世界は、魔法の世界が現実となっているのだと。
「私にとって、夢の世界……と言ったら言い過ぎかも知れないけど、ここに来たことは不遇なことだと思わないよ」
日本にいたときよりはるか身近に命の危険があるし、それ以外にも日本の方が良いと思うところはあるけどね。
でも少なくとも、この世界は私の父の故郷だよ。だから、私は里帰りしているみたいな感じなんだよね。
王女様は笑顔だった。その笑顔が本心なのかは分からないが、それでも微笑んでいる彼女は綺麗だった。
どんな逆境にあっても、闇に染まらない。
そうあろうとすることがどんなに大変なことで、その意志がどれだけ貴いものか。
それを知っているからこそ、純粋に凄いと思う。
「ごっはんー」
自分で節を付けた歌を口ずさみながら食堂のドアを開ける。と、
「……あ、夏音」
「! 海斗っ」
「もう大丈夫なの?」
「うん、大丈夫。もうげんきー」
「そう。それは良かった」
王子様──じゃなくて陛下が、いらっしゃった。
そういえば、ここは王族専用の食堂だから(出されるものは皆変わらないけど、ここはいつでも好きなときに食べれるという利点がある)、いるとしたら王女様以外の王族である、陛下だけだ。
まさかいるとは思わなかった。中からは物音一つしなかったから、食堂は無人なのだとばかり。
…よく、物音一つ立てずに食事できますね…。ナイフとフォークの使い方が上手いんですね。
「…おや。そちらは?」
陛下がこちらをお向きになった。
まさか話しかけられるとは思わなかったから、びっくりしてしまう。
まあ、冷静に考えると、王女様に付いて食堂まで入ってくる必要は無かった。
目立つの苦手なのに、どうして自らこういう状況になっているのだろう。
ふっと疑問が沸いてきたが、その解決よりも先にしなければいけない事がある。
今は、陛下の問いかけに答えることが最優先だ。
「使用人のミーラと言います」
「ミーラか」
あ、以後お見知りおきしなくて良いですから。
今更でなんですが、私は目立ちたくありませんので。
「さっき廊下で会ったんだ。で、食堂まで一緒に来た。
……ねぇねぇかいとー、ごっはーん」
「…あぁ、昨日から何も食べてないからね」
「固形物が良いです」
「でも、病み上がりなんだから、お粥の方が良いんじゃない?」
「お粥は『食べた!』つて感じがしないんだよねぇ…。だからお肉とかがいいな。朝、チキンだったんでしょ?」
「……たしかに鶏肉だったけど。丸ごとだったよ?」
「却下で。…ワイルドすぎません!?」
「夏音はそういうの嫌いだったよね。…一応言っておくと、小さめの鳥だったから夏音も食べようと思えば食べれる量だよ」
相変わらずだね、と苦笑した陛下に、唇をとがらせる王女様。
「人間、そんなに好み変わるわけないよ」
「…あれのどこが駄目なの? クリスマスの七面鳥もあまり食べなかったよね」
「原形を留めているところ」
私の知らない単語がちょくちょく出てきて、よく分からない会話の内容もある。
おそらくはチキュウの食べ物なのだろう。ラーウェはあちらの言葉でちきんというらしい。
お二方の会話に口を挟むのは憚られたので、傍観しておくことにした。
「…とにかくご飯下さい、ごはんー」
「持ってまいります」
王女様の、誰に向けたのか分からない小さな呟きを拾った私は、即座にそう申し出た。
それは使用人の仕事だ。
ここには私以外の使用人はいないようだし、ここから逃れられるからちょうど良い。
…お二人を嫌いなわけではないけれど、ここはひとつ、兄妹水入らずで食事を楽しんでもらいたい。
早めに運んでこようと思いつつ、調理場まで早足で進んだのだった。




