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第三十話


 穏やかな陽気につつまれた午前中。



「(つい二度寝してしまった…)」


 ところどころ皺になってしまったドレスを身に纏った夏音は、王宮の長い廊下をゆっくりと歩いていた。


 目的地は食堂。

 半日以上、下手したら丸一日何も口にしていない。

 きっと、お腹が鳴らなかったら、夏音はずっと惰眠を貪っていただろう。……『お腹がすいたから起きた』といった時点で、ぐうたらな生活をしているような気もするが。


 頭に糖が回ってないからか、ぼーっとする。



「(…まさかないとは思うけど、熱が再発したとか?)」


 ──そう不安になった夏音は、のろのろと歩きながら右手を額に当てた。

 もしそうだとすれば、このまま食堂に行っても、周りの人に部屋へと送り返されるかもしれない。

 それは嫌だ。私はこの通り元気なのだから、普通にお肉やお魚を食べたい。

 お粥も好きだけど、固形物食べたい。



「……うぅん? ない、かな?」


 おでこの方が、僅かに指先より温かかい。

 日本では体温計で体温を計っていたため、熱あるなしの区別がよく分からない夏音が、暫しその体制で止まっていると、


「…王女様?」


 右前方から遠慮がちにかけられた声。

 夏音は、初め誰のことを呼んでいるのか分からず、その呼び声をスルーした。

 見向きもせずに歩き続ける夏音に、二度目の声掛けがされた。



「あ、あの…」

「ん? はーい」


 額に当てていた右腕のせいで死角となっていた場所から呼びかけられた夏音は、腕を下ろして彼女のほうを向いた。

 いでたちから察するに、使用人らしい。今日初めて出会った人だ。


「王女様、でいらっしゃいますよね…?」

「ん? …あぁ! そうですね、はい」


 なりたてほやほや王女様ですが。


「もう、起き上がって大丈夫なのですか?」


 心配そうにこちらを窺う瞳は、コバルトブルー。視線を上に向けると、そこには獣耳があった。


「うん、だいじょーぶ。……あ」


 それを見た瞬間に目を見開いた夏音を見て、猫耳の彼女はびくりと身体を震わせ、耳と尻尾をへたらせた。

 どうやら、嫌われていると思ったらしい。


 この前エルから説明を受けた事を思い出した夏音は、慌てて言葉を紡いだ。


「私は獣人さん好きだから安心して! ってか触れていい? むしろ抱きついていい?」


 安心させるための言葉から、途中で許可を求める言葉に変わったのだが、そこを指摘する者はいない。

 急にいろいろ言われた猫耳の彼女はぽかんとした表情で夏音を見上げていたが、やがて赤面すると小さくコクコクと頷いた。


「やった! ありがとーっ」


 許可を得た夏音は、歓喜の声を上げ、笑顔で彼女に抱きついた。

 急にがばっと抱きつかれた彼女は、驚いて尻尾の毛を立てたが、それは徐々に収まってきた。

 夏音が頭をなでるのに連動して、尻尾がゆらゆらと動く。

 それを見た夏音は、さらにテンションを上げた。


「(癒されるぅー)」


 ご満悦だ。



 しばらくなでなでして満足した夏音が離れ、ご機嫌な足取りで歩き出す。

 その動作からは、先ほどまで思い悩んでいた影は見受けられなかった。



「今から食堂に行ってご飯もらおうと思うんだけどさ。そーいえば、朝は何だった?」


 付き従ってくれる意志らしい彼女に、夏音は問いかけた。

 実物を見るまで楽しみにしておくというのも良いけれど、今はそんなに待てそうもない。

 だって、嫌いなものが出てきたらいやだからね。楽しみにしていた分の落差が激しいじゃないか。


「仔ラーウェの肉の照り焼き、温野菜のサラダに南瓜のスープとパンです。

 今日は、上級階級の方にはデザートが一品、王族の方にはそれに加えて白米がありましたよ。

 あ、パンは数種類ありますから、お好きなものをお選びできます」


 淀みなく献立を述べる彼女の声を聞きながら、夏音は、今にも鳴りそうなお腹を押さえた。

 おいしそうなものばかりじゃないですか! 早く食べたいっ。


「へぇー (ラーウェの照り焼きって、たぶん照り焼きチキンだよね。…ジューシーチキン食べたいっ)」


 夏音は、北京ダックみたいに丸焼きじゃありませんように、と密かに願った。

 動物の丸焼きに馴染みがないから、若干気後れしてしまうのだ。



 ──さて。

 夏音が、動物の肉の中でも鳥類のものだと、範囲を狭めて判断できたのは、王宮ここでは肉料理≒鶏肉使用の式が成り立つからだった。


 詳しく説明すると……。

 王宮内は、使用人であろうと魔術師であろうと宰相や王族であろうと基本『同じ食事をとる』ので、料理に『獣人の種族に連なる肉は全て使われない』のだ。

 食べたら共食いになるから。


「(例えばこのネコ耳の使用人さんなら、猫系統の肉は食べれない。

 ここの使用人さんは、猫以外にも熊とか狼とか兎とか…その他にもたくさんの種類がいるんだけど、それらに似た種族のは出されないんだよね)」


 で、条件に当てはまるのを除いていくと、ほぼ鳥類しか残らないのだ。

 日本人にとって一般的な豚とかは魔界にはいないしね。

 人間界にはいるのかもしれないけど、お互いに鎖国状態だから輸出入しようがないし。

 言ってみれば、魔界は自給自足なんです。


 あ、ちなみに、魔界の人たちが食べる食材は、民衆…農家の方々が作ってくれてます。

 肉は猟師さんたち、魚は漁師さんたちが捕ってきてくれます(おそらくは魔術で)。



「(感謝しないと。彼らのおかげでおいしいご飯が食べれるのだから!)」


 んでもって、尊敬。

 私は植物を育てられない(なぜかすぐに枯れる)し、腕力も無いからなぁ。船酔いするし。



 ──あ、これは余談だけど……。

 たまに『上下関係の節度を保ち、各自に自覚を促す』という意味合いで、階級によって食事に一、二品追加される場合があるらしいよ。

 面白い制度だよね。




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